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レコード・アクセス  作者: 藤崎彰
優しい火種
16/29

日常編1

「すまんすまん、待たせたなあ」


 ショッピングモール、『モグラ』の入り口近くのフラワーショップ前。貴音がそこにたどり着いて十五分少々ほど経った所で、左手の地下鉄へ通じるエスカレーターから、待ちわびた顔が上って来るのをみとめた。


「いえいえ、先輩を待つのは自分の仕事っすから」


 五分の遅刻で現れた先輩、仁澄真琴にすみ まことに向かって貴音は軽口を発する。


「うーむ、一度でいいから貴音を待ってみたいもんやけどなあ」


 真琴も意に介した様子はなく、そのままのノリで受け答えを続ける。


「残念ながらムリだと思うっすよ。先輩」


 フォーマルな場でならいざ知らず、真琴のプライベートな場での時間へのルーズさはなかなかだった。本人が気にしているかは定かではないが、もはや貴音はそこを直させようとは思わず、そこはそういうものだという境地になっている。


「はは、ウチもそう思うわ」


 やはり悪びれてる様子もない返答をする真琴。そんなお馴染みのやり取りを繰り広げた後、貴音は今日のイベント開始を告げる意味で真琴に向かって口を開く。


「んじゃ、いきましょっか」


 真琴に対して半歩寄って距離を詰め、彼女を見上げながら声をかけた。自分の背が低い事もあるが、それを抜きにしても女性としては身長の高い真琴と並ぶと、どうしても見上げる形になる。


「おう、平日にこんな所来るなんてそうそう無いしな」


 周囲を見回しながら、どこか嬉しそうに話す真琴。休日に比べて明らかに人の少ない店内の様子に新鮮さを感じているらしい。


「それで先輩、気が早くて恐縮なんすけど、今日のお昼はっすね……」


 起床時に考えていた話題を皮切りに、貴音は真琴との会話を楽しむ。仕事では毎日のように顔を合わせているはずなのだが、プライベートな時間にこうして付き合い、様々な話を交わすのは、やはり別物の感覚になるのだった。





「すごーい! 広いってもんじゃないよここ――!」


 ショッピングモールに入るなり、感嘆の声を上げるのはつい先日、この街引っ越してきたばかりの少女、稀堂要海きどう かなみだった。


「要海さん、あんまり大声出さないでください。恥ずかしいですよ」


 周囲を憚らない要海の声を窘めるは、樹静波いつき しずな。要海が下宿させてもらっている探偵事務所所長の娘である。


「ごめんごめん、しーちゃん。でもさ、わたしみたいな田舎人は誰だって驚くよ。地元のショッピングモールとは規模が違いすぎて恥ずかしくなるくらいだもん」


 右手を額に当て、遠くを眺める仕草をしながら店内を見回す要海。


「要海さんの所はここまでじゃないんですか?」


 生まれ育ったこの町しか知らない静波にとって、当たり前の存在のショッピングモールだったが、そうでない人間にとってはカルチャーショックを呼ぶレベルらしかった。


「うん。まず一階建てだし、入ってる店なんてここの三分の一……、いや、もしかしたら五分の一くらいかもしれないよこれは」


 遠方を眺めるポーズを変わらずに取りながら、脅威的な存在と相対したような表情を浮かべる要海。いちいちリアクションが大きい事にもはや慣れてしまった静波は、大して気に留める事無く話を続ける。


