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第1話 西条四阿はブラック企業に勤めている

「はぁ!?」


 駅の改札を抜けて階段を下り、某アニメで有名になった駅前公園に出ようとした瞬間だった。

 四十を越えたおっさんがアニメとか世間では笑われるななんて考えながら最後の階段を下りた刹那、目の前が真白に染まったと思ったら、人々の群れがガヤガヤと騒がしい石畳の上にいた。


 催眠術とかそんなちゃちなものじゃない。座り込んで石畳に触れた瞬間のほのかな温もりは実感を伴って、衝撃を胸に届けてくれた。


「なんじゃこりゃ!?」


 往来のど真ん中で叫んだ私を胡乱な目で見つめる人々。そこには人間とは思えない生き物も多数混じっていたが、私にそれを疑問に思う余裕は無かった。





「次の方ぁ」


 日本語でもない言語なのに頭が理解している事に再度衝撃を受けながら目前の椅子に座る。


「えぇと、渡り人ですねぇ。ちょっと待って下さい……。あぁ、五十年ぶりですねぇ」


 羊皮紙を片手に、目の前のお姉さんが営業スマイルで告げる内容は、ザルで漉すかのごとく殆ど頭に残らない。


「渡り人……ですか?」


「はい。時と空間を司る神の思し召しです。あぁ、ありました。記録に残る最後の方は……アレクセイという方ですね。隣国で保護されて天寿を全うされています」


「保護……天寿?」


「はい。んー。ご本人の申告でこちらに到着した際の年齢は五十六歳。四年ほど保護生活を送っていたようですが、酩酊状態で転倒。その後、意識が戻らないまま死亡が確認されています」


 名前の語感的にロシア系くさい……。おぉぃ、お国柄だと思うけど、もう少し有力な情報を残してくれ!!


「あの、保護というのは……」


「はい。渡り人に関しては各国共通で保護政策が採られています。ご自分で生きられない状態であれば衣食住を提供するという形になっております」


 その言葉にほっとした瞬間、お姉さんの営業スマイルの奥が静かに軽蔑の色に染まったのが分かった。


「ですが長年に渡り、渡り人が現れなかったため現在は財源を確保出来ない国が殆どです」


「すると……?」


「はい。我が国レーネスも足並みを揃えておりますので、財源はありません。現在の使途自由金から出せるのは……二十万レーネですね」


「お金の価値が分からないのですが……」


 私の言葉に、くてんとお姉さんが人差し指を唇に付けたまま首を傾げる。


「そうですね……。例えば、高めの宿屋で食事を付けたら、一日約一万レーネ程度です」


「と言う事は……二十日程度の補助しか受けられないという事ですか?」


「はい」


 花開くように朗らかに微笑んだお姉さんは頭から生えた山羊みたいな角を見せつけるかのように、大きく頷いた。





 革製の巾着をじゃらりと言わせながら、私は行政庁舎からぺいっという感じで追い出された。

 え、待って。状況が全然分からないよ? 呆然とした私に、髭面の男がひょいひょいっという感じで手を振ってくれる。





「あんた、渡りかい?」


 目の前の状況に頭が働かず、座り込んでぶつぶつ呟く私に声をかけてくれたのは身長が百二十センチほどの体格の良い髭面の男性だった。


「渡り……?」


「そんな珍妙な格好の奴は渡りなんだろうさ。周りを見渡してみな」


 男の言葉にぐるりと周囲を見渡してみると、ひそひそと何かを話し合っている人影に囲まれていた。その人達の服装も古めかしい、ローマ時代を彷彿とさせるファッションだった。


