表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/50

第18話 どうぞ、温まりますよ

「そんな……まさか……」


 植生場所に案内してくれている間に、現状で推測出来た内容をシェルに説明すると、絶句が返る。


「あまり筋の良くない人間と付き合っていると言う事は可能性があるという話です」


 やや濁し気味に伝えるが、間違いなく商人というのもグルだろう。ここからの流れは色々想像もつく。

 ある事無い事をあの傭兵達が報告した上で、多大な借財を背負わせる。行政側は関与していないため、泣き寝入り。そのまま闇に葬り去られるような話だろう。


「しかし……長年付き合いのある商人……さんですが」


 その辺りも調査してみなければ分からないが、シェルの言っている事が間違っていなければ、糸の仕入れ値と布の買い取り値があまりにおかしい。

 色々と日用品を買い込む時に市場調査を行った。糸の仕入れ値は市場価格より若干高めくらいだが、布の買い取りはべらぼうに安い。


「他に買い取りを申し出た商店も、拒否されたのです……」


 言葉少なに消沈したシェルが呟く。その辺りも不当な圧力がかかっている可能性があるなと、心のメモに記載する。

 そう考えると、あの三人は活かすべきか。

 金にはならないかもしれないが、治安維持という意味では実行する価値がある。少し、今後の計画を修正し始める。


 直接的な利益は見込みにくいが、私の利点は行政側に恩を売れる事にある。ミリシアの例を挙げるまでもなく、(おおやけ)を味方につけておくと、状況が灰色な時にこそ効果を発揮する。自発的に動き回るお姉様方を敵に回すなんて言語道断だ。

 それに必要も無いのに、人を殺したいなんて思わない。手を汚すだけ、無駄だ。


「あ、そろそろです」


 シェルの言葉に、作戦にやや集中していた私は意識を戻す。池から延びている支流を辿り、森の奥に向かった私達は、別の支流と合流する湖沼と呼んでも差支えの無い空間に出る。

 若干淀んだ水面は、水草が繁茂しており、足元はぐずぐずになっている。


「あれがそうです」


 シェルが湖沼の一角を指さした先には、水連に似た丸い葉が点在している。その根の粘り成分に薬効があるそうだ。それを細かく砕いて、お湯で抽出して飲むらしい。ただ、一度乾燥すると薬効が消えるので、都度の採取が必要になる。


 私はライアットシールドを構えて、クロスボウを手にする。


「周辺の警戒はします。採取をお願いします」


 言葉少なく告げると、緊張した面持ちでちゃぷりと沼地を歩み、丸い葉の根元を抜き始める。私は、比較的視界が開けた一帯を目を皿のようにして見守り続ける。

 何本かの葉を引き抜いたシェルが発見したと明るい声を上げて、こちらに向かってくる。


「これです」


 差し出した泥まみれの物は蓮根のようにも見えるが、穴は開いていなかった。模様の入った大根みたいな植物の根を大事そうに抱きしめて、沼から上がる。


「これで、お母さんが……」


 やり遂げた顔で言葉を発しようとしたシェルがくちんと可愛らしいくしゃみをする。


「乾かしてから戻りましょうか」


 私の言葉に、シェルが恥ずかしそうにこくりと頷く。





 水辺という事で、周囲から薪を集めてきて、焚火を熾す。ザイルを張って、簡易の物干しにして、合流する前の清水で洗ったジーンズを干す。

 シェルにはまた毛布に包まって、待ってもらっている。


 私は荷物に入れていたケリーケトルに火を入れる。しゃぶしゃぶ鍋のように開いた穴から細い煙が立ち上り、五分程で注ぎ口から温かな湯気が上がり始める。

 火勢を確認しながら、穴に燃料を入れて、ぐらぐらと沸騰したところで、燃焼皿をそっと外す。


 荷物から出したマグにティーパックを入れて、少しだけ冷ましたお湯を注ぐ。

 パックの中でハーブティーの葉が躍るのと、立ち上ってくる香りを楽しみながら、頃合いを見て、そっとパックを引き抜く。

 寒さ対策のため、ブランデーを軽く。そして砂糖を大目に入れて木匙でかき混ぜる。


「どうぞ、温まりますよ」


 差し出したマグをシェルが両手で受け取り、体育座りの膝の上に乗せる。


「暖かい……」


 そう零した口に、そっとマグを傾ける。


「美味しい……。甘い、それに果物の香り……」


 オレンジハーブの爽やかな柑橘系の香りと、ブランデーの甘く複雑な香りが絡み合い、濃厚な芳香(フレーバー)の旋律を奏でる。

 口に含むと、強い甘み、そして柑橘とブランデーの香りが口の中で広がり、緊張した心と疲労した体を癒すようだ。


「あの……」


「何ですか?」


「こんな高価なお茶を……」


 そう告げる正面のシェルの唇に、そっと人差し指を添える。


「私が温もりたかった。それで良いですね?」


「……はい。ありがとうございます」


 照れたような表情のシェルが頬を温もりとそれ以外で赤らめながら、こくりと頷いた。





 ジーンズがある程度乾くまで、今後の行動の指針を説明し、焚火の後片付けをして、沼を後にする。淀んでいたけど、臭いはさほどでもなかったので、ありがたかった。


 元の場所に戻ると、三人は無事だったが、うーうーと不満そうに何かを訴えている。地面を見ると、私達人間が荒らしたのとは別の足跡が点々と付いている。大型の獣では無かったのだろうが、気が気でなかったのは理解出来る。


「本当に……連れ帰るんですか?」


「根を断つには致し方ありません」


 小さく聞いてくるシェルに私はそう告げて、三人を結び直し、引きずり歩く事にした。





「強姦の現行犯です。対処及び捕縛済みです」


 私達が行政庁舎に到着したのは、日が落ちかけた時間帯だった。余程縛られたまま森に放置されたのが堪えたのか、素直に引きずられるのには従ってくれたが、腕を縛った状態では速度が出ない。

 延々微妙な歩行速度に付き合った上、町に入って行政庁舎に向かうとなると、これまた寝転がって抵抗を始める。まぁ、あんまり騒ぎになると仲間が寄ってきそうだったので、蹴り飛ばして転がしてきた。


 法務の受付で名乗った後に、罪状を告げると厳しい表情を浮かべた受付のお姉さんが屈強な兵と共に、取調室に三人を連れて行った。


「やってねぇ!!」


「濡れ衣だ!!」


「あいつこそ、犯人だ!!」


 暫く待合室で二人待機していたが、取調室の方から怒号が聞こえ始める。その展開を予想していた私はほぉっと情けなさに溜息を吐き、展開を伝えていたシェルは複雑な表情を浮かべた。

 まぁ、この手の未遂事項は立件が難しいのが世の常だ。こきりこきりと首を鳴らしていると、難しい表情を浮かべた兵が、私達の前に立つ。


「お話を伺えますか?」


 その言葉に、二人顔を見合わせ、やれやれと立ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、感想、評価を頂きまして、ありがとうございます。孤独な作品作成の中で皆様の思いが指針となり、モチベーション維持となっております。これからも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。 twitterでつぶやいて下さる方もいらっしゃるのでアカウント(@n0885dc)を作りました。もしよろしければそちらでもコンタクトして下さい。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