出会っちゃった
「……………あー、あー………主サマ?聞こえるか~?」
男は側頭部に二本の指で手刀を作り当てて何かを一人で語り出す。
左手では先ほど化け物を突いた槍でトントンと肩を叩いていた。
「目標の奴は倒したぜ。……………いや、口に出さないで念話なんて器用なこと俺には無理だって~……………大丈夫、ダイジョブだって、ちゃんと霊核も破壊し……………」
──その時、亜弥と男の目があった。
男の外見はシンプルだった。
髭はあまり整えておらず、ボサボサな長い茶髪を後ろで束ねている。眉が濃く、堀が深い西洋風の顔で、年齢は30代後半といったところだ。身長は190位だろうか。隣にあるお店の看板が小さく見える。
ダンディーと言うべきだろうか。
だが美しいほどの銀に輝く鎧に、緑色の薄手の服を着込み、立派な黒い革のマントのような外套と、同じ色と素材のブーツ。
槍は男の背丈の1.5倍程の長さで柄は銀色で、刃は金色に輝いていた。
コスプレ──にしては出来すぎている。まるでアニメからそのまま飛び出してきたような………
「……………なぁ、あんたひょっとして──」
ブゥンッ、と男は槍にこびりついた血を払い亜弥に向き直った。
まるで紙かなにかで出来ているのでは?と思うほどに軽々と巨大な槍を振り回す。
「──俺が見えるのか?」
見えている。
当然だ。
だってこの人は人間だ。
人間の……………はず。
だが、確信が持てない。
さっき追いかけてきていた首の怪物は、恐らく亜弥にしか見えていなかった。
だが、この男はそれを殺した。今もそれは男の近くに転がっていて───
「いやああぁぁっっ!?」
両手で顔を覆う。
首は血をドロドロと流しながら男のすぐ後ろを転がっている。
男のインパクトにおされ目立たなかったが、異常なまでにグロテスク……という言葉では表せない程だった。
眼球は両目とも違う方を向いている。
首は頬の辺りから黒い粒子のようなものが宙に散っていっていき、もう頭の一部は粒子となって無くなっていた。
死、という言葉を突きつけるような光景だった。
「その反応だと、見えてんのかぁ……」
男はめんどくさそうに後頭部をバリバリと掻く。
大きな溜め息を吐き槍を掲げた。
「……………えっ?」
男の腕から先が無くなった。
いや、正確には速すぎて肩から先が見えなかった。
亜弥の動体視力ではその人間場馴れした動きをとらえられなかった。
男の持つ槍の長さからして、亜弥に向かって突きつけられた刃は亜弥を貫いている。
そう、貫いていた。
胸には冷たい刃の硬い感触があり、そこから信じられないほどの痛みが身体中を通り抜けたときには、既に彼女の心臓は破壊され、悲鳴もあげずに彼女の脳は生命維持をやめていた。
「主様、ワリィ、死体──増えちまった」
なお、この後、彼女の遺体は発見されなかった。
╬
『み、美玲っ………頼むから、人に、見つからないようにっ……慎重に動けっ!?』
人の行き来が多い繁華街。多くの人の声で賑わっているその場所では、人々は異常な光景が見えていなかった。
細い電線が張り巡らされている、その上を綱渡りのように、しかしあり得ない程恐ろしい速度で走る黒いコートを着た少年と、その後ろを今にも足(アザラシのヒレ?)を滑らせそうな、アザラシに羊の毛を纏わせたぬいぐるみが追いかけていた。
昼間っから妖物が来ることは視野に入れていたが、まさか他の“陰陽師”と接触するとは……………あの娘、運がない。
やっぱ、少し手をかけてやるべきだったか。
まぁ、過ぎてしまったものは悔いても仕方ないだろう。
美玲もまた、ぬいぐるみと同じ考えで冷静な風だが、二人とも心の奥底ではひどく動揺していた。
ただ、無事でいろと願うだけ、それしかできない自分に腹が立っていた。
足が電線につく度に電線が音をたてて波打つ。
電線が空を切るその音にさえ鬱陶しさを感じた。
しかし、美玲がここまで感情を表に出す(果たして表に出ているのだろうか?)のは久々ではないだろうか。
やはり彼女の、赤塚亜弥の影響だろうか。
ていうか、前方に魔力反応が2つある。
1つは亜弥のものだが、もう1つは……………式神か?
どうやら本当に他の陰陽師と接触して──
その時、二人の頭のなかに流れ込んでいた2つの魔力反応の内、片方がきれいさっぱり消えてしまった。
消えたのは、亜弥の反応だった。
反応が消えるのと同時に現場の近くについた。
そこには首怨霊の妖の死体と、亜弥と槍を持った男がいた。
ギリッ、と美玲は奥歯を噛み締めた。
『……………美玲、落ち着いて。無闇に突っ込むなよ?』
「……………親方さま……………落ち着け……」
呆れたように美玲が言う。
彼のとなりには今にも飛び出していきそうなぬいぐるみがいた。
『お、おおお、おおおお、おおちついてて、ているるぅささっっっ!!?』
…………………………………ダメだこりゃ