「あ……え……?」


「爺さんの時代には結構な数が現れたって話だがな。確か国で保護してくれるって話だったはずだ。行政庁舎に行きゃあ話は通るだろ。付いてきな、案内してやるよ」


 にかっと男臭い笑みを浮かべた髭面がしゃがんだ状態から立ち上がり、そっと手を伸ばしてくれる。


「あの……あなたは?」


「あ? 俺か。ベルってもんだ。鍛冶屋をやってる」


「あなたに……」


「ん?」


 その瞬間、会社での教訓が頭の中でフラッシュバックする。


「あなたに、私を助ける利益はあるんですか?」


 私の言葉に一瞬きょとんとしたベルは、ふっと苦笑に近い笑みに変わる。


「鍛冶屋っつっただろ。渡りの連中の技術っていやぁ高度な(もん)って聞いてる。そんな話が聞けりゃあ、満足だ」


 その言葉に、私は付いていく事を決めた。利益が共有出来る相手なら、いきなり凶行に及ぶ確率は低いだろう。どうせ、このままでは埒が明かない。


「よろしくお願いします、ベルさん。私は西条四阿(さいじょう しあ)……シアです」


「おう。よろしくな、シア。でも、敬称なんぞいらん。ただのベルだ」


「はい……ベル」


 差し出された手を握って立ち上がった私は、その時初めて自分の足でこの世界に一歩踏み出した。





「しかし災難だったな」


 とんと目の前に置かれた武骨なカップ。その中には褐色の液体が入っている。じぃっとそれを見つめた私に苦笑を浮かべたベルが自分の前に置いたカップと入れ替えてくいっと呷る。


「ただの茶だ。毒なんざ入れていねえよ」


 その言葉に非礼な事をしていると気付いた私は、ままよとカップを呷る。ふわりと香るのは発酵させた植物の馥郁とした香り。紅茶に似た色だが、天然の甘みと酸味が強い不思議な口当たりだった。


「おい……しい」


「だろ。上等な葉だからな」


 にやっと唇を歪めたベルがどすんと椅子に背中を預ける。ここはベルの店の二階にある応接間らしき部屋だ。行く当てが無い私はベルに連れられるままにここに辿り着いた。


「職員に説明されたろ? そう簡単に危害を及ぼす(こた)()ぇよ」


 お姉さんの話でも、渡りの人間に危害を及ぼす事は法律で禁じられていると言っていた。町の住民と同等の権利を持つという話だった。その辺りの詳細は通勤カバンの中に入っている羊皮紙もどきに記載されている筈だ。特に町でお店と家という居住権を持っている人間が害する可能性は少ないだろう。渡りの証明と言われた左手首の星形のアザを無意識になぞってしまう。


「ありがとうございます」


「なに、構わんよ。こっちゃ何か面白い話が聞けるかって胸が躍ってんだ」


 にっこりと人好きする笑顔で言ったベルに私も笑顔を返す。


「そういや、シア。あんたの技能は何なんだ?」


「技能? あぁ、技能!!」


 行政庁舎の中でオカルト染みた部屋に連れ込まれて色々調査された時に出てきた単語、技能。どうも渡り人と呼ばれる存在は、世界を移動する際に時と空間を司る神とやらから何らかの能力を授かるらしい。それを使ってこの世界に波紋を広げる存在が渡り人だと言われた。


「で、何なんだい?」


 ワクワク顔のベルに冷や汗をかきながら、唇を歪めつつ答える。


「分からない。だそうです」


 その言葉に、一瞬きょとんとしたベルがぶはっと呵々大笑する。


「何でぇ、丸損じゃねぇかよ」


 ゲラゲラと笑うベルに、こちらも釣られて苦笑を浮かべてしまう。


「本当に……そうですね……」


 ベルの言葉で、現状が頭の中で駆け巡る。お姉さんにも最終的には無用の長物を見るような目で追い立てられた。どこに行っても、扱いが変わらない。はぁと溜息を吐いた私の両肩をどんとベルの手が叩く。


「落ち込んでんじゃねえよ。生きなきゃなんねえんだろ?」


「はい!!」


 突然の接触に驚きながら答えると、改めてベルが破顔する。


「うちだって人手不足だ。話を聞かせてくれて、仕事を手伝ってくれるなら給料は弾むぞ? 行く宛て、無ぇんだろ」


 その言葉に、一瞬喜びを浮かべようとしたが、がくんと沈む。


「しかし、ベルの利益が……」


「構わんよ、巡り合わせだ。最近は技術も頭打ちなんでな。知恵が欲しいのもあるし、人手が足りねえのはもっと深刻だ」


「活況そうでしたが……」


 町の雰囲気はかなりざわめいているというか、人の往来は激しかった。そんな町で人手が足りないなんてあるのか?


