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レコード・アクセス  作者: 藤崎彰
優しい火種
20/29

解決編

「それじゃあ始めるね。今回、といっても去年だね。西園高校で起きた火事の謎解きをね」


 三人の顔を順番に見回し、要海は推理を始める。


「さっきから要海さんが言ってた様に、犯人は何らかのトリックを施して、収斂火災を引き起こしたという事で間違いはないんですか?」


 改めて、犯人の仕組んだトリックの概要を確認する静波。


「うん。早速そのトリックを説明しようかな。まずヒントになったのは、さっきしーちゃんとたねちゃんが勧められた、牛の飴細工だよ」


「い、嫌な事を思い出させないでくださいよ」


 ついさっきの忌まわしい出来事が脳内にフラッシュバックする静波。


「ごめんごめん、でも、きっとたねちゃんもそれを見て今回の事を話そうって思い立ったんだよね?」


「どういうことや貴音?」


 要海の指摘と真琴の質問を受け、困ったような表情を浮かべる貴音。その様は、暗に彼女らの言葉を肯定している様だった。


「どんどん、かなみんが真相に至ってるって確信が沸き上がってきて仕方ないっすね。まあ自分への突込みは後にして、推理の続きをお願いするっす」


 返事を曖昧にし、貴音は要海に推理の先を促す。要海もそれ以上の追及はせず、すぐに話を再開する。


「わかったよ。それで、収斂火災を起こす為には、『レンズの役割をするなにか』を作る必要があるの。で、当然そういった物は現場から見つかってないよね。これはどうしてだろう?」


「王道的には、犯人が仕掛けを持ち去るか……」


「定番ですけど……、火事が起きたら……溶けてしまうもの……ですか?」


 いつも通り、思い付いた事をとりあえず口にする静波。


「うん、しーちゃん正解!」


「え?」


 特別深く考えたわけでもない回答に正解を言い渡され、静波は逆に混乱する。


「出火現場近くにあったよね? 熱を加えると溶けてしまうもの」


「蝋燭か?」


 次に答えたのは真琴。


「まこちゃん冴えてる!」


 そして彼女にも同様に正解を言い渡す要海。


「でも、蝋燭でレンズなんて作れるんですか?」


 しかし、それでもなお静波の中ではトリックへの発想が出て来ない。


「ううん、蝋燭じゃ無理だね。これはレンズの台座を作る為の部品なんだ」


 何かで作ったレンズの台座として蝋燭を使用するらしい。要海曰く、それなりの太さで他の道具を使わずとも、根元部分を少し溶かすだけで平面部に固定できる蝋燭は優秀な素材らしかった。


「じゃあレンズは何で作るんや?」


「ここでさっき言ってた『イソマルツロース』の出番だよ」


 先程話題に出たばかりの甘味料の名が、ここに来て再登場する。


「これは甘味料として定番の使われ方もするんだけど、実は『飴細工の定番の素材』でもあるんだ」


「まさか……」


 何かに気がついた様子の真琴は声を上げる。同時に静波の中にもある結論が思い浮かんでいた。


「そう、『飴でレンズを作っちゃうんだ』。これが使われた仕掛けの正体だよ」


 アクション映画でガラスを壊すシーンなどを撮影する場合、本物のガラスではなく、飴で作った偽物のガラスを使うという話は有名である。


「でも要海さん、飴細工って言ってもそんな透明で、しかもレンズの形になんて簡単に作れるんですか?」


 現に先程目にした、この店で作ったと思われる牛の飴細工は、牛乳のような白い地の色をしていた。


「確かに、普通の砂糖……、グラニュー糖や上白糖だと難しいけど、現場で見つかったこの『イソマルツロース』は、飴にした時に透明感を得やすい性質があって、飴細工を作るのに適した素材なんだ。飴細工をしてる職人の人とかは、イソマルツロースを使ってる人が多いみたいだよ」


 ネットや本で見た事のある飴細工を回想する静波。様々な動物を透明な飴で再現している作品が思い起こされる。技術だけではなく、飴を作る素材から職人と一般人の間には隔たりがあったのかと静波は変に感心する。


