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レコード・アクセス  作者: 藤崎彰
甘味のウラ
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解決編

「まさか要海さん、犯人が分かったんですか?」


「うん、今までの情報を整理したら、犯人の正体に大体の見当がついたよ」


 あまりに事も無げに宣言する要海だったが、静波には俄かに信じられなかった。今までの事件の概要から情報に至るまで、自分と同じレベルでしか把握してないにも拘わらず、事件の真相に至れるとは思えないのが率直な心持ちだ。


「ホンマなんか? 要海ちゃん」


 それは真琴とて同じはずである。やはり彼女の表情も、要海の発言に対して期待とも疑惑とも取れる様相を呈している。


「本当ですよ。ただ、あくまで想像なので、一つの意見として聞いてくださいね」


 一応の前置きをする要海ではあったが、そのはきはきとした態度からも、自分の言葉の内容に対して不安を感じている様には思えなかった。そしてすぐに要海は、『推理』を語り始める。


「まず犯人を指名する前に言って置かなければいけない事ですけど、この事件には『六寺さんを殺した犯人』とは別に、『もう一人の犯人というべき存在』がいます」


「共犯者って事ですか?」


 いきなりの新事実に内心衝撃を感じる静波だったが、要海を遮ってしまっては話が進まなくなると考え、一言そう返すに留めた。


「うん。それは『殺された六寺祥子さん本人』だよ」


「どういう事や? 六寺は自殺やったいうんか?」


「それは違いますね。正確に言うと、『今回の出来事に至る最たる仕掛けを施した』のは実は六寺さんで、犯人は『彼女のトリックを利用した』に過ぎないんです」


 ここで要海は一呼吸置き、すぐに再開した。


「最初のきっかけは、『ある時を境に起こり始めた、ベイクドが一個だけ売れ残る不思議な現象』です。そして事件当日にもそれは起こっていて、この日は『十七時ごろには売切れていたはずなのに閉店間際にはなぜかまた残っていた』という状態でした。

 ちなみにこのお店にはお局様的な女性社員がいて、毎回不思議な挙動をしているケーキが、彼女の好きな品目となれば、彼女がこの件に関わっていると考えるのは自然でしょう」


「やっぱり六寺がベイクドをどこかに隠してたんか?」


「でも、さっきも写真で確認しましたけど、ストッカーに隠せるスペースなんてないですよ。ショーケースは問題外ですし、外に出してしまったらケーキが痛んでしまいます」


 一応店の奥側に業務用の冷蔵庫はあるのだが、わざわざ事務室を経由してから調理場まで行かなくてはならない。ここから冷蔵庫まで誰にも見られずにケーキを持ち運ぶのは、リスクが高すぎるだろう。


「もし持ち出せたとしても、それを最後に戻さなあかん。いくらショーケース周りが人目に触れにくい言うても、安全に動き回れる範囲は限定されてますよ」


 口を揃えて疑問を口にする静波と真琴。しかし、要海は至ってマイペースな笑顔でまた話し始める。


「んー、二人ともどこか見落としてる場所があるんじゃないかな? このストッカーの中には死角になる場所があるんだよ」


「死角? だからストッカーの中は見易くなってますから死角なんてどこにもないですよ」


「でも、ストッカーの扉の裏側はどうかな?」


 要海はストッカーの扉を開けた所を写した写真を手に取り、静波にそう語りかけた。


「扉の裏……?」


「たとえば手前から見て右側、ストッカーの内側のレールにはまってる方の扉だね。ここの真ん中あたりにケーキがあって、扉と一緒に移動なんかしたら気付かないんじゃないかな? ストッカーの中は見易いからこそ、中を思いっきり覗き込むなんてことはしないと思うんだ。だからそうでもしない限りは見つからないと思うよ」


 それを聞き、静波ははっとする。ストッカーの中には見渡せない場所など考えられなかったが、そこへの境界である『扉の裏側』は、『普通にしていれば絶対に見ることができない確かな死角だった』。


