プロローグ
「ふむふむ、やっぱりかわいいなあ、この制服」
今日は稀堂要海が通う事になっている高校の入学式。その為要海は余裕を持って起床し、朝食を済ませ、たった今身だしなみを整え終わったのだ。
「女子の制服ってスカーフが多いけど、この学校はネクタイなんだよね。やっぱり、かっこよさって大事だよね」
室外の流し台にある鏡の前に立ち、ポーズを決めたり、装飾品をいじりながら制服姿の自分を愛でる事に夢中になっていた。
「いつまでそうしてるんですか?」
そんな要海に対して、背後から冷めた響きの言葉が投げかけられる。
「だってー、今日は念願の初登校だよ? わくわくしないなんてムリだよー」
声の主に反論するべく、要海は背後を振り返り、目標の人物を視界に収める。
この街の高校に進学するべく、田舎から一人で越してきた要海は、彼女の母親の伝で、ある探偵事務所に下宿させて貰っていた。
ちなみに、要海に冷静な言葉を浴びせに掛かっている声の主は、その事務所の所長の一人娘である樹静波である。
「それで遅刻してしまったら意味がないでしょう。入学式に間に合わない新入生なんて恥ずかしい真似はやめてくださいよ?」
今はセーラー服に身を包んでいる静波は、ため息交じりに要海に警告する。若干の湿気を含んだ視線は、要海ならそれをやりかねないと雄弁に語っているようだった。
「大丈夫! 学校までは何回か歩いてみたし、今から出れば遅刻なんてありえないよー」
この街に来た初日に、駅から事務所までの道中を散々迷った過去を反省し、春休みの間要海は、静波に付き添ってもらいながら事務所の近所を歩き回り、地理を把握していた。そのついでに道を知っておこうと思い立ち、学校への道順も学習済みだった。
「まあ、要海さんの記憶力に関しては心配してませんけど。ただ、気まぐれで知らない道に入る心配は相変わらずありますけどね」
静波は喋りながらその場で踵を返し、居住スペースから事務所へ通じる階段を下り始める。
「まってよ、しーちゃーん!」
要海も彼女に続き、足元に置いていた真新しい通学かばんを手に取ってから階下への道急いだ。
「さすがの私も、こんな大事な日に危ない冒険はしないよー」
「本当にしないで下さいよ。静波の中学が反対方向じゃなかったら着いて行ってあげたいのですが……」
中学生が高校生にする内容ではない心配事の会話を繰り広げつつ、事務所スペースを二人は並んで通過し、ドアから外に出た所で、静波はスカートのポケットから鍵を取り出し、戸締りをする。
「おおげさだよー、あ、それとも、わたしと学校行きたかった?」
外への階段に向かいながら、要海は静波に向かって尋ねる。これまでの態度は寂しさの裏返しなのかと胸の熱くなる期待をした要海だったが……。
「やっぱり一人でとっとと行ってください」
無感情にそう言い捨てて、静波は足早に事務所の出口へ通じる階段を下りて行ってしまう。明らかに要海を待とうとする意志を感じられないスピードで。
「もー、照れないでよー。あ、まってってばぁ!」
要海も階段を下り、階下で待っていた静波に追いつく。何だかんだでちゃんと自分を待ってくれていた事に嬉しさを感じながら、改めて静波に向き直る要海。
「じゃあ、いってきます!」
「いってらっしゃいです。それでは静波も、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい!」
互いに互いを見送り、記念すべき最初の登校を、気持ちよくこなすことが出来、要海は大きな満足感に包まれるのだった。