「でも、そのくらいの方が買い物をする場所としては、合理的でいいのではないでしょうか? 静波的には、ここまで広いと少しお店の行き来が億劫に感じる時がありますし」


 慣れ親しんだ場所とはいえ、当然不満がないわけではない。静波としては広すぎるという感想がずいぶん前からあった。


「しーちゃん、こういった場所は遊び場としての役割もあるんだよ?」


 それまで店内に向けていた顔を静波の方に向け、要海の口にする話題が店の規模から施設の話に移行する。


「まあ、ゲームセンターや映画館なんかはその最たるものですけどね」


 静波は以前クラスメイトとボーリングをしに来た事があったが、なかなかの規模で、その時も多くの家族連れが来ていたと記憶している。


「地元の方には映画館こそなかったけど、ゲームセンターはあったからね。小さいながらもやっぱり遊び場としては機能してたんだよね。だからさ……」


 絶えずハイテンションで話し続けていた要海だったが、唐突にテンションが下降したのが見て取れた。何事かと思ったが、その理由はすぐに当人の口から語られた。


「田舎で、他に遊び場も少ないから、リア充どもの巣くつでもあったんだよねえ……」


 目を細め、まるで恨み言でも絞り出すかの様に呟く要海。心の底からどうでもいいボヤキは、もう少しだけ続く。


「ほんとああいいう人たちはさあ、何で人前でいちゃいちゃするんだろうね? 見せびらかしたいのかな?」


「意外と闇が深いんですね、要海さん」


 普段はさっぱりしていて、ウェットな話題をほとんど出さない要海にしては珍しい悪態ともいえる物言いに、意外さを感じる静波。これまで彼女が見せた事の無いタイプの表情を見て、まだ表情を変えられるのかと変な感動を覚えるのだった。


「でも、今日のわたしは一味違うよ!」


 明後日の方向を向いていた要海は静波に向き直り、両手を唐突に静波の両肩に乗せた。


「か……かなみさん?」


 前触れのない要海の行動に、思わず声を裏返らせてしまう静波。


「しーちゃんが一緒にいるから百人力だよ!」


 そこから飛び出すのは意味の度し難い言葉。要海の瞳に込められている期待の色の受け止め方を一切考える事なく、静波は淡白に切り返す。


「大変恐縮ですが、静波は一人しかいませんので一人力です」


「大丈夫、ひとり五十人力出せばいいだけだから!」


 負けじと要海も即座に言葉を紡ぐ。変わらず意味は理解できなかったが。


「という事で、わたしたちが周囲に見せつけるんだよ!」


「見せつけるって何をですか?」


「もちろん、わたしとしーちゃんが仲良くショッピングモールを回る所だよ。もちろん、いちゃいちゃしながらね!」


 きれいなサムズアップを決める要海。しかし、静波の胸には何も届かない。少し前の自分なら天然で執拗な突っ込みをして彼女を喜ばせる結果になっていただろうが、今は素直に彼女の悪ふざけに乗る気は毛頭なかった。


「意味の分からないこと続けるなら帰りますよ?」


 たった今入ってきたばかりの自動ドアを視線で示し、強硬手段の道を要海に提示する。


「ごめんなさい、調子乗りすぎました!」


 姿勢を正し、綺麗な姿勢で頭を下げる要海。学校が始まるまでの春休みを利用し、町巡りをしたいといった彼女の希望でここに来ていただけに、目的を取り上げられてしまうのは当然本意ではあるまい。効果は想像以上にてき面だったようだ。


