第21話 禍福は糾える縄の如し
「はは。本当に災難だったな」
「今回は疲れました。しかし、今後幸運がくるのを期待します。まぁ、この出会いが幸運だったかもしれませんが……」
ベルの入れてくれたハーブティー。今日はショウガに似た辛みを感じるハーブと甘みととろみを感じるハーブが混ざった、甘酒に似た味に仕上がったものをこくりと含む。
「温かい……」
「そろそろ冷え込んできたからな。まぁ、温かい物でも飲んで一息つけや」
ベルが遠く眺めている窓を同じく眺める。暖炉と鍛冶場の残った余熱で家の中は温かい。開け放たれた窓からは鮮烈で冷えたな空気がひょおと流れ込む。もう、冬も近いのだと感じさせた。
捕らえられたメーゲルは一切の容疑に対して黙秘を続けた。語った言葉は一言、町長に報告をしろだけだった。
早朝の逮捕劇はそのまま朝を迎えた町に激震を与える。まともに生活をしている住人にしても、後ろ暗い話を一度ならず聞いていたにも関わらず今までのうのうと君臨してきた大商人の逮捕劇。噂には尾ひれが付いて町中を駆け巡った。
私はベルとシェル母娘と共に庁舎の仮眠室で休憩を取っていた。
メーゲルの子飼いと噂されるのは現在逮捕されている五人だけのようだが、他に害を及ぼす人物がいるかもしれない。その状況で証人を解放出来ないというのが行政側の言い分だった。
また、ベルの家も現在軍の管理下に置かれている。猫の子も蟻一匹も入れないように封鎖されていると軍務の人間が言っていたが、ベルは不満そうだ。まぁ、自分の家を他人に任せたくないのと、本日の仕事が滞っているのが腹に据えかねているのだろう。
「また、迷惑をおかけしています」
「そりゃ、構わねえ。晩にも言ったがお互い様だ。せめて話だけでも付けに行きてぇんだが、あの石頭……」
ベルが苛立っているのは仕事の遅延を伝えたいと言っているにも関わらず、相手にしない軍務の人間の対応に関してらしい。私も社会人経験は長いので、苦笑を浮かべてしまう。
昼食が出て、食休みを取ったくらいだろうか。にわかに庁舎内が騒がしくなる。町長が遅まきながら庁舎に出てきたらしいのだが、碌に報告も聞かずメーゲルの即時釈放と襲ってきた五人の即時処刑を命じたらしい。
「ふむ。隠蔽と口封じですか」
状況を教えてくれた法務の人の苦り切った表情に、ぼそりと零れてしまうが、ますます俯かれてしまったので閉口してしまう。
メーゲルの即時釈放に関しては、町の商業活動を妨げないための超法規処置であり、五人の即時処刑に関しては凶悪犯罪者への普遍的対応という言い分で町長は厳命している。
その人治的な判断に、行政の職員達が反発し、のらりくらりと引き延ばしているのが現状らしい。
「町長と言っても、代官ですよね?」
ベルに何となく町の話は聞いていたので、法務の人に問うてみると、頷きが返る。
「問題は男爵位という事です」
公爵領にある貿易都市として名高いここは、重要拠点という事もあって爵位を持った人間が代官として治めている。
爵位に応じて権限は変わるが、貿易都市内での問題に関しては大きな権限を持っているのがその男爵という事になる。即時釈放、即時処刑に関しては町長として、男爵としての権限内の話であるのが問題なのだ。
「では実施するのですか?」
「命令された以上、実施しなければ抗命となります」
命令を盾に実施を強行しようとする軍務と度重なる疑惑解決の糸口を掴んだ法務が一進一退の攻防を繰り広げているらしい。
どちらにせよ、メーゲルに手痛い一撃を加えた私達に取っては、釈放された段階で報復が待っていると考えるため、打開策を検討する羽目になった。
状況が動いたのが、その夕方。一人の傭兵受付の言葉からだった。
「今件に関して、公爵閣下に連絡を致しました」
傭兵業務に関わる連絡等で日常的に鳩での交信を行っている中、今回の事件を忍ばせ公爵へ上げたらしい。
これに伴い、メーゲルに関わる男爵命令が公爵の判断が下るまで一時凍結となる。
代償として、男爵の命によりその受付は即時解雇、傭兵受付の一時閉鎖の処置がなされた。
眠れぬ夜をベルと共に仮眠室で過ごし、次の日の昼に仮眠室から出ても良いという指示を受けた。
「何が起こったんですか? 解放ということは何か事態が動いたんですか?」
私の問いに法務の人が頷く。
「公爵閣下より、返答が来ました。男爵の町長権限を凍結し、現状を維持せよとの事です」
これに伴い、権限は行政の官僚が掌握。私達は軍の護衛の下、家に戻る事になった。シェル母娘も同行を希望したため、一緒に敷居をまたぐ事になった。
また、メーゲルを捕らえた段階からの町長権限を遡及しての凍結のため、傭兵受付の解雇及び傭兵受付の閉鎖も解除された。
「こりゃあ、ひでえな……」
