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レコード・アクセス  作者: 藤崎彰
優しい火種
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エピローグ

「今日はごちそうさまでした」


 ショッピングモールの出口にて、静波は改めて真琴に昼食の礼を述べる。真琴たちはまだここに残るらしかったが、静波たちは次の目的地に向かうためにここを後にしようとしていた。


「いえいえ、また機会がありましたらお食事に誘いますよ。もちろん、要海ちゃんも一緒にな」


「ありがとー、まこちゃん!」


 屈託のない笑顔で礼を述べる要海。


「それじゃあ、かなみん、しずなっち。また会いましょう。たぶんこれからもお世話になるでしょうけどね。先輩が」


「それはもうええわ」


 真琴が裏手で貴音に突っ込む。とは言っても、突っ込みとしてはずいぶん優しそうなものだったが。


「うん、またね。たねちゃん」


「うす、またっす」


 要海と貴音のあいさつを切っ掛けに、四人はそれぞれ二つのグループに分かれる。


「要海さん、次はどこに行きます?」


 ショッピングモールの目の前にある横断歩道で信号を待つ間、静波は要海に質問する。もともと今日は要海の街歩きがしたいという目的で出て来たので、要海の希望があるなら聞いておかない事には話にならない。


「うーん、そうだなあ。確かこの近くってお寺あったよね?」


 この近隣の寺院となると、それなりの敷地面積を誇る所が一か所だけある。きっと要海が言っているのはそこだろうと静波は見当をつける。


「ええ、充分歩いていける距離にあります」


「じゃあそこに案内してくれる?」


「わかりました。じゃあこっちですね」


 目の前の横断歩道ではなく、右手側の別の横断歩道を示し、二人揃って移動する。その際、静波の手は至って当然の様に、要海の手を握っていた。


「しーちゃん?」


 唐突な静波からのアクションに戸惑ったのか、要海が静波に言葉を投げかける。


「何となくつないでいたい気分なんです」


 静波はさっきの貴音の話で、放火犯の動機を聞いた時の要海の悲しそうな顔が気に掛かっていた。今ではすっかり元の調子だったが、せめて彼女に正方向の感情を与えたかったという気持ちがあった……、と思っていたのだが、今となってはひどく言い訳臭い気がしてしまう。ある意味、今自分で口に出した『手をつなぎたい気分』という言葉の方が、ずっと潔い気さえする。


「ありがとう、しーちゃん。へへ、すごくうれしい」


 静波の気持ちを知ってか知らずか、要海は静波が安心する笑顔でそんな言葉を彼女に投げかけるのだった。





「今日はお疲れ」


 時刻は十九時を回った所。ショッピングモールの地下にある居酒屋で、真琴と貴音はビールで乾杯をする。


「ふう、映画にボーリング。ひさびさにはしゃいだっすね」


「そしてこの酒の旨さよ。これぞ大人の特権ってな」


 二人とも一息で中ジョッキの半分ほどを飲み干し、充足しつつ、疲れの溜まった身体にアルコールを行き渡らせた。


「飲み過ぎないでくださいよ? 先輩」


「スイッチ入ったら危ないのは自分の方やってわかってるか?」


 真琴の言葉通り、貴音はある程度以上の酒を飲んでしまうと、記憶がなくなってしまうことが度々あった。故に、飲み会などでは極力抑えるようにしているが、それでも勢いが付いてしまうと、今でも時々過ちを繰り返してしまう。


「ははは、倒れたらお願いします。小学生に間違われるくらいには体も軽いっすから、おんぶでもしてください」


 素面でならまず言わない自虐ネタを使うあたり、早くもアルコールが回ってきたのかもしれない。だが、この心地よさを抑えるなどという勿体ない事をするつもりは、彼女の中には毛頭ほどもなかった。


「よう言うわ」


 そういう間に真琴は早くもグラスを開けてしまう。貴音よりも早いペースで飲み進めているのに、酔いがそこまで回ってるように見えないのには、遺伝子の不公平を感じずにはいられなかった。


「何はともあれ、今日ももう残りわずかですけど、まだ時間はありますよね」


「まだ何かしたいんか?」


 貴音の勢い任せで深い意味のない言葉に、真琴が聞き返してくる。そして、同じようにノリで話を進める。


「久しぶりに先輩を独り占め出来るんですからね。精一杯行きますよ! 時間いっぱいまで飲むっすよ!」


「おいおい、もう酔っぱらってきたんか?」


 真琴から見て酔っぱらってるように見えるなら、もう完全に酔ってるのだろう。自分ではとっくに酔っぱらっているつもりだった。そうとわかった瞬間に、貴音は胸の内を吐き出し始める。


