第20話 覚悟は出来てますね?
「おい、まだかよ?」
「焦んな。思った以上に頑丈でな」
「くそが、絶対に刻んでやる……。女も終わった後は処分だ」
「勿体ねえ、母娘で売るって話だろ?」
「抵抗したって伝えりゃ良いだけの話だ」
そんな会話が勝手口の扉の外からひそひそと聞こえてくる。
私はふわぁと欠伸を一つ、迎撃の準備だけを確認し、その時を待つ。
扉の隙間から金切鋸が差し込まれ、健気に前後している。
ちなみに金切鋸に関しては、鍛冶屋など特定業種にしか所持を許されていない。この手の押し入り強盗に使われる可能性があるため、その扱いはかなり慎重だ。
「もう、この時間だ。灯りも点いていねぇ。ぐっすり寝てんだろうよ」
「違えねえ。俺らが牢を出てるのにも気付かずにな」
「思い出すだけでむかつくぜ。素直に殺すのも癪だ。あいつの前で犯しぬいてから皆まとめて殺してやる……」
そんな下種の妄想を垂れ流す集団の声を聞きながら、私はしっかりと闇に眼を慣らす。外の星明りに慣れた状態では、家の中の暗闇に慣れるまでそれなりの時間がかかる。
そんな事を考えていると、カチンという金の音が響き、すっと金切鋸が引き抜かれる。一拍、二拍、三拍目にぎぃっと音を鳴らしながら、扉が開く。
ぎしっと足音を立てて、入ってきた足の根元に向けて、引き金を下ろす。空気の抜けるような音が響いて、弾かれるように足が外に飛び出す。
「なんだ?」
「いて……。何かに当たった……」
「暗いからってこけてんじゃねえよ……」
扉さえ開放してしまえば仕事は済んだとばかりに陽気に声を掛け合いながら、ずかずかと侵入してくる人影。三、四人。人数の確認が済んだ刹那、家の外側から魂消るような叫びが上がる。
「さ……刺さってる!! 何かが刺さってる!!」
悲鳴に近い甲高い声に、人影が振り返り、揃って部屋の奥の暗闇を見通そうと必死に睨み始める。
カチッという小さな音と共に、羽虫が群れるような甲高いブーンという音が一瞬続き、キッチンの中に白熱した太陽のような真っ直ぐな光が生まれる。
「ぎゃぁぁぁ!?」
「目がぁ!? 目がぁ」
私はバッテリー式のLED投光器のスイッチを置き、白々と浮き上がっている人影目がけ、引き金を引く。命中したのを確認したら、床に置いてあるクロスボウと交換し、次々狙っては引き金を引いていく。
その都度に上がる悲痛な叫び。恐れをなしたように目を押さえたままの人影が一人、よろよろと扉の外に出て、手をかき分けながらじりじりと逃げようとする。
私は膝射の姿勢から立ち上がり、悠々と蹲って苦鳴を上げる人影を蹴倒し、追いかける。 勝手口から外に出ると、家の壁に沿って一歩一歩進む人影。何の躊躇もなく、鼠径部の下、太ももの端辺りを狙い引き金を引く。
「ぐげ!! がぁぁぁぁ!!」
必死に悲鳴を上げる人影の髪の毛を掴んで、ずるずると引きずり勝手口から家の中に放り込む。
周囲は職人街だが、ベルと同じように工房兼住居も何件か存在する。そこに灯りが点ったのを見つけたので、そこの住人が軍に連絡し、急行するまでがタイムリミットかと判断する。
ばたんと勢いよく扉を閉めた中には、ブルーシートの上に赤を巻き散らす芋虫が五匹。こちらに気付き、胸元の短剣を引き抜き、ぶんぶんと振り回す強者もいたが、次々と杖の先を押し当てて、スタンしていく。
「さて。中々に面白い事を言っていたようですが」
全員を縛りあげた辺りで悲鳴に気付いてキッチンに入ってきたベル。丁度良いと武装を渡し、シェル達の護衛をお願いする。これからの事はあまり人に見られたくない。
「覚悟は出来てますね?」
そろそろスタンの効果が抜けて、強張りが解けた男達が別の意味で表情を強張らせながら見上げるのをにこりと見下ろす。
「で、確認です。メーゲルの関与した事件は?」
「俺が知っているのは、全部話した……。もう知らない」
本日最初に話をしたアルパカの太ももから生えた矢を抉る。
「ぐぎ……ぎぇぇぇ」
「で、確認です。メーゲルの関与した事件は?」
「だから……」
ずりっと半ばまで抜いた矢を、ごぶっと再度羽根まで差し込む。
アルパカの口が開いたまま、わなわなと震えるが、声を出す事も出来ないらしい。
「こんなものですか」
私は手術用のゴム手袋を外し、長靴とゴムつなぎを脱ぐ。足元に置かれているクロスボウから矢を外し、引き金を引いておく。その数七丁。投光器のスイッチを切って、暗闇に戻ったキッチンにはすすり泣くような苦鳴だけが鳴り響いていた。
家の外が徐々に騒がしくなってきている。私は人に見られるとまずい物を抱え、自室に運ぶ事にした。
「予見していた事とは言え、申し訳ございませんでした」
不安がるシェル母娘を慰めつつ、ベルと一緒に通報で駆け付けた兵と共に行政庁舎に向かった。
庁舎に着いた私は即座に傭兵の受付を呼んでもらい、本日の襲撃者の供述を確認してもらった後、メーゲルの捕縛を依頼した。
取り調べ前ではあるが、証拠能力が認められた私の技能と言う事で、すぐさまに軍が人員を招集。即座にメーゲルの屋敷に向かってくれた。
取調室に私達四人が入ると、昼の受付のお姉さんがきつい眼差しで、法務の人員を見下ろしていた。
開口一番は、謝罪の言葉。現行犯での常人逮捕という事での取り調べとなるが、法務が保釈した罪人が即日より凶悪な犯罪を犯そうとしたという事で、法務の面目が完全に丸つぶれになっているようだ。
終始丁寧な取り調べに対して、私はスマホの映像を交え、襲撃犯の証言を事細かに説明していく。
法務のお姉さんの吐瀉物の臭いが漂う中、長い長い説明が終わった頃には夜が白み始めていた。
流石に疲労が祟ったのかふわと小さな欠伸を噛み殺した瞬間、盛大な音を立てながら扉が開く。
メーゲルが逮捕されたようだ。




