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第11話 滅ぼしましょう

「起きて、シア」


 耳元で囁かれた声に覚醒を促される。細く開いた目から入ってくるのは満天の濃い星空だ。

 人工的な明かりの無い夜空は一つ一つの星をくっきりと浮かび上がらせ、幻想的な灯りを降り注いでいる。


 仰向けに寝袋に入っていた私は、軽く目を擦り、寝袋から這い出る。


「川は澄んでいるわ。顔を洗ってきなさいな」


 ミリシアが優しく微笑み、告げる。周りを見ると、他の皆は準備万端で焚火を囲んでいる。こくりと素直に頷き、村の端の川まで移動する。

 ざっと水を掬い、顔を洗うと秋の水のゆるみと気温の冷たさを痛感する。タオルで拭い、井戸で水を補充し、戻る。


「さて、じゃあ、進みましょう」


 号令一下、焚火を消して、闇夜の森へと進み始める。

 星明りだけの宵闇は、ぼうとして定かではない。木々の輪郭が微かに認識出来る程度だ。だが、暫し進むと闇に慣れ、少しずつ夜目が利いてくる。

 木々の葉の一枚一枚が見分けられる程度になった辺りで、小さな丘が見え始める。

 近付くと、大きめの塚のような地形が分かる。人が辛うじて立って歩ける程度の高さの穴が真黒の口を開けていた。


「ここね……。じゃあ、打ち合わせ通り」


 打ち合わせでは、感覚が鋭敏で夜目が利くミリシアが先頭で状況把握。続いて、ベディが間隔を空けて万が一のフォローに続く。そのフォローが私の役目だ。

 バードンとディルは外で待機。これは、もし何らかの理由で外に出ている小鬼が戻ってきた際に仕留める役目のため、慣れている強者(つわもの)が配置された。


 躊躇を見せず、ミリシアが、ベディが進む。いち、にぃ、さんと数え、私も闇に足を踏み入れる。

 ほの温く、濁った空気は不潔な生き物特有の臭気を帯び、むっと鼻に潜り込む。きりと唇を嚙み、気合を入れ直して、足元を把握する。気を抜けば、下手な物を踏んで、音を立てそうだった。


 尚の闇、自分の心音と息遣いだけが生きている実感の中、無限とも思える十数メートルを進む。

 そろそろかと思っていると、しゃりっと微かな音を立て、前方に鋭い灯りが刹那灯る。火口の火打石を擦って火花を散らしたのだろう。短い間隔で二回、間を空けて、短い間隔で二回。

 始めの二回が急いで撤退。後の二回が多数を把握だ。回れ右をして、再び闇を進む。戻りは星明りが彼方に見えるので、精神的には楽だ。


 後ろのベディも同じ事を考えていたのだろう。バダンッと板を打ち付けたような音がけたたましく響き、心臓がきゅうっと竦む。何かを踏み間違えて転倒、盾を地面に打ち付けたのだろうか。

 後ろを振り返り、ドクン、ドクンと高鳴る胸とごくりと音を立てる喉と今にもパニックを起こして走り出しそうな足を押さえていると、しゃりっと微かな音と共に火花が刹那。一回だけ。問題無し。

 再びそろそろと進み、大きく広がっていく光に包まれた瞬間、大きく息を吐いた。





「注意なさい」


 こつんと頭を叩かれたベディが申し訳なさそうに俯く。


「下手をしたら、とんでもない数を相手にするところだったわ」


 ミリシアが渋い表情を浮かべながら告げる。場所は塚から軽く離れた地点。


「そんなにいたのか?」


 バードンの言葉に、ミリシアがこくりと頷く。


「三十辺りまでは数えたのだけど、それ以上は危ないと思って撤収したわ」


 その答えに、皆が息を呑む。


「その数だと……とてもじゃないけど、食料が足りないんじゃ」


 ベディの言葉。森の恵みとは言え、近場は村の住人も取り尽している筈だ。小鬼が強奪した食料と言っても、量は多寡が知れている。


「そうね。肉が腐った匂いが漂っていたから、大きな獲物を狩ったのでしょう。でももう、腐敗して食べられない。となると……」


「村が襲われる」


 ミリシアの言葉をディルが引継いだ。


「どうします?」


 私の質問に、皆が暗い表情を浮かべる。


「何も出来ないわ」


 ミリシアが断腸といった表情で告げる。


「避難を呼びかけても無駄よ。村を追われれば、生きていく術はない。五十人からの難民を受け入れられるほど、町も余裕は無いわ。となると、籠城するしかなくなるの」


 村は税を納める限り、自営を認められている。だが、それは自営を認められているだけ。

 軍に申告すれば助けては貰えるが、それは申告すればだ。

 もし何かが起こっても、ここまでになるまでに見つけられなかった、手を打てなかった村の責任となる。


「報告は……難しくなるわね……」


 ミリシアが能面のような無表情に変わる。下手をすれば、巻き込まれる。向こうも死に物狂いだ。何としても戦力を確保しようとするだろう。そうなれば、絶望的な戦力差の争いの渦中に巻き込まれる。


「逃亡は……」


 バードンが口を開こうとすると。


「論外よ。行政が黙っていないわ。然るべき報告を村にしていないと分かれば、どちらにせよ罰が待っている」


 ミリシアがきっぱりと言い切る。


「でも、村が襲われるなら!!」


 ベディの言葉にも、首を振る。


「皆殺しになると限った訳では無いわ。生き残りの証言があれば、私達は村を滅ぼした元凶になる。そうなれば、傭兵としてではなく、犯罪者として裁かれるわ」


 その言葉に、三人が黙り込んでしまう。


「ごめんなさい。貧乏くじを引いちゃったわね……。良いわ、あなた達だけでも」


 その後を告げようとした瞬間、私はそっと人差し指でミリシアの口を塞ぐ。ミリシアは自分だけで報告するつもりなのだろう。で、私達は軍に申告するという名目で逃がす。

 でも、そんな役回りは嫌だ。短い間だが、私は気の良いこのメンバーを気に入ってしまったのだから。


「何でもない危機です」


 そっと口を開く。もう私は決意した。


「滅ぼしましょう。それで、仕舞です」


 手は、幾らでもあるのだから。

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