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第16話 バカな!! こんな場所で

「湧き水……飲めるという話だったな……」


 製薬所で把握している地形情報を確認しながら暫く進むと、明るい場所が現れ小さな泉が見えてくる。木々の中でそこだけがぽっかりと開かれており、温かな日差しを浴びて輝いている。

 まるで泉の精霊でも出てきそうだなと、ファンタジーな事を考えながら近づく。


 覗き込むと、清冽で青みを帯びた水が滾々(こんこん)と湧き出ているさまが砂の動きで見て取れる。自然に出来たであろう沢が幾筋か森の奥に消えていっている。

 荷物からマグを取り出し、湧きたての水を汲む。見る見るうちに取っ手が冷えてくるほどに冷たい。見た目にも澄みきっている。


 マグを傾け、まず口を濯ぐ。周囲を警戒しながらの移動は極度に緊張を強いられる。粘ついた唾液が満ちた口を暴力的な冷たさが洗い流してくれる。

 こくりと一口。舌から咽喉、そして胃に流れ込む、爽やかで痛みさえ覚える冷涼な一筋。歯が疼くほどの冷たい水は、火照った体をきゅうと引き締める程に凄烈な甘露だ。


「思ったよりも硬くない。それどころかどこか甘みさえ感じる程に柔らかい……」


 思わず口に出てしまうほどの水質。動物達も冷たさに警戒してか、周囲で飲むのに留めているようで、驚くほどに泉の環境も奇麗だ。


 普通この手の水場には獣が訪れ、様々な痕跡を残す。獣臭さを感じそうな水辺というのも往々にしてある。

 この泉は生き物の営みを殆ど感じさせない。比較的森の浅いところにあるのも理由かなと考える。


 仕事が片付いたら、紅茶でも飲もう。そんな事を考えながら水辺の草を物色し始めた。





「こんなものかな」


 瑞々しく豊富な水気を含んだ薬草を根を切らないように慎重に掘り出し、簡易に作ったオアシスと一緒にビニール袋に大事に入れてキャリーケースに仕舞っていく。

 泉の周囲は薬草の宝庫だった。撮影した写真を頼りに次々と採取していく。


 茎が重要な植物、葉が、根が重要な植物。葉を摘む際にも枯死を避けるために注意が必要な植物というのは往々にして存在する。薬師の注意を守り、手順の通りに採取を進める。

 要件を満たせば、それ以上は無駄に採取をしない。暫く待てば、再び採取も出来る。自然からの恵みを余剰分、少しだけ享受するくらいが共生の基本だ。


 その他、薬師から教わった食べられる野草も少々摘んでおく。ベルにも森の恵みをお裾分け出来ればと思い、顔が綻ぶ。


 細い竹状の節が微かに存在する、イタドリに似た茎をぽきりと手折り、皮を剥いて口に含む。

 独特のえぐみと酸味が口の中に広がり、爽やかな芳香が鼻を抜けていく。

 これも薬師から教わった疲労回復の効果がある植物だ。咀嚼し、水分を吸収し、ふっと吐き出す。


 採取の必要数を満たした事を確認したら、シートを広げる。少なくとも辺りに大型な生き物の気配は感じない。鳥の囀りも長閑なもので、危急の要因は皆無だ。


 仕事終わりの一休みと、ケリーケトルを発注し、周囲から細かい枯れ木を拾い集めて細かく折っていく。

 秋の期間はほとんど雨が降らないらしく、森は適度に乾燥しており、ぱきりと小気味よく乾いた音を立てて折れる。

 密に詰まった重い石を一つ。折よく油分を含んだ木々も多いらしく、枯れてなお折れた口が艶やかな自然の燃料を燃焼室に詰め込む。


 秋の豊穣をこれでもかと溢れんばかりに湛えた森の中での至極の一杯。そんなフレーズを思い浮かべながら火を点そうとした刹那。

 ばさりと鳥の羽音が響き、辺りは緊張に包まれる。


 しゃがみ込み、じっと気配を感じていると、断続的に響く声。独特の高さは女性を彷彿とさせる。

 悲鳴。そう判断した瞬間、意識を集中させ、方向を把握するべく移動を開始した。


 方向を確認出来た瞬間、手早く端末を操作し、静穏性ドローンを発注する。音が反響する森の中で素人が闇雲に接近しても、無駄だ。軍需用途にも使われるそれをスマホと接続、電源を投入する。