「でもレンズの形にするのは簡単じゃあないと思うっすけど?」


 貴音が異を申し立てる。彼女の言う通り、手で捏ねて作る飴細工で、レンズのような特殊な形をした物など作れるのだろうかと静波は思う。もしくはクッキーの型のような物があれば別かもしれないが、そんな都合のいいものは思い浮かばなかった。


「それがね、化学室の設備と道具だけで作れちゃうんだなこれが」


 しかし要海は些細な問題とばかりに話を先に進める。そしてタブレットの写真をいったん閉じ、貴音に依頼し、ペイントソフトを立ち上げてもらい、専用のペンを彼女から借受けた要海は、いつもの調子でイラストを交えながら解説を始める。だが、紙と勝手が違う為なのか、普段よりはぎこちないタッチでのイラストになっていた。


「まず使うのはガスバーナー。それとビーカーね。みんな使った事があると思うけど、あれは耐熱の特殊なガラスで、いいものだとなんと、八百度まで耐えられるの」


「そういえば、ガスバーナーであぶっても溶けてこないですもんね」


 食塩水を沸騰させる実験で、ビーカーを熱した実験を思い出す静波。要海によると、ありふれた安いものでも五百度くらいの耐熱強度があるらしい。ただし、急に冷やしたりすると、モノによっては割れたりしてしまうとの事。小学生の時、ビーカーはないが、試験管を急激に冷やして壊してしまったクラスメイトがいたのが思い起こされた。


「そして次に用意するのは、二枚の『時計皿』」


「またけったいなもん取り出したな」


 懐中時計の防風ガラスと製造方法が同じところから名前の付いた実験器具で、定番の使用方法は、ビーカーなどに被せて内用液の蒸発を防ぐことや、薬包紙の様に計量した薬品を取り置く事だと見た覚えがあるが、静波の授業経験では使った事がなく、まさに存在しか知らない器具の一つだった。


「この上に棒磁石を乗せると方位磁石になる、って実験をした事は覚えてるけど、わたしもあんまり使った事はないんだよね」


 要海自身も似たような感じらしく、彼女も時計皿のこれといった使い方は認識していない様だった。


「で、この時計皿の端っこを少し削り取るの。やすりで少しずつ削るのがいいね。他の部分を傷つけない様に気を付けて。ひびとかは絶対入らないようにね。

 二つとも作業が終わったら張り合わせる。あとは『重なってる所をテープでしっかり貼り付けて』準備完了。さっき『削った部分だけが露出してる』状態だね」


 要海のイラストによると、二つの貼り合わされた時計皿は、さながら二枚貝の姿かたちをイメージさせる物になっていた。


「時計皿の準備はこれで終わり。次はビーカーだね」


 要海はペイントソフトの画面をスクロールさせ、先程描いていたビーカーのイラストを再び表示させる。


「まずビーカーの中に水とイソマルツロースを入れてる。これから煮詰めるんだけど、水は百度で蒸発しちゃうから、イソマルツロースの量は多めに入れるの。で、火を点けたら、だいたい二百度くらいまで煮詰める。ここまで来ると、ほとんどイソマルツロースだけが溶けた液体だね。

 その液状のイソマルツロースを、器具を使ってビーカーを持ち上げて、さっきの時計皿の穴に流し込むの。二百度まで熱したことで、中には空気は混ざってないから、あとは気泡が出来ない様にゆっくりと、時計皿が完璧に満たされるまで注ぐ。

 時計皿が液体で満たされたら穴もテープで塞いで、あとは冷めるまで待つ。冷めたらテープをはがして、合わさってた時計皿をはがせば、レンズ状の飴細工の完成だよ」


 溶かしたチョコレートを型に入れて思い思いの形の物を作るのと同じ理屈で、今回のトリックが完成した。


挿絵(By みてみん)



「時計皿って真ん中が窪んでるでしょ? だからこれを二枚張り合わせて、中に水を入れると『水レンズ』っていうのが出来るんだ。こうする事で水の入った金魚鉢と同じ性質を持たせることが出来て、虫眼鏡の様に光を集められる様になる。だから時計皿は、それ自体が『レンズの型』に使えるってわけ」