「だいたい先輩は、最近会うたびにかなみんの話題出しすぎなんすよ。その所為で、実はここん所会った事もないかなみんに嫉妬しっぱなしだったんすよ! 先輩がここまで話したくなる人間って何者だよって」


「なんでや」


 真剣そのものに話しているつもりの貴音だったが、当の真琴は笑いながら突っ込みを入れてくる。いつの間に注文していたのか、手には二杯目のジョッキが握られていた。


「でも実際会ってみたらすっごくいい子で。もうぶっちゃけ自分もすっかり大好きですよ、かなみん」


 そこまで言った所で、貴音はジョッキに残っていたビールを片付ける。そしてたまたま通りかかった店員にビールのお代わりを頼んだ。


「不思議な子なんや。なんていうか、こっちの心に入り込むのが上手いちゅうか。ん? なんや言い方悪いなこれじゃ」


 楽しそうに要海の話をする真琴に、貴音はやはり複雑な感情を抱いてしまう。要海の人となりを知ってしまったが故に、嫉妬することに罪悪感を覚える様になってしまったからだろうと、アルコールの回った頭で貴音は結論を出す。


「自分、かなみんやしずなんに嫉妬の感情出してませんでしたか?」


 ここまで来ると、自分の中に無意識のうちに芽生えていた感情が漏れ出してしまっていたのではないかという不安に苛まれる。


「心配するな。いたっていつもの貴音やったで。ウチが保証する」


 貴音の目をまっすぐに見て、真琴は宣言する。


「うう、よかったあ」


 そんな真摯な眼差しを受けて、貴音は安心してテーブルに突っ伏してしまう。


「もうすっかり出来上がってんなあ。まだビールしか行ってないのに。いつもより回り早いんちゃうか?」


「なに、まだまだこれからっすよ!」


 貴音が気合いを入れたのと同時に、ビールのお代わりと、最初に注文したエビチリとシーザーサラダが二人の席に配膳された。


「おお、うまそうやんけ」


 鯖を筆頭に海鮮物が好物の真琴は、ボリューミーなエビチリの外観に期待の籠った感想を漏らす。


「よし、おつまみも来た所で、本格スタートっすよ!」


 割り箸を横にして割り、貴音は臨戦態勢に入るのだった。


「ははは、もはや手つけられんな。よし、付き合うで!」


 真琴も貴音に倣い、箸を握る。まさに彼女らにとっては、ここからが本番だった。





「うー」


「おーい、大丈夫かあ? 貴音?」


「すいません、またキャパシティオーバーやらかしました」


 現在地はモールのタクシー乗り場近くのベンチ。あれから二時間以上に渡って二人は飲み続けていたのだが、トイレに立った貴音が転倒した所で真琴の酔いが醒めてしまい、飲み会は強制的にお開きとなった。


「まったく、ウチと同じペースで飲んだらそうなるに決まっとるやろ。まあ、楽しくなって止めなかったウチも悪かったな。スマン」


 幸い貴音はどこかを強く打ち付けていた等の問題はなく、酔っぱらっている以外は至って健康体だった。


「せんぱーい……」


「ん? なんや?」


 言葉なのか寝言なのか。不明瞭ではあるが、自分を呼ぶ声に対して真琴は優しく言葉を返す。


「ありがとう……ございまーす」


 そう言った後、貴音の口から言葉が紡がれる事はなく、代わりに聞こえてきたのは、可愛らしい寝息だけだった。


「まったく、しゃーないなあ」


 自分の方に寄りかかる、体の小さな後輩の顔を見遣り、真琴は小さな声で呟く。


「ウチこそおおきに。お前が頑張ってくれてるおかげで、ウチはすっごい助かってねんで」


 普段であれば照れくさくて言えないような言葉を真琴は貴音に投げ掛ける。今こうしてベンチでお互いを支え合っている様は、さながら普段の自分たちを象徴しているかのようだった。


「くー」


 頼れる小さな相棒の寝顔を見ていると、心なしか明日からの仕事に対する辛さが、少し安らぐのを真琴は感じるのだった。


「さて、おーい貴音。おきろー。さもないと風邪ひくでー」


 気持ちよく寝ているのを起こすのは気が引けたが、ここは外。このまま放置してしまっては体調を崩してしまう恐れがある。心を鬼にして、真琴は貴音の体を揺さぶる。


「おきろー、たーかーねー」


 こうして、二人の女性警察官の休日は更けてゆく。また翌日から始まる日常を、どこかうらめしく思いながら。

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