二話 「初恋は泡沫の夢」
___ ピンポーン。
どこにでもあるようなインターホンの呼び鈴が家中に響き渡る。
「ん。とも。お前の薄情ガールフレンドがお出ましだぞ。」
黒い短髪が似合う切れ目の男性が独特の呼び名で友葉をからかうようにして呼ぶ。友葉の四つ上の大学生の兄。草薙紅葉だ。珈琲を優雅に啜り、新聞を広げ読んでいる。
「ガールフレンドって…直訳で頼むよ。俺女運ないんだから。この前もストーカー追い払ったばっかじゃん。」
ストーカー被害だなんてただ事ではないのだが、友葉は平然とそう返した。リビングからスクールバックをとって玄関にある全身鏡の前に立つ。これでも健全な高校生だ。身なりくらい気にする。友葉は三秒ほどで確認すると玄関の扉を開けた。
「と~もっは!!」
「うお!? だから抱き付くな!!」
出会い頭友葉に抱き付き、怒鳴られた茶髪の女子学生。友葉と同じ紺のブレザーを着てにこやかに微笑んでいる彼女は世羅彩夏。友葉の幼稚園からの幼馴染みだ。肩までの茶髪に青色のカチュームを付けている。一見控えめそうに見えるがそうではない。先程の紅葉の発言『薄情ガールフレンド』。その言葉の意味を友葉は考えていた。
(そうあれは小学校低学年の時…。)
*
『ねえ、ともくん。』
___幼き頃の少年少女。それは夏空が広がる昼下がりのことだった。仲良く二人家へ帰っているとふいに彩夏が友葉の手を引いた。
『私ともくんのことすき!』
突然の告白。今以上ではないが昔から彩夏は積極的な子だった。当時、彩夏へ淡い恋心を抱いていた友葉にはこの瞬間が一番幸せだったと言う。だが、その淡い恋は、次の瞬間その幸せは音を立てて崩れていった。
『だってともくん、たっくんよりイケメンなんだもん!』
『イケメン』そのワードはまだ幼くとも分かった。外見への褒め言葉。しかも彼女は他の男の子より友葉がイケメンだと言ったのだ。小さな友葉の純粋な思いは幼稚園の年長さんから彩夏の幻想を生み出していた。彼は彩夏の言葉に強い衝撃を受けた。自分は外見しか人に好かれる要素がないのだ、と。
『い、イケメン…?』
*
(それからだった。いろんな女子から告白されそのたびに理由を聞き、そのたびに呪いの呪文のように『イケメン』というワードを聞かされトラウマになりかけているのは…。)
最近のストーカー被害も告白され、強引に付き合うことになったあげく遠回しに振ったらストーカーになったというなんとも迷惑な女の話である。友葉の女運は幼稚園の頃から底辺レベルなのである。
(まあ取りあえず全ての発端はこの女。)
友葉は彩夏を睨みながら考えた。無論友葉の女運がなくなったのは彼女のせいではない。友葉の女運の無さは天性のものだ。かってに彼女のせいにしているのにすぎないのだが、
「あれ? 友葉のイケメン顔が曇ってる! 私の目の保養がぁあ!」
いきなり体をひねり目元を両目で押さえ悶え始めた彩夏。友葉が彼女のせいにするのも分かるような鬱陶しさだ。それを不愉快だというように心ない冷ややかな目で友葉は見守った。未だに草薙家から百メートルも離れていない二人。けれど二人は気にせずゆっくりと歩いている。きっといつものことなのだろう。流石に十二年間も一緒に過ごしていれば相手の反応に予想外はないのだろう。慣れている。
「はいはい。さっさと行くぞ。」
彩夏の頭に手を置いて、一足先に進む友葉。それに負けじと彩夏も早足で後を追った。
先程と歩くペースは変わらない二人だがどこか足取りが軽いように見えた。