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レコード・アクセス  作者: 藤崎彰
甘味のウラ
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問題編

 『事件』が起きたのは『ケーキショップ・ウィステリア花緑支店』。

 時刻は閉店後の二十二時三十分ごろ。売れ残りのケーキを食べたパートの女性、六寺祥子が突然苦しみだし意識を失った。すぐに救急車が手配されたが、搬送時点で心肺はすでに停止、間もなく死亡が確認された。

 当時六寺以外に現場となった店にいたのは、店長の針崎龍二、副店長の横山千里、アルバイトの栗田爽の三人。また、その時にはすでに退社していた二人のアルバイトが居り、新田勝也と真白桐絵の二人を含めた全五人の従業員に事情聴取が行われた。

 その結果から得られた情報から浮かび上がった事件のあらましは以下の通り。

 この日の営業を終えた後、この店では恒例となっている売れ残ったケーキの配布が行われた。これはケーキショップであれば珍しくもない光景の様で、売れ残ったケーキは基本的に廃棄されるため、希望する従業員に配られる事が多い。そんな数多の例外に漏れる事なく、この店も当日この催しは行われていた。

 残っていたいくつかのケーキの中で、六寺が選んだのはベイクドチーズケーキ。これは彼女の好物であるらしく、いつも残っている限り優先的に選んでいたらしい。周りも彼女の好みを理解していたので、彼女に目当ての品を譲る事を基本としていた様だ。ただ内情としては、六寺は一種のお局様だったらしく、その辺りも絡んでいるようだった。

 そして当日も例外なく売れ残りのベイクドチーズは六寺の元に渡り、今回の悲劇へと発展する。

 彼女の死因はシアン化ナトリウムによる中毒死。工業用に広く使われている薬品であるが、劇薬に分類されている溶剤である。素人が簡単に入手できるものではない為、現在盗難届などが無いかを捜査中である。


「自殺の可能性はないんですか?」


 要海が事件のあらましを記した資料を読み上げた後、静波は真琴に聞く。


「わざわざ手間をかけてそんな毒薬を手に入れておきながら、自殺ってのはちょいと考えにくいですね。それならもっと入手が簡単な毒物なんてたくさんありますし」


「まるで殺されたって思わせたいような意志を感じますね」


 真琴の返答にそう答える要海。確かに、犯人が何らかの理由で殺人をアピールしたかったと仮定すれば分からなくもない。


「真琴さん、いくつかわからない事があるんですけど、いいですか?」


 資料から顔を上げ、真琴に向き直った上で要海が再度言葉を発する。


「まあ答えられる範囲でよければええよ」


 本当であればよくはないのだろうが、いつもここに来ていた時の癖で真琴の口も軽くなっているのだろうか。静波も話を遮る事はせずに、二人のやり取りに意識を向ける。


「この日売れ残っていたベイクドはいくつだったんですか?」


「被害者が口にした一つだけやね」


「当日売れ残りのケーキを回収したのは誰ですか?」


「アルバイトの栗田や。あの店では売れ残りを取り出して処理するのは、アルバイトの役割ゆう暗黙の了解があったみたいでな。その日のバイトは彼女一人やったから、必然的に彼女の仕事やったわけや」


「残ったベイクドが一つだけだったなら、その人だったら簡単に毒を入れられそうですけどね……」


 確かに、栗田が犯人なら話は早い。ケーキを取り出すときに毒を入れればいいだけなのだから。だが、それではあまりにお粗末ではなかろうか。


「それじゃあ自分が犯人って言ってるみたいなものですよ」


 静波が胸中の疑問を要海に発する。それに対して、真琴がすぐに返事をした。


「もちろん彼女は真っ先に疑われましたよ。せやけど所詮は状況証拠。彼女が毒を所持していたという物的証拠もない。シロでもありませんが、せいぜいグレーってとこです。疑わしい事に変わりはありませんがね」


 案の定、栗田はすでに疑念を持たれていたようだ。だが、彼女が犯人ではないと仮定すると、当然話は単純ではなくなる。


「『いつ、どうやってケーキに毒を入れたのか?』っていう謎が出てくるんだよね」


 要海の言う通り、毒の混入のタイミングが問題になってくる。目当てのベイクドが複数ある状態では毒入りのケーキを確実に六寺に選ばせる事は難しいだろう。必然的に、ケーキの残りが一つになった時点になる。