「でも、ケーキをどうやって扉に固定するんや? まさか釘で止めとくわけにもいかんやろ?」


 無いと思い込んでいた死角が存在していた事の衝撃を受けていた静波に対し、真琴は当然浮かんでくる次の疑問を口にしていた。しかしそれはもっともで、『要海の指摘した死角』は『扉を動かすことで移動してしまう』。そこにケーキを隠せない事にはまったく意味がない。


「そこでこの写真に注目です」


 またもや要海は、一切の淀みがない口調でまた別の写真を掲げる。それは、ショーケースの裏側を少し引いた視点で撮影された写真だった。


「ストッカーの扉の所、何か貼られてるの分かる?」


 要海の言葉通り、細かい所までは分からないが、店員が書いたであろう文字の書かれた色とりどりの紙が張り付いていた。


「メモみたいですけど、これが何なんですか?」


 要海の意図する事に検討がつけられず、静波は修飾のない質問を口にする。


「このメモさ、磁石でくっついてるんだよ。つまり、この扉は『鉄製』ってことなの」


 ここでコピー紙とシャープペンを手に取り、図を描き始める要海。意外と安定したタッチで描きあがったイラストを机上に置き、静波たちに見せながら解説を始めた。


「まずはケーキを一個乗せられるくらいの板を用意して、その下に小さな滑車を付けるの。プラモデルとかで使う小さなベアリングとかでもいいかもね。で、板の端っこに合わせる様にして直方体の磁石を接着してあげれば完成」


 つまる所、ケーキを乗せる用の小型の台車といった所だろうか。


「これにベイクドを乗せて、少し手を奥に入れてやって『ストッカーの扉の右側真ん中に固定する』の。裏からでも磁石ならくっついてくれるはずだよ。これで『台は滑車のおかげでは扉と一緒に動く』ってわけ。これならどっちから扉を開けても外からは死角になるんだ。ケーキがベイクドなのも良かったね。他のケーキに比べたら形が崩れにくいタイプだから乗せて下ろす作業もそこまで慎重にならなくていいしね」


挿絵(By みてみん)


 シャープペンを置き、顔を上げてまた二人の目を見返し、推理を再開する。


「六寺さんはこんな風にベイクドを隠しておき、閉店時にタイミングを見てベイクドをストッカーの中なりショーケースなりに戻しておけば、あとはアルバイトが売れ残りを回収するのを待つだけで狙ったケーキが確実に手に入れられます」


「なんて手間のかかる事を……」


 一連の説明を聞いて開口一番の真琴の感想がそれだった。静波もそれには全面的に賛成なだけに、奇妙な面白さ感じるのだった。


「六寺さんはこの仕掛けをいつもやってた感じだから、あとは『ケーキの作り足しが発生しない時間』になってから『他のベイクドが売り切れる時』に狙いを絞って、犯人は『扉の後ろに隠されたベイクドに毒を混入させる』というたった一手を打つだけで全てのカラクリがセット完了するの」


「ベイクドは人気メニューって言ってましたから、売り切れるタイミングは計りやすいでしょうね」


「だね。で、お店が閉店して六寺さんは仕掛けを回収してベイクドを元に戻す。恐らくは台座も決まった隠し場所に置いているんじゃないかな。これでトリックの痕跡はなくなったね。それからアルバイトの栗田さんが売れ残りのケーキを『毒の入っているベイクド』と一緒に取り出し、それはいつもの様に六寺さんに譲られてそのまま口にする、というわけです」


「いくつかの要素を見極める必要はありそうやけど……」


「それをクリアしてしまえばあとは手間要らずで、証拠も被害者が自ら片付けてくれる。犯罪に対して言いたくないですが、実にスマートです」


 多くの推理ものにおいて、いつも大掛かりな仕掛けをするのは犯人であるが、今回の場合、殺された人間が最大の仕掛人。まだ事実と確定したわけではないが、悉く想像の裏を行く要海の推理に、静波はただ驚愕するばかりだった。


