第19話 さて、狩りの時間かな
「間違いないです」
シェルが消え入りそうな声で、泣き出しそうな表情で訴える。
後から入ってきた女性兵が痛ましい表情で、こくこくと頷きながら、当時の状況説明を聞いていく。
病床の母を思っての行動、騙された悲しみと憤り、襲われた恐怖、それは聞く者に哀れを感じさせるに十分だった。
シェルも当時を思い出したのか、恐怖に引き攣り、青い顔になりながらも絞り出すように言葉を紡ぐ。
セカンドレイプという言葉を思い出しながら、私はその言葉を痛ましく思いながら聞く。
「しかし、証拠がありません」
横にいた兵が無慈悲な一言を告げる。シェルの表情は引き攣り、女性兵も噛み締めるように俯く。
「未遂の際には十分な証拠が残る可能性は少ないです。どうしてそこまで頑なに求めますか?」
私の冷たい問いに、兵は頷きを一つ。強姦に関わる罰が重い故に、捜査が慎重になる事。そして……。
「実績のある傭兵です。急にこのような事件を冒す必要がありません」
実績、信用という言葉に内心溜息を吐く。聞くと、従軍経験もあるらしい。内容は紛争発生時、護衛任務に就いていたようだ。ただその対象はと聞くと、専ら問題の商人の腰巾着になっていただけらしい。
傭兵としての実績も、強盗や物取りを一方的に殺害し、証拠を提出するという形だった。それも、自分達より多くの人間を相手にしての成果だ。
彼らの実力を考えるに、微妙だろう。組織的なマッチポンプの可能性も出てきて、無辜の人間が害されているならと、内心忸怩たる思いも湧き上がってきた。
「実績というならば、私の分も考慮して頂ければ幸いです」
私が改めて名前を伝え、確認を求める。
そして、キャリーケースからビニール袋に包まれた衣服と、武装解除の際に取り上げた装備を取り出す。
「身体検査をしてもらいましたが、私は非常用のナイフを除き、寸鉄帯びていません。この武器は彼らの装備です。また、その状態でこのように鋭利に布を割く事は不可能です」
机の上には、生々しく切り裂かれた衣服が並び、女性兵は状況を想像したのか、青い顔をして嗚咽を堪えている。
「出来れば、依頼受付の方にも証言をお願いしたく思います。私がどれほどに職務に真摯かが理解してもらえるかと思います」
私の言葉に、両名が頷き、待機の兵に指示が伝えられる。私達は一旦取調室を出て、待合室に戻る。シェルを励まし、慰めていると、小一時間程で再度呼び出される。
取調室の中には、先程の兵と受付の奥で見かけるお姉さんが微笑みを浮かべながら立っていた。
「シアさんの実績は先程述べた通りです。また、かのミリシアさんをして、貴重と言わしめた逸材です」
私に関する調査結果だろう。書類の束を確認しながら、兵達が驚嘆の表情で読み進めている。
ミリシアの名前はここでも絶大で、目に見えて兵の表情が軟化する。ミリシアは、従軍時もあの調子で人をまとめ導いていたらしい。
「また報告が遅れましたが、渡り人の技能が判明しました」
私の言葉に、依頼受付のお姉さんの目が丸くなる。調査でも判明しなかった能力。かなり興味をそそっているらしい。
「私の確認した状況を、記録する能力です」
そっと差し出したスマホの画面。そこにはドローンの空撮による、男達のシェル狩りの様子、そして尋問の詳細が克明に記録されていた。
彼等も、スマホが何か分からないが故にぺらぺらと喋ってくれたのだろう。記録されているとは思うまい。
どのような原理で動いているか、兵達もお姉さんも理解の外だが、その生々しい映像には心動かされたのか、女性兵に至っては青い顔で席を立った。
「分かりました。その技能がどの程度証拠能力として認められるかは現時点でははっきりと申し上げられません。しかし、これまでの実績を鑑みるにあなたの証言には一定以上の重きがあると判断します」
幾分青さが和らいで戻ってきた女性兵と共に、こちら寄りの言葉を紡ぐ。
「どうかお許し下さい。職務でした。協力感謝します」
最後に、兵達の暖かい言葉がシェルに告げられ、私達は解放される。受付のお姉さんに詳細を求められたので、軽く説明をする。
「そうですか……。シェルさん、無用な犯罪に巻き込んでしまい、謝罪します」
受付の業務からは逸脱するが、それでも一定の謝意を提示した行政の行為に、一瞬目を丸くしてしまった。
「傭兵の中にも、信用が置けない人物というのは存在します。出来れば、今後このような事がある場合は、一旦ご相談頂ければ幸いです」
受付の人も忸怩たる表情を隠そうともしない。少なくとも、妙齢の女性に紹介するにはあまりに人選ミスというのは明確だったのだろう。それ程に粗暴と判断されている三人だった。
「では、改めてシアさんには」
今回、関わってしまったのでシェルの後見人として、護衛を務める事になった。判決が出るまでの間という話ではあるが、行政側からの正式な依頼だ。
「身柄を移す事は可能ですか?」
「ベルさんの工房ですね。可能です。周知しておきます」
話が済んだ段階で、私達は連れ添い、ベルの工房に向かう。
「おう。大変だったじゃねえか」
家の玄関で迎えてくれたベルが、苦笑を浮かべながら扉を開けてくれる。奥からはシェルをそのまま成長させたような少し陰のある、グラマラスな美貌の女性が静かに頭を下げてくれる。
「ごめんね、シェル……」
その言葉に、決壊したように泣き出したシェルが母の胸に飛び込む。
途中でベルのところに寄って、薬の対応と、身柄の確保をお願いしていたのだ。
「メーゲルんとこか。あそこは良い噂は聞かんな」
遅い夕食を終え、二人は部屋に退去してもらった。色々な事が起こったのでゆっくり休んだ方が良いとの判断だ。
「黒ですか?」
湯気の上るマグを片手に、私が苦笑しながら呟く。
「まぁな。隠そうと努力はしているが、無理だな。金は持っているから、表立って言うやつはいねぇけどな」
行政も一枚岩では無いし、腐敗している部分もあるだろう。メーゲルはその間隙を縫って活動しているらしい。
「襲ってくるとみているのか?」
ベルの言葉に、こくりと頷く。
「脛に傷があるのであれば、余計ですね。判決までに余計な事を喋るかもしれない。それならば、当事者を消して、うやむやにしてしまうのが手っ取り早いでしょうから」
この領の領法において、保釈金の制度も存在する。あの三人を含めて、襲ってくる可能性は高いとみている。残念ながら、先んじて動けない依頼受付のお姉さんも悔しそうな表情で、同意してくれた。
「ご迷惑をおかけします」
私が頭を下げると、ベルが頭を振る。
「よせやい。お互い様だ」
陽気に告げると、マグを傾け、温かいお茶を飲み干した。
深夜、ふと覚醒する。気付くと、テーブルの上の受信機からブブブと断続的にバイブの音が響いている。
家の四方に設置している、赤外線式の防犯装置に引っかかったものが存在する。
これに関しては、ベルに断ってこの世界に来た当初から設置している物だ。
ソーラー発電式で、メンテナンスフリー。二百メートル圏内で無線受信出来る代物で、圏内の赤外線が遮断されたら、アラートが鳴る。
「あれか……」
窓から庭を覗くと、三、四、五人。連れ立って、裏庭を注意深く歩いているのが見える。
はぁと溜息を一つ。ぱんと頬を張り、臨戦態勢済みの用意を手に取る。
「さて、狩りの時間かな」
私は独り言ちて、音を立てず、階段を下りた。