「そのためにはまず、『ベイクドケーキがいつ残り一つになったか』を知らないとね。あとは『ケーキが一つになった時の人の配置』かな。それと真琴さん、先に退社したアルバイトさん二人はいつ頃までいたんですか?」


「ちょっち待ってな」


 警察手帳とは別のメモ用であろう手帳を懐から取り出し、目当てのページをめくって要海に答える真琴。


「真白桐絵は営業開始の十時から十八時まで。新田勝也は開店から閉店までの予定だったようやけど、一緒に暮らしている弟が風邪を引いてるからと二十時ごろに早上がりしとる」


「なるほど。それと、現場にいた人たちのシフトはどうなってます?」


「ええと、まず栗田やけど、彼女は十五時出勤の閉店時間の二十二時までやね。そんで店長の針崎、横山、死亡した六寺の三人はこの店の中核の様な存在で、彼らの内最低二人は終日勤務になってて、残り一人が早上がりや遅番になってたようやで。つまり、この日は針崎と六寺が終日勤務、でも新田が早退をした為、本来早上がりのはずだった横山が代わりに残り、新田の穴を埋めた形になったゆうわけや」


「ありがとうございます。それで従業員の時間割は掴めました。それと――」


 資料の中の一枚を紙束の一番上に乗せてから、要海は再び質問を口にする。


「問題の売れ残ったケーキは、このショーケースの中にあったんですよね。ここに怪しまれずに近づく事は出来たんですか?」


 件の紙は店舗の見取り図だったようで、要海はショーケースを示す図を指さしながら言葉を紡ぐ。


「可能だったみたいやで。この店の客足がピークになるのは昼過ぎから十四時ごろと、次いで夕方から二十時にかけてらしいで。まあこっちの方は日によってバラつくらしいな。この時間帯は従業員全員が忙しなく店中を右往左往してるけど、それ以外の閑散時なら店先に従業員が全員出て来ることはまずないらしく、一人きりになるタイミングはいくらでもあるようや。当然閉店際も例外やない」


「それだと誰がいつ一人になったかは……」


「ああ、誰もはっきりした証言はせんかった」


「少なくとも、五人全員が一人になる機会はあったわけですね。あとは『六寺さんが取るであろうベイクドに毒を入れるタイミング』です。これは当然『ケーキが残り一つになった時』ですけど、営業時に毒を入れたら売れてしまう恐れがあります。なので、必然的に『閉店間際』になってしまいますね」


「せやから実質、毒を入れられたのは当時現場に残っていた三人に限定されるやろうな」


「やっぱりそうなるんですかね……」


 真琴の言葉を聞いた後、煮え切らない表情を浮かべながら要海がそんな言葉を口にした。


「何か気になるんか?」


「これはこれで、犯人は自分たちの中にいるって言ってるようなものじゃないですか」


 要海の言いたい事は何となく静波にも理解できた。確かに、最初の栗田個人にしか疑念の向かない構図に比べれば容疑者層が広がったのだが、それでも店内の人間に限定されている。


「まるでそう考えるように誘導されてるみたいで違和感があるんです」


 ここまでスムーズに論理が展開した様に、要海は一抹の何かを感じているらしかった。


「考えすぎとちゃうか?」


 真琴の考えもそれはそれで一理あった。あるかもわからない側面に拘らず、今ある情報で論理を詰めてもいいのではないか。静波はそう結論を出し、左手を掲げながら声を発した。


「あの、こういうのはどうでしょう?」


 静波の挙手を伴った言葉に、要海と真琴が同時に静波を見る。一度に二人から視線を向けられた事による変な緊張感を伴いながら、静波は今までまとめていた意見を口にする。


「ケーキ屋さんのショーケースには、後ろの方に『ストッカー』という、ショーケースに並びきれないケーキを入れて置くスペースがあるものが多いんです。ウィステリアには静波も行った事があるんですけど、ここのショーケースもちゃんとそういうタイプでした」


 静波が最後に店を訪れてから三か月ほど経過していたが、ショーケースは高価な品でそうそう簡単に買い替えられるものではない。故にレンタルである場合もあるが、チェーン店であるならよほどの事がない限り同じものを使っているはずだ。