 ふぃぃんと独特の風切音を上げ、ふわりと浮いたドローンを画面を見ながら、一気に上昇させる。鬱蒼(うっそう)には程遠い秋の森は上空からも地が見える。それを確認し、一気に悲鳴の方向へ飛翔させる。


「これか……」


 見落としが無いように八の字でドローンを旋回させていた私は、画面に映る人影を発見する。人が一人、必死に逃げるのを複数が追いかけている。


「ひとり……ふたり……」


 三人が把握出来たところで、ドローンを帰還させる。戻りの方角で位置は特定出来た。戻ってきたドローンを仕舞う時間も惜しく、装備とラッカーを手に、地を駆ける。





 (さざなみ)に近い、乾いた木の葉が崩れる音を響かせ疾走を続けた私は、次第に大きくなる悲鳴に心を逸らせる。

 間に合え。そう願いながら音源に到達した瞬間、躍り出る。


 組み敷いた女性と思しき人影に群がる三人。女性の手を押さえる者、足を押さえる者、短剣を持ち馬乗りになる者。

 その乱れ、切り裂かれた衣服の残骸を見た瞬間、心のどこかが千切れる音が、耳の中で鳴り響く。


 ばじり。杖の先で試験のスパークの手応えを感じた瞬間、私は躊躇を捨てた一撃を馬乗りの男の胸に突き込んでいた。

 びくんっと硬直した男が、ゆっくりと崩れるように女性に覆いかぶさっていく。


「な!?」


「バカな!! こんな場所で……」


 何かを叫びながらこちらを驚愕の眼差しで見つめる二人。そんな隙を突かない道理は無い。半歩引きながら杖を左手側背後に旋回、遠心力を乗せて、横薙ぎに一閃。腕を押さえていた男の頭にめり込まんばかりの勢いで、振り抜く。

 その刹那、左のライアットシールドにぶちっという手応え。足を押さえていた男が正気に戻ったのか、スローイングモーションで驚愕の表情を浮かべている。


「なぜ!?」


 透明なライアットシールドを脅威とみなしていなかったのか、肩口を狙ったスローイングナイフはシールドに微かな白い線を残し、彼方へと弾け飛んでいった。


「ひぃ」


 腰の後ろへ手を回し、剣を引き抜こうとした男の目に映る私の表情に心の中のどこかで溜息を吐く。

 虚無と無常を噛み締め、昏く淀んだ目。

 我が事ながら呆れそうな虚しさを噛み締め、驚愕と恐怖に(おのの)きながら剣を抜こうとした男の顔面に杖をめり込ませ、スタンのスイッチを入れた。





 麻痺状態の男達を武装解除し、後ろ手に回し親指と小指を結束タグで固定する。それと共に、口の中に舌を覆う形で余り布を詰め、猿轡を噛ませる。

 後ろ手の状態で親指と小指を固定させると、腕を上下させる以外の一切の挙動は不可能になる。


 ザイルで近くの木に一人ずつ離して固定し終えた私は、ゆっくりと女性に近づく。

 無残に裂かれた上着の奥のシュミーズは無事。下半身のズボンも裂かれているが下着は形を保っている。そこまでを確認し、毛布を発注、女性を包んだ瞬間安堵の溜息を吐いた。


 馬乗り男のスタンの際に余波に巻き込まれた女性は、現在絶賛麻痺中である。

 直接の接触では無いので、回復も早いと見ている。現に、手足の末端が微かに動いているのが分かる。


「あ……あなた……は?」


 動かしにくいであろう口を必死に動かし、微かに問いかけの言葉を発する女性。


「シアと言います。通りすがりの者です。危害を加える気はありません」


 そう答えると、女性は表情を微かに緩め、安堵したように気を失った。

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