「はあ……、大したもんやなあ」


 一連の制作過程に感嘆の声を上げる真琴。


「なかなか手間が掛かってますけど、でも環境さえ整っていれば、思ってたよりは大変じゃない事はわかりました」


 静波も気分は真琴と同じだった。今回は発想もそうだが、要海の持つ知識の幅広さにも驚かされた。引っ越してきて間もない頃に、『一度覚えた事はなかなか忘れない』と言っていたのは、紛れもない事実だったのだろうと改めて思わされる。


「レンズの光を集める性質は大きさじゃ変わらないから、お日様の光を集められる最低限の大きさがあればいいの。あとは時計皿が欠けてた事で出来上がる窪み辺りに、蝋燭の先端でもくっつけてあげれば、台座付きの発火装置が完成だよ」


「でも要海ちゃん、その飴製のレンズやけど窓辺に置いてたら、変形せえへん? 袋入りの飴ちゃんかて、ちょびっと温いとこ置いとくだけですぐネバネバなるやん」


「それは大丈夫だと思います」


 真琴の突っ込みに静波は言葉を投げかける。


「本で読んだ事があるんですけど、飴細工を展示する時は、照明の熱で溶けてしまわない様に、『食用ニス』を塗って保護するらしいです。これである程度長期の保存が出来る様になるらしいですよ」

 静波の解説に対して要海は感謝の意を伝えた後に、それを補足する。


「この飴細工は誰かに食べさせるわけじゃないから、食用ニス以外にも、お日様の光を通す程度の塗工材を塗っておけば、何日かは持つはずだよ」


 もっとも、仕掛けを施したのが前日なら、持たせる必要があるのは一日のみである。そこまで極端に長持ちさせる必要はない。


「この仕掛けをセットしてしまえば、あとは時間が来れば勝手に火が点いて、巨大な密室ともいえる特別教室棟で火事が起きる。そして肝心の発火装置の材料は、熱であっという間に溶けてしまう『飴』と『蝋燭』。火が上がったと同時に形は崩れ、すぐ側に用意した『箱入りの蝋燭』と『袋入りの角砂糖』に混ざっちゃう。これで残っているトリックの痕跡は木を森に隠すみたいに誤魔化されて、傍目には何の証拠も残っていない様に錯覚させられるってわけ」


「イソマルツロースは分子構造的には砂糖とほぼ同じものっす。最初から目途を付けて調べられればともかく、簡単な検証だけでは二つの混合物だと見破るのは難しいでしょうね」


 貴音の補足で、この自動発火トリックの全容が見える。見つからないと思っていた仕掛けの痕跡は、実は最初からそこに全て存在していた。手がかりを消すのではなく、見つかってもそれだと分からない工夫をするという発想の転換が、静波に衝撃を与える。用途が犯罪である事を忘れれば、見事という感想しか浮かんで来なかった。


「そうなると次は、この三人の誰がこの仕掛けを施したかやけど……」


「じゃあその前に、この装置を仕掛ける注意点を言っておこうかな」


 話を進めようとした真琴に、いったんの待ったをかける要海。


「わたしは最初に、お日様の光を集めることが出来れば大きさは関係ないって言ったけど、それは『発火装置を作る上でだけ』なんだ。時計皿を型にしてレンズを作った場合、そこまでの重さにならないから、蝋燭をそのまま台座にできるし、小さいから持ち運びも隠す事も不便はしない。

 だけど、セッティングの上ではデメリットが出ちゃう。普通の虫眼鏡とかで火を点ける時も、光の向きや、虫眼鏡自体の角度もちゃんとして光を集めないとうまく燃えないないよね? それと同じで、しっかりとした『定位置を決めて装置を配置しないと発火装置の役割を果たせない』の」


「つまり、『前の日』の『同じ時間』で試してみるくらいの事が必要やろうな」


 陽の空を回る軌道は日毎に変化する。一日程度の誤差なら大した事は無いかもしれないが、これが二日、三日と過ぎれば、致命的な差になるだろう。つまり、正確な着火点を導き出そうとしたら、発火を狙う日と時間の条件をなるべく揃えなければならない。