「まず犯人はストッカーにベイクドを一つ残して置き、中にある他のケーキの間などに隠すんです。そのまま閉店際を待ってベイクドを取り出し、毒を入れてショーケースに並べます。あとは売れ残ったケーキと一緒に毒入りのベイクドも回収され、六寺さんの手に渡ります。

 この方法なら、店にいた三人なら誰でも確実に一つだけベイクドを残し、毒を入れる事が可能です。もしショーケース内のベイクドが売切れなかった時は、計画を中止すればいいだけの事です」


 口に出すまでに何度も練ったアイディアを淀みなく吐き出し、安堵の息を吐くと同時に、小さいながらの満足感を感じる静波。


「なるほど。それなら『ベイクドがラスイチになるタイミング』を少しは調整できますね」


 残り一つになるタイミングを待つ必要がなく、自分で作り出せる訳である。静波のアイディアに真琴は賛同してくれたが、要海は何故か晴れない表情をしている。


「ごめんしーちゃん、その推理は危険性が高すぎるかな」


 そんな静波を気遣うかの様な、どこか申し訳なさを含んだ言い方で、要海が静波の推理に異を申し立てた。


「……どこがでしょうか?」


 絶対にそうだという確信などはもちろんないが、一応の筋道は通っていると自負していただけに、要海の言葉に静波の胸中には少しばかりの不満が湧いた。その為か、要海への返答にも剣が滲んでしまった事に気付いたが、もはや後の祭りである。


「真琴さんも言ってたし、お店が暇な時なら、ショーケースに近付いてケーキに仕掛けをする事は十分できると思う」


 そんな静波の雰囲気を感じ取ったのか、そんな前置きをする要海。思っている以上に感情が顔に出る自身に対しての憤りと、要海への申し訳なさで一杯になる静波だったが、話の続きを聞くために、要海の瞳をまっすぐに見返す。それを見た要海も、一息ついて再び語り始める。


「でもその方法だとね、ベイクドをストッカーに入れてから、犯人はそこを離れられなくなっちゃうんだよ」


「どういう事や?」


 要海の答えに疑問を呈したのは真琴だった。二人に聞かせる様に体の向きを直した後、要海は続きを語る。


「わたしはショーケースのストッカーを実物で見た事がないけど、でも『ストッカー』って言うんだから、並びきれないケーキを入れるってよりは、補充するためのケーキを入れておく場所だよね? なら補充する度に覗き込むことが前提になってるスペースだと思うんだ。だったらそんなに狭いスペースしかないわけじゃないと思うんだけど、どう?」


「はい。少なくともホールケーキを入れられる位には高さもありますから、多少の個体差はあっても決して見難い構造って事はないと思いますけど」


 そこまで口にした所で、静波自身にもこの考えの穴が思いついた。


「わかったみたいだね。そんな見易いストッカーの中に、ケーキを隠しておくってのは難しいんじゃないかな。ショーケースの在庫がなくなったら店員さんはストッカーの中を確認するよね。一目見て見つからないなら他のケーキの間とかも見るんじゃないかな?」


 静波が理解したのと同じ内容の答えは、要海の口からもたらされた。


「だから、犯人はショーケースの前を離れられないんですね。ストッカーに他の人を近付けさせない様にする為に」


 せっかくベイクドを取って置く事に成功しても、それをショーケースに並べられてしまっては意味がない。それを防ぐために犯人がず絶えずショーケースの側に張り付いてしまっては、他の従業員から怪しまれてしまうのは火を見るよりも明らかだ。


「ホールケーキとかがあったんなら、意外と隠せる余地があったりするかもしれないけど、もしうまく隠せたとして、閉店間際にストッカーから回収されちゃって、そのまま売れちゃう危険性は無視できないと思うんだ」


「一番の利点だと思ってた『実行のための確実性』がいまいちですね……」


 やはり一人で考えると視野が狭まってしまうのか、考えもつかなかった欠点が次々と判明してしまうのは、やはり自分ではここが限界なのかと静波は思ってしまう。


「それを確かめる意味でも、ストッカーの構造とか当時の中身の状況を知りたいかな。真琴さん、その辺調べてもらう事って出来ます?」


「あ、ああ、大丈夫やけど……」


 要海の言葉に対して、少しの間をおいて慌てて返答する真琴。


「どうしたんですか?」


 今まで真琴が見せた事のない反応に疑問を感じたのか、要海は言葉を付け加えた。


「いや、なあ。キミ結構分析力あるなあ思てな。まるで先生と話してるみたいやわ」


 どうやら今までの要海の論理展開に感嘆していたらしかった。


「もー、さすがにしーちゃんのお父さんに失礼ですよぉ」


 照れている風だが、満更でもなさそうなリアクションをする要海。ここに来て久しぶりに、彼女らしい反応が見られた気がした静波だった。しかし同時に、要海の論理には真琴と同じ気持ちだった。