「まったく。そういう事はあんまり人目の付くところではしたくないですよ」


「ん? 何か言った?」


「な、何でもありません!」


 何の気なしに呟いた一言だったが、完全とはいえないまでも要海の耳に届いてしまった様で、湧き上がる動揺を悟られぬように静波は話を強引に打ち切る。


「ど、どうしたのしーちゃん、わたし、なにか変なこと言った? さっきから言いまくってるけど」


 ふざけている自覚はやはりあったのかという突っ込みたい衝動を抑え、静波は要海に近付きながら彼女の手を取る。


「いいから気にしないでください。ほ、ほら」


 結果、静波の右手と要海の左手が重なり、二人で手をつないだ形になる。


「しーちゃん……!」


「こ、これくらいなら、いいですよ」


 握った手に今一度力を籠める静波。さっきの要海の『いちゃいちゃする』提言を飲むのはさすがに躊躇われたが、静波的にはこれくらいなら譲歩案として妥当なラインだった。


「ありがとう。わたし、今すっごい幸せだよ」


 静波をまっすぐに見つめ、本当に嬉しそうに言う要海。


「まったく、要海さんは……」


 相変わらずの見ている側が恥ずかしくなる位の真っ直ぐさに、もやもやした心持ちになる静波だった。


「じゃいこっか。わたしは服屋さん見に行きたいんだけど、しーちゃんは?」


「静波は生活雑貨ですね。それは三階になるので、先に要海さんの希望する所に行きましょう」


「おっけー。じゃあしゅっぱーつ!」


 互いの目的を確認しあい、要海がよしと一言発した後に、空いていた右手を掲げて宣言した。次なる行動に移る際に言葉を発して気分を切り替えるのは、要海のお決まりでもあった。


(まあ、たまにはいいかもですね)


 買い物が第一目的で来たわけではなかったが、普段であれば一人でしか来ることのない場所に誰かと一緒に並んでいるのは悪い気分ではなかった。





「レトルト食品のお店って、初めて見たね」


 ファッションショップと生活雑貨の店を周った後、要海と静波はとある店が気になり、相談の結果入ってみる事にしたのだ。


「静波も初めて見るタイプのお店でした。木製の食器とかもあって、最初は何のお店かと思いましたけど」


 店舗の外観も並んでる商品も当初は共通項が見えず、最終的に缶詰やパウチ食品など様々なレトルト食品と、それらを盛り付けるための器を販売していることがわかったのだった。


「あと店員さんも変わってたよね。常にバッグ持ちながら接客してるんだもん。お店に入って、別のお客さんだと思ったらいらっしゃいませーだもんね」


「はい、あれには不意打ち貰っちゃいましたね」


 店員は全員が店舗のロゴの入ったカバンを常に携えており、制服の一部のような扱いらしかった。結局それらにどんな意味がったのかは分からず仕舞いだった。要海はそういうお店が一つあるだけで面白いと深くまで気にしている様子ではなかったが、静波は少しの間は引きずるだろう予感がに支配されている。


「ところで、さっきは何を買ってたんです?」


 少しでも鞄の事を忘れようと、意識して要海に話を振る。


「これだよ」


 ショルダーポーチに仕舞ったばかりの袋を取り出し、さらにその中から購入した品物を手に取り、静波に見せてくる。


「箸、ですか?」


 要海は両手にそれぞれ一対の箸を手にしている。


「うん、すっごくかわいかったから、つい買っちゃった。しかもこれセットなんだ。だからもう一つは、しーちゃんがつかってよ」


「セットって事はひょっとしてこれ、夫婦箸じゃないですか?」


「あ、そうなのかな?」


 静波の指摘を受けてその事実に気付いたらしい要海は嬉しそうな笑みを浮かべたと思ったら、もう一度静波に向き直り、質問を投げかけてきた。


「ねえ、しーちゃんは旦那さんと奥さん、どっちがいい?」


 左右の手に握られた箸を順番に掲げながら、静波の返答を待つ要海。こういった不真面目な質問をされた時の、静波の切り返し文句は決まっている。


「静波はお母さんで」


「やっぱこの話はなし!」


 そして効果はてき面に表れる。要海は失敗を犯した顔つきになり、それを取り返さんとばかりに静波に詰め寄り、言葉を捲し立てる。


「しーちゃんのお母さんはわたしだよ! これは譲れないよ」


 事務所に引っ越してきた初日に、静波が母親を幼いうちに亡くしている事実を聞き、何かと自分をお母さんだと思ってくれという謎のアピールを続けていたのだ。


「無理のない程度に頑張ってください」


 しかしながら、静波は料理や掃除を始めとした家事の技量は高い水準で保持しており、一般的な女子の要海よりも遥かに主婦の素養が高かった。


「ぐぬぬ……、さすがは歴戦の貫禄……」


 故に要海は、静波相手に貫録を見せられない事に悔しさを感じており、その手の話題になると子供じみた負けず嫌いな性分を露見させるのだ。

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