「それで、犯人は誰なんです?」


 残った最後の疑問を口にする静波。


「じゃあ『このトリックが使われた前提』で一人ずつ検証していこっか。六寺さんの仕掛けに気付き、それを利用した犯人の正体のね」


 書類束の中から、関係者の氏名が書かれた用紙を机の上に置いて要海は話を始める。


「まずは今疑われている栗田さん。彼女はほぼありえないよね。当時現場にいたアルバイトは彼女一人だったから、ケーキを取り出すのは百パーセント彼女の仕事。だからこのトリックを使う意味が全くないの。現に今一番疑われちゃってるしね」


 再び手にしたシャープペンで栗田爽の名前に薄く線を引く要海。


「次に針崎さんと横山さんだけど、少なくとも栗田さんがいる限りケーキを回収する事はないから、彼女に比べたらトリックを使う意義はあるように思うけど、この二人なら確実にできる、『自分への疑いを反らす一手』を打てるのにそれをしていない所から除外していいと思う」


「その一手ってのはなんや?」


「真琴さん、もし今疑われている栗田さんの持ち物などから、ケーキに入っていたのと同じ毒の入った瓶などが出てくればどうなります?」


「裏付けは必要やろうけど、今より疑いは確実に深まるわな」


「でしょうね。繰り返しますが、当日現場にいた、『ケーキを回収する役割であるアルバイトは栗田さんのみ』。ならば予め栗田さんの手荷物か、それが難しいなら彼女に疑いを向けられそうな場所にでも、『毒の所持を疑わせる痕跡を残す』事は簡単なはずです。さらにこの二人はシフトによって閉店時に店にいない日だってあります。このトリックを使うなら、『わざわざ自分が店にいる日に実行するメリットは少ない』です」


 針崎、横山の名前にも線が引かれる。


「次は新田さんです。事件当日に早退していた彼ならこのトリックを使うメリットも大きいですが、『この早退自体がイレギュラー』なもので、それも新田さんが急遽言い出したことで決まりました。わざわざそんなタイミングで計画を実行するのも疑問が残りますね。だったら普段の『閉店時に店にいないシフト時』にした方が、周囲からの余計な疑念は浅いと思います」


「確かに聴取す立場から言わせてもらうと、『事件のあった日にシフトでいなかった』と言われるよりなら、『事件のあった日に弟が風邪を引いていたので早退した』と言われた方が変に記憶に残るわな」


 新田の名前にも線が引かれた。最後に一つの名前が残った書類が、三人の視線を集める。


「そう、犯人は真白桐絵さんだよ」


 要海はそう言いながら、真白桐絵と思しき顔写真を書類の上に乗せる。切り揃えられた前髪とハーフアップの髪型の女性で、静波が以前店に行った時には見なかった顔だ。


「栗田さんの証言から、『十七時過ぎにはベイクドが無くなっていた』のが分かっています。つまり、『真白さんの上がり時間である十八時の時点』ではもうすでに『ベイクドは六寺さんが隠していた一つだけの状態』になっています。もしベイクドが複数売れ残ってしまっていたら、毒入りを六寺さんが口にしない可能性が出て来てしまいますからね。その時は日を改めるしかなかったでしょう。

 そして彼女はそれを確認した上で、『帰り際にでも毒を注射器か何かで注入』します。この時間ならケーキの作り足しはありませんし、予約が入ってもショーケースに並ぶことはありません。ただ、その時点で真白さんは『新田さんが早退する事を知りません』。なので、栗田さんの疑いを深める工作などはする事はできません。よって、彼女が手を打てるのはここまでです。

 あとはシフト通りに彼女が現場を立ち去れば、全てが勝手に進行していき、目的は滞りなく達成されます」


 そこまで話し終えた時、要海は一呼吸ついた。心なしか晴れやかに見える表情が、すべてを話し終わったことを雄弁に語っているようだった。


「以上がわたしの想像です。ご清聴ありがとうございました」

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