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俺たち救世主_メシア_もどき  作者: 美薙 白
【序章】 夢の世界
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一話 「朝からゲーム」

_ く~さ~な~ぎ~さぁん! _


 囁かれているような、愛らしい声に頬がだらしなく緩む。寝返りを一つうって更に何かを手に入れようと腕を伸ばしている。だが、その手は壁にぶつかるばかり。当の本人は気付かずに何を想像しているのか、その壁をいやらしい手付きで撫で回している。この様子を見ている人がいるのならその人はきっとドン引きしているかこの部屋を出て行っているであろう。

 だが今この部屋には壁を愛おしそうに撫でている彼一人。彼を心ない目で見る者もいなければ、彼を咎める者もいない。


 草薙友葉。それが緩んだ顔で壁を撫で回している彼の名前。


 物が少なく明かりの付いていない暗い部屋のカーテンの隙間から零れ出ている朝日が連日徹夜していた友葉に容赦なく降り注ぐ。机にのっているスマホから流れる無機質な目覚ましのアラーム音が友葉の耳を劈くように部屋に鳴り響いている。


___あぁ、せっかく良い夢みれてたのに。


 紺色の瞳をゆっくり開けた彼は名残惜しくもう一度壁を撫でると、やっと目の前の撫でていた壁を認識し壁から手を離す。彼にとってはとても憂鬱な現実に夢という理想の世界から引き戻されたというところだろう。


「リリちゃあん…。」


 先程の、寝惚けて壁を撫でていた幸せそうな顔から打って変わってどんよりとした鬱顔に一変。苦しそうに愛しの嫁の名を呟いた。『嫁』と言っても友葉はまだ高校二年生。嫁とはつまりオタクが二次元でのアニメやゲームの自分のお気に入りのキャラクターなどに使う言葉だ。


 友葉の嫁『リリちゃん』とは社会現象すら起こした大人気ゲーム【The world by which a dream is a dream again.】略して『ザ・ドリ』のダブルヒロインの一人【リリハル・ディバーク】のことである。物のない部屋に目立つ一枚のポスター。そこには巫女服の白髪の女性がこちらに向けて微笑んでいる。瑠璃色の瞳をじっと見ていると吸い込まれる錯覚すら起こしそうだ。そんな彼女の笑顔を友葉は眺めるとデスクチェアに腰をかけてパソコンを開く。


「…寝落ちかよ。」


 友葉は本当に眠くなるとベッドに横になるのだが、翌日起きた時にその記憶が思い出せなくなるようだ。パソコンの様子を見て呟いた友葉は慣れた手付きでザ・ドリの起動画面からホーム画面と次々に画面を開いていった。


「ストーリー78話…あああ! どんだけやっても全く進まねえ!!」


 頭を掻きむしって友葉は癇癪を起こす。だがふと目に入った時計の針を見ると大袈裟に口を手で覆った。時刻は五時半。友葉の家族は、まったり過ごす朝を好む。つまり無理に早い時間に起こされたり、自分のペースを乱されると、猛烈な怒りと共に説教コースへまっしぐら。といっても今は家にいるのは友葉を含めた二人だけ。それでも、隣の部屋でぐっすり寝ている兄なんかを起こしたら説教所じゃあ済まない。

 彼は口から手を離した。もう一度パソコンを見てため息をつく。画面には【第七章 78話】と表示されている。これは友葉が読み進めたストーリーの話数である。ザ・ドリはその長い英文のゲーム名ともう一つ注目を集めている理由がある。


「ストーリー長すぎんだよ!」


 ガンッ…と勢いよくパソコンのキーボードを叩こうとした両手をなんとか止めた。

 ザ・ドリは長すぎるストーリーも有名なのだ。友葉は友人にこのゲームを進められ購入し、始めたのは六日前。『案外面白いじゃん!』と軽く思って徹夜コースに入ったのは四日前だ。全然ストーリーが終わらない、終わる気配すらしない。そう友葉は落胆していた。


 せめて何話までか知れば気も楽なんだろうが友葉の性格上何が何でも答えには自分で辿り着きたい。もうお分かりだろうが彼はオタクの類に入る人間だ。それもゲームオタク。


「大体ガチャはお手軽ダイヤ5個。カード強化はゴールドで貯めやすい。なのにいろ~んな理由で進まない!!」


 小声で出来る限り叫ぶ友葉は色んな理由を口で言うのが面倒になったのだろう。確かにカードなどはキャラや【ラルフ】(所謂ジョブ)多様。つまり同じキャラでも種類は多い。つまり友葉がいうようにカード強化が出来るゴールドが手軽に手に入るのでいくらでもカード強化に力を入れられる。


 だがやたらクエストなどの展開が多いのである。ストーリーを進めるにはクエストをクリアしなければならない。クエストはドンドン敵が強くなるのでいくらカードを強くしてもなかなか進まないのである。

そしてストーリーに出てくるキャラだけでも友葉が覚えている限りではモブ含め百はいる。そしてこれからもドンドンストーリーと共にクエストも増えていく。一年後にはどれだけやりこんでも終わらない神ゲー(クソゲー)にでもなりそうだ。


 だが面白さは誰であれ認めるだろうと友葉は思っている。多様なキャラが繰り広げるのはギャグにシリアスに恋愛…たくさんの要素が入っているし、スマホやタブレット、パソコンで簡単に出来るためプレイする年代は幅広い。『ゴチャゴチャしてて好きじゃない。』なんて言う人もいるが面白くないと断言する人は頭が固いオヤジか難しいこと分からない小さな子くらいしかいない。


「とも~、朝ご飯作って~」

「はいはーい! …たっく、朝飯くらい自分で作れ。馬鹿兄貴。」


 時が経つのは早いもので、気付けばすでに七時半。下の階から聞こえた声に友葉は反応してパソコンを開いたまま部屋を出た。

 薄暗い部屋をパソコンの光と眩しい朝日だけが照らした。ふいにパソコンの画面が暗くなり、また数秒後にザ・ドリの起動画面に移る。

 数本の砂嵐が画面を横切った。


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