第10話 洞窟内にどれほどの小鬼がいるのかの確認
「うわぁ……。塩漬け肉って本当に塩漬けなんだ……」
カッチカチで黒に近い茶色に変色した肉を見た瞬間、ラッパのマークの錠剤が発注出来るか確認してしまった。常備薬の発注項目に安心し、私の水筒の水で塩抜きする。
その間に、小麦粉に水を含ませて捏ねる。そのまま入れてドロドロな液体なんて飲みたくない。ある程度固まってきたら小さな球を作ってぷにゅっと潰していく。
そんなこんなで用意をしているとお湯が沸いたので、まずは小麦粉の塊を投入し、軽く茹でる。表面が軽く艶やかになったら塩抜きをしていた肉を細かく割いて入れる。水に浸しているとちょっとふわっと広がり、ボロボロになってしまったのだ。
くつくつと煮立ったところでコンソメを入れ、出来る限り酢を切った野菜を入れる。
「くん……くんくん……。良い香り……」
大きな布を広げた上で佇んでいたベディが目を閉じながら、ふわっと笑顔を浮かべる。
「確かにいつもと違うな」
バードンの言葉にディルが黙ってこくりと頷く。
香辛料でスープの味を調えながら、遠火で硬く焼き締めた丸いナンのようなものを温めていると、ミリシアが若干疲れた顔で戻ってくる。
「おかえりなさい」
私が声をかけると、力なく微笑む。
「あら、シアが食事を作ってくれているのね。んん……美味しそうな香り。あぁ、その前に。喜びなさい、皆。水は無料で分けてもらえるわ」
その言葉に皆が喜びの声を上げる。
「詳しくは食事を食べてからね」
ミリシアが告げる横では、欠食児童の表情で三人がわくわく待ち構えていた。
「では、食べましょう」
ミリシアの言葉を合図に、皆がずずっとスープを啜り始める。
「ん? んん! うま……い……」
バードンが目を丸くすると、ベディが叫ぶ。
「入っていないのに色んな野菜の味がする!! それに白いのもくにゅくにゅしている!!」
ディルは嫋やかな顔を喜びの色に変えて、急いで啜っている。明らかに取られるのを警戒しているようだが、せっかくの高貴な雰囲気が台無しだ。
「ふふ、本当。美味しい。いつもの食事が泥を啜っているみたいに感じちゃうわ……」
ミリシアも少し疲れた表情だったのが、明るく変わる。
「でも、材料はいつも通りよね?」
「私の手持ちから少し調味料と香辛料を足しました」
「もう……。気にしないで良いのに……。でも、嬉しいわ。もし、余っているなら町に戻ってからでも買い取りたいくらい」
善処しますと告げて、私もスープを啜る。塩気が強いかと思ったが、塩抜きのお陰でそこまでではない。
繊維質の肉が若干コンビーフを彷彿とさせる。野菜も適度に酢が抜けて食べやすくなっていた。コンソメの優しい旨味と調和し、胡椒の香りが食欲をそそる逸品だ。パスタもどきも十分にスープを吸ってしこっとした歯応えと共に美味しい。
若干顎の力がいるナンをスープでふやかしながら食べ終わると、ミーティングが始まる。
「話によると……」
ミリシアが聞き出してきた話によると、最近村の鶏や野菜にちらほら被害が出ているようだ。原因を探るために村人が夜警をしていると、小鬼と呼ばれる二足歩行の魔物が出没したらしい。
夜陰に紛れながら後をつけると、ニ十分ほど歩いたところにある森の中の洞窟に消えていったそうだ。
「洞窟自体は昔からあるもので、村の子供が遊び場にしていたようね。今は使うような子供がいなかったのが幸いだったわ……」
構造としては、一本道を抜けると、大きな広間が一つあるそうだ。空気穴はあるらしい。そうでなければ、子供の遊び場には危険だ。
「依頼内容としては、洞窟内にどれほどの小鬼がいるのかの確認ね」
一般的な小鬼のコロニーは十匹ほどらしい。ただ、秋の時期は冬籠りのため、幾つかのコロニーが集まるケースが想定されるらしい。
「軍を動かすにせよ、どれほどの規模で動いているか分からなければ申告も出来ない。そのために私達がここに来たと言う訳ね」
要件としては、交戦を避けつつ、戦力の確認を行う。十匹を超える小鬼が存在する場合は手早く撤収する。
「十匹以内の場合はどうなるんですか?」
私が問う。
「その場合は傭兵の規模でも対処が出来るから、改めて討伐の依頼を村が出すよ」
バードンが答える。その言葉にほっとする。
「戦いになったら明確に損になるわ。方針としては」
小鬼にも暗視なんて器用な能力は無い。相手が寝静まった頃に洞窟に侵入、戦力を確認し、脱出する。
その際に、もしなんらかの事情で見つかった場合は、交戦を避けて逃げに徹するとの事だ。
「入り口に簡単な罠を仕掛けておけば、撹乱は出来る。質問は?」
三人はこくりと頷く。私も取り敢えず情報が乏しく、反論する余地も無いので、頷きを返す。
「じゃあ、夜までは休憩ね。歩きで疲れたでしょうから。交代で睡眠を取りましょう」
結局、起きておく順番は私、ミリシアの順で決まっていった。私は初心者だし、ミリシアは指揮と潜入をしなければならないから。真ん中の辛いところがバードンで、ベディの順番だ。ディルは集中力が必要なので、起こさない。
早速と言う事で、皆が布の上でころりと横になりそれぞれの毛布に包まる。気付くと、すぐに寝息を立てている。慣れているとはいえ、凄いなと感心してしまった。
秋の乾いた寒風が、空き地を吹き抜けるたびに竈の火を揺らす。暖を取るのが焚火しかないため、絶やさないように薪を無駄にしないように慎重に維持する。
「ふふ、けち臭いと思ってないかしら」
気付くと、次の順番のミリシアが背後に立っていた。日も若干傾いてきている。
「村の財産に手を出せませんから」
水も薪になる木も、全てその領域を管理している者の所有物だ。枯れ木一本でも勝手には使えない。それぐらい厳しい環境で皆生きている。
「渡り人には厳しいかもしれないわ……。でも、これがこの国の実情なの。大丈夫かしら?」
「はい。郷に入れば郷に従います」
私の答えに微笑みを浮かべたミリシアが、そっと皆を指さす。寝る時間が短くなるのを気にしてくれたのかと思いながら、荷物の寝袋を取り出し、もぞもぞと中に入る。
顔は冷たい風に吹かれていたが、足先が温もってくる頃には、眠りに落ちていた。