 答えを聞いてみれば、よく考えればわかる事で切り捨てられる事ばかりだ。だが、静波の推理の穴を一瞬で突き止めて、かつその先の可能性も一瞬で提示して見せた思考の速さには並ではない何かを感じさせた。


「じゃあちょっと待ってな。ちょっと署にいる部下に連絡するわ」


 要海にそう断ってから、真琴はスマホを片手に一旦事務所の外に出て行った。


「やっぱり、父の様には上手くいきませんね」


 吐息と共にそんな言葉を吐き出す静波。探偵として少しは名の知れているらしい父親の真似をしてみたかったという訳ではないのだが、やはり気落ちはしてしまう。


「ううん、そんな事ないよ。しーちゃんの推理はいい線に行ってると思う」


「え?」


 要海の性格的に、自分を励まそうとしてくれているのかと思ったが、彼女の瞳にはそれらしい色はなく、素直に事実だけを伝えてきているようだった。


「私はストッカーの事は知らなかったからね。ありがとう、しーちゃん」


 静波の肩に手を乗せ、彼女の目線の高さでまっすぐに感謝の言葉を口にする要海。曇りのないその笑顔に、静波はなぜか顔全体が熱くなるのを感じた。


「あの……、かなみさ……」


「そうだ、真琴さんにまだ調べてもらいたい事があったんだ!」


 しかし次の瞬間、思い出した様に静波から離れ、事務所の外へと向かう要海。


「真琴さーん! 一緒に調べてもらいたい事があるんですけどー!」


 この一声と反響を残し、事務所に一人取り残されたかの様な感覚になる静波。


(なんだろう……、なんだか少しだけ……、気分がよくない)


 自分でもよくわからない感情に戸惑う静波。収まりつつある熱さの正体は、結局解らず仕舞いだった。



「おおきに貴音」


 電話口の向こうにいる後輩に向かって礼を述べる真琴。


「いえいえ、先輩のいつものムチャ振りに比べたら些細なもんっすよ」


「ははは、相変わらず口の減らんやっちゃな」


 後輩であり、付き合いの長い友人でもある彼女とは、お互いに遠慮のない間柄で、冗談めかした憎まれ口や嫌味合戦はいつもの事だ。


「んじゃ、画像の方はいつものアドレスに送っときますよ」


「頼んだで」


 このまま通話を切ろうとした真琴だったが、耳を話した直後に声が聞こえた気がして再びスマホのスピーカーを耳に当てる。


「どないしたん?」


「すんません先輩、来週ですけど、ちょっと出勤になっちゃいまして……」


 来週の日曜は二人でショッピングに出かける予定だったが、どうやら電話相手の都合が変わってしまったようだ。


「そんなんお互いさまや。次の休みで合わせればええやろ」


 残念な気持ちがない訳ではないが、社会人である以上、どうしようもない時はある。


「ありがとうっす、先輩。じゃあまた連絡しますんで」


「ああ、またな」


 今度こそ耳からスマホを離し、通話を切る真琴。


「さて、ここからはお仕事や」


 少しだけ気分が沈んだが、現状を口に出し、自分を無理やり奮い立たせる。気持ちを整理できないようでは仕事人とは言えない。たったいま仕入れた情報を胸に、真琴は再び樹探偵事務所の扉を開いた。



「要海ちゃんに聞かれた事、わかったで」


 事務所に戻ってきた真琴が開口一番に言う。彼女の言動に静波は、どこか気迫めいたものを感じた気がしたが、いつもの真琴との違いを確信できるまでには至らず、それ以上は気に留める事無く彼女の話を待った。


「まず当日の店員の動きやけど、やっぱり全員が全員の行動を把握していたわけでは無いみたいやな。でも、終日休憩は交代でしてたみたいやから、特定の誰かがずっと店先に出ていたって事も無い様や」