 以上の点から、仕掛けをあらかじめセットしようと思ったら、二、三日前ではなく、やはり前日にそれらの作業をする事が最良と言えた。


「それを踏まえて検証していくね」


 容疑者たちの名前が書かれたテキストファイルを呼び出し、要海は検証の準備をする。


「まずは山吹さん。彼は二つの理由から、まず犯人だとは考えられないね」


 開口一番に一切の言葉を挟まず、要海は一人目の容疑者の疑念を否定する。


「鍵を借りた時間的にも、正確な装置のセッティングは出来無さそうですけど、他にもあるんですか?」


「それが一つ目だね。もう一つの根拠は、千鶴さんを化学室に向かわせたこと。彼女の目当ての角砂糖は、装置のすぐそばに置かれてた。レンズが溶けた時に砂糖が現場にあってもおかしくないって目的のもとに置かれている砂糖を、わざわざ取りに行かせるなんておかしいよね。それに角砂糖が準備室にあるって事は山吹さん本人が言い出してる」


「せや、彼女は当初買い出しに行こうとしてたもんな」


「そういう事。犯人としては危険で、かつ無意味な行動しかしていない彼は、真っ先に除外されていいと思う」


 山吹の名前の上をペンでなぞる要海。もっとも、テキストファイルに書かれたその名前に線が引かれる事は無かったのだが。


「次は蒼村さんだけど、鍵を借りた時間は十三時から十五時の間。事件当日の出火時刻とちょうど被る時間に鍵を借りてるね」


「装置のセッティングをするには十分ですね」


「だけど彼の場合だと、ある不安要素が出てくるんだよね」


「不安要素?」


 要海は蒼村の名前の横に書かれた、鍵の貸し借り時間をペンで指し示す。


「この学校の鍵は全部三本ずつあって、借りる時はノートに名前を書かなくちゃいけない。つまり、自分以外に誰が借りてるかもわかるんだよね」


「そうなるわな」


「じゃあさ、『今まさに放火のための仕掛けをしようとしてる場所の鍵を他の誰かが持ってるって事も分かる』んだよね?」


「あ!」


「顧問の中島先生は準備室の鍵を一日中持ってた。十三時に鍵を借りに来た蒼村さんには当然その事実はノートから伝わる。もし犯人なら、いつ人が来るかわからない状態で仕掛けをしなきゃいけない恐怖と戦わなくちゃいけない。

 もちろん、先生の行動を把握したうえで行動もできるかもしれないけど、この時間をピンポイントで狙うのは簡単じゃないと思う」


 一般的に、事件当日の発火時刻である十四時過ぎ頃は日差しが一番強くなる時間で、火を起こしたいなら是が非とも狙いたい時間だろう。そもそも窓の設計や校舎の設計次第では、陽が差し込まない時間さえあると考えられる。


「そしてうまくセット出来たとしてもまだ終わらないの。蒼村さんが仕掛けを終えて鍵を返した後、中島先生じゃなくても他の誰かが何かの用事で鍵を借りて、準備室に足を踏み入れる可能性もある。その時に仕掛けが発見されて回収されちゃったら、苦労して作り上げた細工も台無しになっちゃう」


「日の光を確実に当てるなら、何かで覆って隠して置く事も出来んやろうしなあ」


「そうなると……」


 最後に残った名前に意識を向ける静波。


「うん。最も全部をスムーズにできるのは、中島先生だね」


 要海の口からも、改めて犯人の名前が語られる。


「鍵を一日中持ってた事実は、いくら顧問の先生だからってこんな事が起こったら、少し所じゃない位疑わしいけど、でもこれは『前日に仕掛けを施した』って事が判明したからこそ発生する疑念なの。