ベルがキッチンを見るなり絶句する。機材は部屋に片付けたが、ビニールシートまでは手が出せなかった。濃く残る血臭とこびり付いた血痕は猟奇殺人の跡を彷彿とさせる。シェル母娘も手伝いを希望していたが、現場に入るなり青い顔になっていたため休んでもらっている。
「ビニールなので、染み込みはしていないです。ただ、洗っても臭いは残りそうなので、焼却処分ですね」
飛び散った時用に壁や調理台にもかけておいたシートを取り除き、窓を開放する。外で生ごみなどと一緒にシートを燃やしている間に、キッチンの臭いも飛び、片付けていた物を元に戻せばいつもの日常に戻った。
その日は慣れない仮眠室での一晩の影響か、夕飯を食べた後は皆言葉少なに部屋に戻る。
私も軍の護衛と防犯装置を信用し、二日ぶりの安眠を貪った。
明けて翌日、いつも通りの日常を過ごす。ベルは二日分の遅れを取り戻すように仕事に勤しみ、シェル母娘は男所帯で手が回っていなかった家の掃除に明け暮れていた。
その夕方、念願の一報が入る。公爵が直々に町を訪問し、事態を掌握したとの事だった。
夜が明けてそう間も経たない時間、ドアノッカーの音が響く。私とベルが用心しながら応じると、公爵の部下より出頭の命令を受ける。
朝食も早々に行政庁舎に赴くと、今回対応してくれた法務及び傭兵の受付が見知らぬ人間と共に待っていた。
再度、同じ内容をスマホの映像と共に証言して、暫く取調室で待っていると法務の人が現れる。
「町長が拘束されました。メーゲル及び五人と共に、領都に連行すると言う事です」
その報告に、ベルと顔を見合わせてしまう。
「町の統治はどうなるのでしょう? また、メーゲルに関わる問題は?」
私の問いに、法務の人が答える。
町長代理として、公爵の部下が代官として一時的に掌握するとの事。
メーゲルの商会に関しては、行政が一時的に運営を引き継ぐとの事。また、屋敷を捜査した際に多数の証拠が押収されたため、現在軍務が芋蔓に関係者を逮捕中との事だった。
「では、一旦は解決という事で良いのでしょうか?」
私の問いに、法務の人が大きく頷く。
「影響が残っていないとは言い切れないため、護衛に関しては暫く続けますが、事態は概ね終息したと判断しています」
その言葉に、ベルと一緒にほうと息を吐いた。
家に戻り、皆で話し合いをしてみたが、まだ先行きで見通せない部分がある。
引き続きシェル母娘はベルが保護するという形で家に匿うと提案すると二人から了解が得られた。
女所帯で心細そうだったシェル母娘も安心して、部屋に戻って就寝となった。
私達は久々にのんびりした気分で、二人お茶を楽しむ。
「あぁ、ベル。これを」
私は法務及び傭兵受付に依頼していた調査報告書の束をベルに預ける。
「なんだ、こりゃ」
「シェル及びシェリーの調査報告書です。逮捕補導歴は無し。交友関係も奇麗なものです。借金はありますが、メーゲル名義ですし、不当な物なので返却されるでしょう」
私の言葉に、ベルが眉根に皺を寄せる。
「いや、そんな情報を集めてどうすんだ?」
「店番を求めていたでしょう? それにベルも気に入ったようですが?」
私が微笑みながら告げると、ふわりと頬を染めるベル。生活を共にして、シェルの母、シェリーの人柄も見えてきた。基本的に人が良く、気さくで明るい。病弱な部分はあるが持病なのでそこは仕方ないだろう。ベルとも職人的な部分で通じ合うところがあるのが、よく話をしていた。
「余計な世話だ」
ぽいっと報告書を返されるので、そのまま暖炉に放り込む。ベルの表情を見ていれば、今後は決まったも同然だろう。
暫しの沈黙の後、私はそっと口を開く。
「禍福は糾える縄の如しという言葉が私の世界にありましたが。出会いも今回の騒動もそんなものなのでしょうね」
私の軽口に、ベルが苦笑を浮かべながら口を開いた。
残高 529,160
ケリーケトル -12,000
静穏性ドローン -70,000
拘束タグ -380
ザイル20メートル -2,200
ザイル20メートル -2,200
ザイル20メートル -2,200
ザイル20メートル -2,200
ニットセーター -6,700
ジーンズ -4,990
オレンジティー -1,650
防犯装置 -44,900
LED投光器 -28,000
クロスボウ一式 -11,000
クロスボウ一式 -11,000
クロスボウ一式 -11,000
クロスボウ一式 -11,000
クロスボウ一式 -11,000
クロスボウ一式 -11,000
手術用のゴム手袋 -1,320
長靴 -1,800
ゴムつなぎ -3,200
ビニールシート -200
ビニールシート -200
ビニールシート -200
ビニールシート -200
ビニールシート -200
収入 0
合計 278,420
合計 300




