第12話 座して死んで下さい
「滅ぼすって……。手が足りないわ。この戦力じゃ無理よ!?」
ミリシアの強い言葉に、私はそっと頭を振る。
「直接当たる気はありません。閉所に多数が集まっているなら、一網打尽に出来ます」
私の言葉に、他の三人が顔を上げる。
「でも、皆さんの力も必要ですが……」
その一言に、四人が力強く頷く。
夜も更けており、時間的余裕はあまりない。ささっと作戦の概要を説明し、散開する。
私はミリシアと一緒に空気穴に向かう。塚の上に登り、暫く探すとこぶし大の穴が見つかる。崩落の危険を考えて、貫通孔を開けていたのだろうが、今回はありがたかった。
「少し下がって下さい」
ミリシアに告げて、私はキャリーケースの中で端末を操作して、ガストーチとガス缶を発注する。
バードン達には粘土とブルーシートを渡している。
入口は一つ。空気穴がお誂え向きに開いている。ならばやる事は一つだ。
「窒息させるのは難しいと思うわ……。その前に苦しんで出てくる。あんな布と粘土だけでは破られてしまうもの」
沈痛な面持ちのミリシアは置いておいて、私はガストーチを点火して、空気穴の中に青い火を向ける。
「別に、窒息させるつもりはないです」
「じゃあ、どうやって……」
「一酸化炭素中毒にさせます」
「いっさんか……?」
練炭自殺などで有名だが、空気中の酸素が不足した状態で火を灯し続けると、一酸化炭素が発生する。
まぁ、新しい空気が供給される状態なら問題無いが、閉所であれば簡単に生まれる。そしてそれは……。
「猛毒の風ですよ」
簡単に酸素呼吸をする生き物を死に至らしめる。
空気穴は腕を差し込んでギリギリくらいだ。着ている服も革なので、空気を遮断しやすい。腕を差し入れて、トーチを灯し続ける。
一本。二本。三本目を差し込んで暫くすると、ぼ、ぼぼぼっと不完全燃焼の手ごたえが返ってくる。よし、満ちた。念のため暫く灯し続け、三本目が切れた段階でそっと腕を引き抜き、粘土で塞ぐ。
本当なら、この穴から塩素ガスでも送り込んでやろうかと思ったが、後片付けが面倒なので止めた。一酸化炭素なら、換気をするだけで原状回復出来る。
「まぁ、もう死んでいると思いますけど。もう少し待ちますか」
にこにこと朗らかに告げると、へたっとミリシアが尻もちを搗く。
「渡り人って……こういう人ばかりだったのかしら」
「どうでしょう。私はこういう物を売るのがお仕事でした」
慌ただしい夜は登り始めた太陽と共に終わりを告げる。入り口の方に戻り、真剣な表情で警戒していたバードン達と合流する。戻ってくるのと出ていくのを警戒してもらっていたが、特に問題無かったようだ。
「終わったのか?」
「えぇ。上は開けてきたので、こちらも開放します。危険なので、下がっていて下さい」
その言葉に、ひくっと引いた表情を浮かべて、四人が急いで逃げる。私はそれを確認し、息を止めてばりばりっとブルーシートを剥がして、ててーっと後退する。
「ふぅ……」
一息深呼吸し、ブルーシートを畳む。早めに洗いたいなと思いながら、皆の下に向かう。
「空気が一巡するまでしばらくかかるでしょう。その間に村長さんへ現状を説明しちゃいましょう」
私がそう告げると、ミリシアがこくりと頷く。
村長と話をすると、大層驚いていた。どうも被害が出始めたのが最近で、そこまで逼迫した状況とは思っていなかったらしい。
今回の件が問題無く片付いているなら、軍側に討伐の証言をしてもらう事を確約してもらったのは、何度となく同じ事を説明した後だった。
もう、昼も近い。アドレナリンが噴出していたので、空腹はあまり感じなかったのだが。この無駄な時間で、くーっとお腹が鳴り始めたのを責められる謂れは無いだろう。
「ほ……本当に、死んでいるんだろうね?」
松明を片手に、洞窟前に再度集結した私達と村長、それに村の若いの数人。
私は松明を受け取り、洞窟に差し込むが、問題無く灯る。
「では、私達が先に入ります。問題が無ければ、皆さんに確認してもらいます」