 事実、千鶴さんの放火という疑いのせいで、前日に準備室に立ち入った中島先生はもちろんだけど、山吹さんと蒼村さんも疑われてなかったしね」


「でも、もし千鶴さんが準備室に行ってなかった場合はどうなるんです? そうなると不審火になって前日に鍵を借りた人たち、もっと言えば、中島先生は疑われるのでは?」


「そうなっても中島先生は逮捕されないよ。何かの仕掛けを施したかもって所まで突き止めても、結局どんな仕掛けをしたのかって所が証明できない限り決め手は出ないもん」


 確かにそれは、要海がトリックを解いた前提があるからこそ出る考えだった。


「正直ウチを含めて署の連中が、今要海ちゃんが言ったトリックを解き明かせた気がせえへんしな。きっと容疑が向いた所でどうにもならんかったやろな」


 現職の警察官としてどうなのだろうと思わずにいられない真琴の発言を聞き流し、静波は要海に再び視線を戻す。


「という事で、中島先生が犯人とすれば、トリックの仕掛けるタイミングについては何も問題ないよね」


 一日中所持していたなのら、タイミングも何もかも選び放題なのだから、当たり前と言えた。しかし、静波には気になる点もあった。


「でも要海さん、先生でも蒼村さんと事情はそんなに変わらないのでは? 仕掛けはやはり十四時前後にセットするにしても、その後に他の誰かが入って来る脅威にさらされるのは同じです」


 蒼村の時に問題になった事実が再び浮上したわけだが、要海はそれも想定済みだったのか、すぐに答えを返してきた。


「ここで中島先生の『先生』っていう立場が効いて来るんだよ。だから、こういう事も出来るんだ。

 まず『十四時前後に装置を使ってポジションのマーキングだけしておいて』、放課後の先生さえもほとんど残っていない時間に準備室を訪れて、『マーキングした場所に装置を置いてセッティングを終える』っていうやり方がね。これならトリックが日中にどかされる事もないし、次の日はもう封鎖されるからあとは安心ってわけ。ずっと鍵を持っているからこそ出来る方法だね」


 中島の鍵を返却した時間は二十時。この時間なら、残っている生徒はほぼいないと言っていいだろう。


「一回目にしたのがマーキングだけなら、仕掛けは無いから他の人が入って来て仕掛けに気付かれる心配も、片付けられる心配もする必要はないよね。

 まあマーキング場所に物が置かれたりとかでいじられる可能性くらいは残るかもだけど、棚の部分にマーキングしておけば、セッティング場所の見当は間違いようがないから、火種になる物を置き直すくらいなら問題ないよね」


「いやあ、自分の想像通り……、いや、ぶっちゃけ想像以上っすね、かなみんは」


 要海のトリックについての推理を聞き終わり、貴音は拍手をして彼女の功績を称える。


「犯人の正体、仕掛けられたトリック。完璧っす。正直、先輩がこの事件の詳細を教えてたんじゃないかって思いたくなるくらい完璧でした」


「残念ながら、ウチはなんも教えてへんよ」


「そりゃあ先輩の反応見ればわかりますよ。嘘かどうかくらい。それだけに、かなみんの凄さがより伝わって来るってもんっすよ」


 手放しで褒めるという表現が相応しい言い方で、称賛を送り続ける貴音。


「ふふふ、もっとほめてくれてかまわないのよ?」


 気持ちの良さと、憎たらしさの両方を感じさせる素敵な笑顔で胸を張る要海。褒めるとこういった、よく言えば飾らない態度に出るのは、もはやお馴染みだった。


「それより要海さん、まだ犯人が自首した理由を聞いてませんよ?」


 そんな複雑な胸中もあってか、余韻の只中にいる要海に切り込むように残った課題を切り出す静波。


「しーちゃんやっぱりわたしに厳しすぎない?」


「気のせいです」


 笑っている顔がいいのは勿論だが、少し拗ねた要海の顔もこれはこれで味があると、静波は彼女の顔を見据えながらそんな事を思う。


「むぅ……、わかったよ。じゃあ続けるね。中島先生が自首したのは、一言でいえば『計画が失敗したから』だね」


 不服そうな顔をしながら、推理のエピローグに入る要海。


「計画なら、見事火を点ける事に成功しとるやん」


 失敗という語句が気になったのだろう、真琴はすかさず要海に真意を問う。


「しーちゃんが少し触れてたけど、もし千鶴さんが文化祭当日に特別教室棟に入らなかったとしたらどうなってたかな?

