エピローグ
「本当ですか?」
「ええ、店の冷蔵庫の奥から見つかったらしいですよ。要海ちゃんが想像していた通りの、滑車と磁石付きの板がね」
要海とともに夕食を摂っていた静波は、真琴からの電話を受けた。どうやら要海の推理が当たっていたらしく、それの報告だった。
「要海ちゃんの推理を真白桐絵に聞かせた所、自供しました。ほぼ要海ちゃんの推理通りだったみたいです。いやあ、ホンマびっくりですよ。何もんなんです? 彼女は?」
「静波にも……わかりませんよ」
受話器を握ったまま、視線を要海の方に向ける静波。ナイフとフォークを使いながら、ハンバーグステーキを笑顔で頬張る無邪気な同居人がそこにいた。
「何はともあれ、彼女におおきにと伝えて下さい。後日お礼もしますからに」
「そうですね。その辺はしっかりしてください」
「わかってますよ。それじゃあ、まだ動機やらの聴取が残ってますんで、この辺で失礼しますわ」
「はい、お疲れ様です」
通話が切られたのを確認し、受話器を戻した静波は食卓に向かって踵を返す。
「おかえり、しーちゃん。どこから電話来てたの?」
頬にソースを付着させた要海が、そんな質問をしてくる。まるで、母親に無邪気な質問をして来る子供の様で、あれほどの推理をした人間と同一人物だと、目の前で見ていた静波ですら信じられない心地だった。
(話を聞いただけで事件を一つ解決してしまった……。本当に、この人は一体……)
無言で見つめる静波に対し、どうしたの? という不思議そうな表情を浮かべながら要海もまたこちらを見返して来るのだった。
「で、どうしてこうなってるんです?」
夕食後、洗い物を済ませた二人は少しの間寛いだ後に入浴する運びとなったが、要海の強い押しで、一緒に入る事になってしまったのだ。
「だってほら、親睦を深めるにはやっぱり裸の付き合いが一番かなあって」
バスタブに二人で浸かりながら、要海はそれらしい理屈を吹聴する。
「さいですか」
押し切られた悔しさとせめてもの抵抗の意思を示すため、要海に対して背を向ける静波。
「要海さんはこれまでも、あんな事をしてきたんですか?」
姿勢はそのままに、要海に話しかける静波。
「推理のことだよね。今日みたいに本当の事件に口出しとかはさすがに無いけど、小さなトラブルはぼちぼちかな。昔からカンはよかったから、つい、ね」
静波に背後から肌を密着させながら質問に答える要海。柔らかく弾力のある感触が背中に当たっている事実を気にしない様に努めながら、静波は先ほど思い出した『ある話』を切り出した。
「要海さん、『レコード・アクセス』という言葉を知っていますか?」
「聞いたことないかな。なに? それ」
顔は見えないが、きょとんとした印象の口振りから、考えるまでもなく初耳だろう事は分かった。
「静波も父から聞いただけなんですけど、なんでもこの世界には、『あらゆる出来事を記録しておく場所』なるものがあるらしいんです。『レコード・アクセス』は、そこにある記録を覗き見て、自らの望む知識を得ることが出来るという、一種の超能力らしいんです」
「へー、なんかカッコよさげ。ロマンを感じる話だね」
「だから、要海さんの様な推理力を持っている人は、そういう力を宿していて、無意識のうちに使っているのかもしれませんね」
自分で言いながら、ひょっとしたら父親もそうだったのだろうか、という考えがふと湧いて来るのを感じる静波。自分がそういう力を持っていたから、その事を知っていたのではないかと思った所で、それ以上は考えないようにした。
(いくらなんでも、飛躍しすぎですね……)
「つまり、わたしには探偵の才能があるかもってこと?」
静波の話を聞いた要海は、今や完全に静波に抱き着く形で身を乗り出し、彼女にそう問い掛けた。
「ぜ、全肯定はできませんけど、少なくとも事件を解決したのは事実ですからね。超能力は抜きにしても、いいものは持っているのではないでしょうか」
突然の抱き着きに少し困惑したが、動揺を悟られるのはどこか悔しかったので、何の事もなさそうに返答する静波。
「よーし、ならわたしは、かっこいい女探偵目指してみようかな」
「もう、すぐ調子に乗るんですから。そろそろ出ましょう」
『女探偵』になっていた時の彼女からは想像もつかない浅はかなセリフを受け流し、十分に温まった身体を湯船の外に出す静波。要海も彼女に続いた。
「じゃあさ、しーちゃんはわたしの相棒になってくれる?」
脱衣場にてバスキャップを外し、濡れた身体を拭きながら要海は静波にそんな提案を投げかける。どうやら、まださっきの話は終わっていないらしかった。
「そうですね」
髪を拭き終わる間は何も言わずに回答を先延ばし、散々もったい付けた後にこの一言を叩きつける。
「お断りします」
「えー、なんでよー?」
待たされた挙句に不服な答えが返ってきた為だろう、要海は盛大にブーイングを飛ばしてくる。いちいちこちらの言動に対して、一喜一憂しながらリアクションをする同居人に、静波はいつの間にか居心地の良さを感じていた。
(なんていうか、これから賑やかになりそうですね)
一人で過ごす時間の多かった事務所に、少し騒がしい灯りがともった。この事実と、これからの生活に胸を躍らせているのを静波は確かな幸福感とともに自覚するのだった。