ミリシアが村長に告げて、私の横に付く。ゆっくりと深呼吸をしながら、異常が無いかを確認しつつ、先に進む。
これだけ時間が経っていれば、流石に空気も流れている。
闇の中進んだ時は無限に長く感じたが、灯りと一緒なら三十歩ほどだった。
広間につながる穴の前で、こくりと何かを喉を動かしたミリシアが、そっと首を伸ばして、すっと戻る。
「寝ているんじゃないのかしら?」
その言葉に、私がそっと首を伸ばす。五十畳程の空間は、余裕が無く生き物で埋まっている。
無造作にクロスボウを構え、引き金を引く。中央当たりの小鬼の胸を貫いたが、周りの小鬼にも反応は無い。
ミリシアは信じられないものを見るような表情で、そっと入り口近くの小鬼の胸に手を当てる。
「死んでいるわ……」
念には念をと言う事で、五人で手分けしてサクサクと首を掻き切っていく。どろと滲む固まりかけた血が、それなりに時間が経過したのを物語っている。
小鬼というのは図鑑でみた原人の毛が少ないような生き物だった。鼻と犬歯、爪とが異常に発達しているのが特徴だろうか。身長は一メートルちょっと。ベルよりも頭一つ低い印象だった。
結局数えると、四十二体となった。岩の陰に隠れたものもいたので、直接対峙していたら、苦戦は免れなかっただろう。
安全が確保された段階で、村長及びお供を呼ぶ。現場は窃盗を疑われないためにも、小鬼の処理以外に関しては一切手をつけていない。そこまでするのかと少し思ったが、ミリシアは一切の疑惑を受ける気がないようだ。
「こりゃぁ……」
村長達が入ってきたなり絶句する。そりゃ自分達の身近に敵対生物がこんなにいたと分かれば、驚きもするか。
呆然自失から立ち直ると、大仰にミリシアを称え始める。
若干迷惑そうな愛想笑いを浮かべたミリシアをよそに、私達は小鬼達から魔石を抜き始める。
「おい!! 金だぞ!!」
村の若いのが叫ぶと、わらわらと若い衆が集まる。
それを村長が追う。見ると、無造作に骨なんかと一緒に雑多な道具が一角に集められている。その中に、剣や防具、それに誰かの持ち物が無造作に散らばっていた。
「小鬼は襲った相手を住処に運ぶの。きっと旅人か盗賊か何かが襲われたのかも知れないわね」
ミリシアが小声で教えてくれる。目を眇めて見ると、結構な数の人骨も散らばっている。あぁ、村人もああなる間際だったのか。
「はぁ!? なんでだよ。ここはうちの村の洞窟だぞ!!」
村の若いのが激高して、村長に食って掛かる。大方、結構な金額が見つかったのだろう。
ちなみに、この手の討伐依頼を受けた場合、その場にあった拾得物は討伐者の権利として認められる。
「依頼は偵察だけだろ!! 討伐してくれなんて頼んでいない!!」
洞窟の中に籠った血の匂いに当てられたのか、若い衆がこぞって興奮し、村長を説得し始める。
その様子を私達は冷めた目で見つめていた。それにしてもお腹空いた……。
「すまんが……」
案の定、私達が村の所有区画の魔物を勝手に狩っただけで、本来は村の所有物だった。だから、ここの拾得物は村の財産であるとほざき始めた。
ぎりっと音が聞こえたので横を向くと、バードンが剣を握りしめたまま、歯を食いしばっている。ベディもディルも似たようなものだ。ミリシアですら、苦虫を噛み潰したような表情になっている。
まぁ、人間、喉元過ぎれば熱さを忘れるものだ。
にっこりと営業スマイルを浮かべて、私は一歩前に出る。さてさて、クライアント様は神様です。
「結構ですよ。その条件を飲みましょう。なんなら、魔石もお渡しします」
その言葉に、村長はほっとした表情を浮かべ、若い衆は小狡い表情を浮かべる。
「ただし」
続く言葉に、この場にいる全ての人間が怪訝な表情を浮かべる。
「この顛末は行政に報告しますし、町に流します。今後、同じような状況が発生した場合は」
「ば……場合は……」
村長が恐々と口を開く。
「座して死んで下さい。誰も助けません」
にっこり言い切った。まぁ、どちらにせよ報告するけどな。胸糞悪い。