 何度も話題になってるけど、特別教室棟は文化祭の時は基本的に出入り禁止。もちろん理由を話せば入れるけど、基本的に当日は入らない様に、科学部の様に必要な備品は前日までに持ち出して置いてた。高い確率で無人になる場所なんだよね。

 そんな場所で、一般の人もいる中で火災が起きて、しかも原因は不明。否が応にも注目も集まるよね」


 原因がわからない以上は不審火として真相究明のために多くの人間が動く。それは特定個人の犯行として結論づけられた現在よりも規模が大きくなっていたかもしれない。


「でも実際は、千鶴さんの現場への侵入で、しかもタイミングの悪い事に現場へと足を踏み入れてしまった。それによって犯人の狙いである『原因不明の不審火』は、『女子高生による放火事件』になってしまったの」


「狙いが変わったからって、これが自首をする理由になるとは思えないんですけど?」


 それこそ結果的に、犯人自身への疑いはより向きにくくなったのだ。当人にとってはなんらデメリットには感じられない。


「わたしも正直、よくわからないんだ。でも、多分こうじゃないかって思うんだけどね」


 いつもの要海らしくない、歯切れの悪い言い方だった。それはまるで、真相がわかったにもかかわらず、わかりたくなかったという感情を発している気がした。


「千鶴さんが放火をしたっていう結果の中に、『自分』がいなかったのが耐えられなかったんだと思う」


 ほんの僅かにトーンの下がった声で、要海は口火を切った。


「中島先生の意図した原因不明の不審火には、事故なのか人為的なのか、程度に違いはあるけど『謎』が残るよね。発火の原因がわからないって意味でね。この発生した『謎』は、きっと関わった人たちの中に残る。これはつまり、中島先生の『創作物』が多くの人の目に触れたのと同じ事なんだよ」


「考え方が愉快犯そのものやないか」


 苦虫を噛み潰したような顔で感想を述べる真琴。静波も気持ちは同じだった。犯罪を犯す事で自分の存在をアピールするという行いには、とても共感できなかった。


「でも、『千鶴さんの放火』という事実には、中島先生の『意図』がまったく及んでいない。火を起こすために考えたトリックも、学校の決まりを利用した舞台選定も、何もかもが結果的に発生した事実の中には『中島先生にまつわるすべて』が存在してないの。

 きっと、中島先生もそれに気付いちゃったと思うんだ。結局公にはならなかったみたいだけど、もし今回の事件が公表されてたら、『女子高生による放火事件』の世間に与えるインパクトは、『原因不明の不審火』よりも大きいだろうって」


 その二つの『出来事』を比較した場合、確かによりセンセーショナルになるのは間違いなく前者だろうと静波も思えた。導入されるであろう人手なら、先程考えた様に原因不明の事態の究明に割かれる時の方が多いだろうが、事件に対する衝撃の大きさでは勝ち目が見える気がしない。


「それに耐えられなくなって、先生は自首したんだと思う。千鶴さんが取り調べを受けている最中、警察が千鶴さんを犯人にしてしまって、それが発表されちゃう前に、全てを壊したかったんじゃないかな」


 要海はここまで話した所で一息つき、そして貴音に視線を向けて再度口を開く。


「以上が私の推理。どうかな? たねちゃん」


 その時の要海の表情は、どこか違和感を静波に感じさせた。いつもの推理を終えて満足している時の彼女と、どこか違っている気がしたのだ。


「ひゅう、こっちも完璧っす。中島の取り調べ担当から見せてもらった調書と、まったくと言っていいくらい同じ内容っすよ」


 そんな要海に貴音が返した答えは、推理の完璧さを称えるものだった。


「あはは、やっぱり……」


 どこか寂しそうに答える要海を見て、静波は唐突に確信を得る。


 まだまだ付き合いが長いとは言えない同居人だが、それでも毎日顔を合わせている家族同然の存在だ。そんな静波が彼女の中に見たのは……。


(落胆……)


 要海は、中島の自首した動機の推理が外れてくれる事を祈っていたのだと静波は想像する。様々なものを巻き込んで行った犯罪行為の理由が、当人の承認欲求であるという『考えられない理由』を『考えてしまったから』。

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