 この時点でほぼ静波の仮説は潰えたと言って良かったが、もともと砂上の楼閣になり果てていた仮説にもはや未練はなかった。


「当時のベイクドの売れ行きはどうでした?」


 後で追加された調査事項の一つを要海が質問する。


「これに関してはアルバイトの栗田から証言が取れてたらしいで。ただ、少し妙な話でな」


「妙な話……ですか?」


 真琴らしくない歯切れの悪い言い方に対して疑問符を浮かべる静波。


「ベイクドは人気があるメニューの一つらしいんですね。せやから割と数を用意してるらしくて、売れ残りは少数か、まったくない時も多いらしいんですわ。それがいつからか、一つだけ売れ残る日が出て来たらしいんです」


「一つだけですか?」


 数を強調するように質問する要海。真琴は手帳のページをめくりながら言葉を継ぐ。


「せや。事件当日も一つだけ残ってたゆうのは最初も話したけど、どうやら夕方ごろ……、栗田の証言によると十七時過ぎ頃にベイクドが全部売り切れてるのを確認したらしいんや」


「え?」


「この時間になると余計な在庫を作らない様に、まとまった予約注文とかがない限りはケーキの作り足しはしないらしくてな。せやからストッカーの中にも在庫が無いのはちゃんと確認したみたいやけど、閉店間際には何故かストッカーの中に一つだけあったらしいんや」


「ストッカーの中に隠せるスペースは無いんですか?」


「無いみたいやな。この店はストッカーを見渡せなくなるゆう理由で中にはホールケーキは入れてないらしいくて、同じサイズしかないケーキの間に隠れてしまうという事態は起こりえないと言っていいみたいや。

 それに、ストッカーの中に入れてるケーキも昼前後のピーク前で量が多かった時に見逃したにしても、夕方の在庫も少ない時に見落としたとは考えにくいらしいで」


「『誰かがケーキをどこかに隠していた』のは間違いなさそうですね」


 要海の言う通り、無くなったはずのケーキがあとから出てくるなどという事は、ケーキがひとりでに動くわけがない以上、誰かが何処かに隠し、閉店際に元に戻したのは確かな事実だろう。


「それと、現場の見取図と写真、あとはショーケースとストッカーの構造が分かる写真も送ってもろたわ。お嬢さん、いつものお願いします」


「わかりました」


 真琴の言葉を合図にパソコンの電源を入れる静波。立ち上がるのを待ってからいくつかのソフトを起動する。


「何してるの?」


 静波の横に立ち、パソコン画面を覗き込んでくる要海。


「父のパソコンにメールで写真を送ってもらってるんです。いつも現場の写真とかを追加で頼むときに使ってる手段です」


 いつもの感覚でパソコンを操作し、メールに添付されたフォルダを解凍し、画像ファイルを開く静波。


「これが現場の見取図ですね。それと問題のショーケースの写真です」


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


「ケーキ屋さんでよく見る感じのやつだね」


「ストッカーはあまり広くはないですけど、決して中が見難くはなさそうですね。やっぱりケーキを隠すのは難しそうです」


 マウスを操作し、ショーケースの写真を表示させる静波。


「ショーケースの位置が控室や調理場からも死角になってるから、その裏手のストッカー周りで少しくらい変な動きをしても問題はなさそうだね」


「でもこれだと、誰がベイクドに細工をしたかわかりませんね」


 だが逆を言えば、誰でも細工をする余地があったという事にもなる。


「現状の栗田が一番黒に近いグレーってのも現状維持ってトコです。せめて犯行時間の目星がつけられればその時間の人員配置を聞き出せるんでしょうけど……」


 メモ帳を閉じながら、じれったそうに呟く真琴。


「その必要はないですよ」


 しかし、真琴の発言に対して要海はそんな答えを返す。


「へ?」


 当然のことながら呆気にとられる真琴。そしてもちろん静波も同じだった。


「要海さん、それってどういう事ですか?」


 発言の真意を質す為、すぐ隣にいる要海に向き直る静波。対する要海は、自信にあふれた笑顔でこう答えた。


「ここまでわかれば十分だよ、しーちゃん。犯人の正体と、六寺さんを殺した方法を特定するのはね」


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