「あぁ、この町ぁ交易都市なんでな。旅人ばっかりなんだよ。住民税も高いってんで、定着しねぇのよ」


「それで……」


 合点がいった。少なくともこの町で生活する限り私の住民税は免除されている。従業員として雇うなら利点はあるか。


「納得いったんなら、休めや。死んだかかぁの部屋で悪いが、そのまま残してる。今日はそこで寝りゃ良い」


 色々な衝撃が冷めやらぬまま、ベルに部屋へ誘導される。かちゃりとノブを開けた部屋は少し埃っぽい部屋だった。

 内鍵を閉めて、ベッドに座り込むと改めて溜息が零れ出る。


「なんで、私が……」


 このままでは愚痴っぽくなるなと思い、通勤カバンを開ける。中には先程貰った書類と、通勤セット一式、それにシンクライアント型のタブレットが入っているだけだ。


「はぁぁ、こんな事になるなら、もっと良い物を入れておけば良かった……」


 肩を落とし脱力しながらタブレットの電源を入れる。社内のネットワークに接続しなければ無用の長物だ。役に立たないなら、分解して使えそうな部品をベルに紹介しようかなと思っていた矢先だった。


「あれ? 生きてる」


 タブレットの液晶には業務用のUI(ユーアイ)が表示されている。指紋認証からいつもの手順で業務画面を開く。





 私こと西条四阿はブラック企業に勤めている。いや、業務形態がブラックと言う訳では無く、業務内容が法的に限りなくブラックなのだ。

 例えば、現在の日本で爆薬に関わる資材を大量に購入しようとした場合、あっという間に足が着く。手分けして買った場合でも、カードの情報などで紐づけられるし、監視カメラの情報から特定される。所属していた会社では大口の農家にその辺りの資材を納品しつつ、一部をキックバックしてもらいながら貯蔵、販売を行ったりしていた。入った当初は商社と聞いていたが、内容を追っていく内に、明らかな黒さに引いていたが、抜け出せないままにもう四十を超えてしまった。頭の中にはそんな普通の現代日本では役に立たない知識が詰まってしまっている。





「購買画面……って、通貨単位が……」


 画面を見ていると、各種商材の値段が円の筈だった場所にレーネと記載されている。


「これ……社食でもそうなのか?」


 薄いスープと硬いパンの夕食をベルに振舞ってもらった私は、社員食堂の画面を見た瞬間、ぐぅと鳴るお腹を押さえていた。味はともかく量が少なかった。


「じゃあ、トンカツ定食を……。って、金はどうしたら良いんだ?」


 いつものオペレーションで社員食堂のトンカツ定食五百レーネ也を注文してみる。OKを押下した瞬間、ベッドの上にふわんと湯気を立てる見慣れたトンカツ定食がトレイに乗って現れる。頬を抓ってみるが、湯気も香りも消えない。


「うぉ……。本気か?」


 箸を掴み、一切れ頬張ってみるが、まごう事無くトンカツだ。金はどうなっているのかと巾着を広げて見ると……。


「あ、五百レーネ減ってる……」


 中身から細かい買い物用の百レーネ硬貨が五枚消えていた。


「じゃあ、紙とボールペンでも発注してみるか……」


 百レーネのボールペンと、千二百レーネの五百枚入りコピー用紙五束を発注してみる。巾着袋を見ていると、ぶるぶると硬貨が震えたと思うと、ふわっと燐光を放ちながら消えてしまう。トスンという音と共に目の前に段ボールがぽつんと一つ。開けるといつも使っているコピー用紙とペンが一本。


「あぁ、これが技能じゃないのか?」


 咥えていた箸をぽろりと落としながら、ほけっと口を開けて、自分の可能性を考えてみた。

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