異常はいつも唐突に
お久しぶりです。瀬良真澄です。
この度投稿が遅れてしまったことをまずはお詫びいたします。
誠に申し訳ありませんでした。
「ただいま」
しんと静まり返った家の中に少女の声が響いた。
しかし返事は返ってこない。人が居ないわけではないが……まぁ、彼が……いや、あんな奴もうどうでもいい。返事が返ってこなくても、もうどうと言うこともない。
運動靴を脱ぎリビングへ向かう。
クリーム色の壁紙でテレビやエアコンに木のテーブル、L字型の明るい茶色のソファーベッドがある。インテリア等の家具が多い訳ではなく最低限のものだけがある。
「ふぅ、疲れた……」
鞄を置き制服のリボンを緩めてブレザーをソファーに投げ、そのままドサッとソファーに倒れこんだ。
最近は部活が忙しくなったため、一日一日が大変だ。
今は5月中旬だが上着がないと凍えるほどに寒い。今日の最高気温は7度だった。
ここは日本だ。5月でこの気温は極めて以上だろう。しかしこれが普通なのだ。
もう30年前になる、当然私は経験していないが、ある日災害が起きたらしい。詳しくはまだわかっていないが、地震とか津波とかの類いではないのだろう。その災害で地球の軸が代わり、日本は春、夏、秋、冬から冬、真冬、冬、冬の四季になったのだ。
その為、5月だろうが7月だろうが、厳しい寒さに見舞われるのだ。
そんなことを考えていると、ふと鞄に目がいきはっと思い出した。
「……そうだ、あの壺!」
両手をパチンと合わせた。
スッと起き上がり鞄を開けて壺を手に取った。
白く美しい色に艶がかかっている。
さっきはよく見えなかったが、とても綺麗だ。
うっとりと壺を見つめていた。
だがその時──
……ピシィ!
「……えっ!?」
突然小さなヒビが入った。
けして強く握ったわけではない。何か衝撃があったわけでもなく、唐突に壺にヒビが入ったのだ。
グッと目を凝らして壺を見る。
ヒビは次第に大きくなりその隙間から真っ黒い霧のようなものが吹き出した。
「なっ、何これ!?」
壺を床に落として、咄嗟に口元を押さえ壺から離れた。
霧は止めどなく溢れだし、亜弥の視界を覆った。その後も音を出すことなく、部屋いっぱいに霧が充満した。
この部屋はストーブをつけているため窓を締め切っているが、霧は徐々に薄れ、視界が開けてきた。
『……あ……ぁ?』
奇っ怪な声のような音のような何かが聞こえてきて、そちらを向くと目の前に真っ黒い皮膜におおわれた何かが目に飛び込んできた。
部屋の天井に押されて前のめりになっているのでよくわからないが、4メートルはありそうな巨体で、目玉のような器官が複数全身に散らばっている。
「な、ん……えっ?」
その何かから複数の黒い腕の形をした影が伸び、亜弥の方にゆっくりと近づく。
「あ……あぁ…………っっ!!」
何あれ、何これ、なんなの!?
声にならない声が亜弥の口からこぼれる。
わからない。ゆえに怖い。突然のことで頭の処理が追い付かない。ただひとつ、わかることはあの何かには関わってはいけないということだけ。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁ」
思い切り腕を振り回し暴れる。しかし、その努力もむなしく、怪物は亜弥の両腕を押さえ、腹部に黒い腕をグッとめり込ませた。
「ぁ……カフッ!」
肺から酸素を押し出され、空気が喉を擦る音が出た。そのままさらに圧迫されていく。呼吸は勿論出来ない。それにただ息を止めるのとは訳が違う。以上な胸の痛みと苦しさ、さらに不快感が混ざりとてもじゃないが、今すぐにでも楽になりたい。
苦しい……痛い……ッ!
痛みと苦痛に耐えていたが、くらりと視界がゆれて、そのまま意識を手放そうとした─────そのときだった。 そいつが現れたのは。
──ピシィ、パリィィィィィンンッッッ!!
突如窓ガラスが割れて、それが目に飛び込んできた。
丸いフォルム。大きさはバスケットボール大。フワフワとした毛に包まれ、そこからアザラシの尻尾の生えた……………………………………ぬいぐるみ……
け……毛玉!?……ポワポワで、ボールみたいな……………って今そんな状況じゃないんですけど!──うっ
さらなる圧迫でもう死を悟った、
あぁ……死──
『うおりゃああああああああああああッッ!!』
恐ろしい程の勢いでポワポワが怪物に向かって飛んでいった。そう、それはまるでプロの選手のドッチボールの全力投球のようである。
そしてそのぬいぐるみから人らしい物の声が出た。
『うあぁ……ぁ』
短い悲鳴をあげ怪物が倒れる。
「かはっ……ケホッゴホッ!……な、なんなの!?」
目を開けるとその光景に亜弥は目を見開いた。
黒い怪物がボコボコと泡を出しながら溶けていく。
その不気味な光景に思わず口元を押さえた。
怪物の目玉は亜弥を見つめていた。
『コロす…………コロしてアげル………かならズコロシ──』
奇っ怪な言葉のような音をあげながら怪物はドロリと完全に溶けた。
サーッと顔から血の気が引いていく。
「ああああああああああああっ!!」
恐怖と苦しみで亜弥は訳もわからずにばたりと倒れた。
╬
倒れた少女の近くにちょこんとぬいぐるみがあった。アザラシと羊を合体させたキャラクターのぬいぐるみだ。
「手は出さないんじゃなかったのか、親方様?」
ぬいぐるみの隣に一人の少年が歩いてきた。
白のVネックのシャツのうえから、黒い膝丈のジャケットコートを羽織っている。ボトムスはシンプルな黒ジーンズで、髪は長めで肩にかかっている。目の下にくまをつくっている。
髪も服も乱れているが、なかなかの美形の少年だ。
そんな彼がぬいぐるみに一人で話しかけているこの様子は大分シュールだ。ぬいぐるみが喋ることはないから、はたから見ると少々おかしい。
『そうだな、だがあのままだとあの子は死んでいたぞ?』
だが……そう、ぬいぐるみが喋ったのだ。その声は大人ぽい女性の声だった。
「……確かにな、だが少なくとも助ける義理はないはずだぞ?」
『そう言ってやるな。その子は“義理妹”なのだろう?』
その言葉に少年は上を向き、空をあおぐ。
『どうなんだ?若枝美玲君?』
「その名で呼ばなくていいよ、貴方だったらね。本名でいい」
『何処に敵がいるか解らないぞ?立場上知られたくないのだろう?』
「居ないよ。何処にも人は。…………根拠はないけど」
『……ふっ、相変わらずだな』
その時「ん?」と少年が倒れた少女の元へ歩み寄り、手をとった。
『お、おい!何をする気だ?』
ぬいぐるみは美玲が寝ている少女に何かするのでは?と考えたのだろう。
少年はぬいぐるみの制止も聞かずグッと彼女の手を見つめ、ニヤリと笑った。
「……ふうん成る程ね」
『なんだ?何かあったのか?』
ぬいぐるみがピョコンピョコンと歩み(?)寄る。
「これ、何か分かるだろ?」
美玲の握っている亜弥の手の甲には、肌より若干薄い色で複雑なタトゥーのようなものが刻まれていた。
『これは……まさか!?』
ぬいぐるみはそれを見た後にちらりと少年の方に視線を送ると、コクりと彼は頷いた。
「どうやら政府の監督者よりも先に、七人目を見つけられたようだな」