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アイノリフレイン  作者: 矢田さき
3章 早川晶 (アキラスカイハイ)
30/31

2-4

 Fから市営モノレールに乗りこんだ。日曜日の夕方、車内はその乗車率同様ゆったりとした時間が流れていた。ガタンガタンという音と揺れもどこか呑気な風情が感じられた。

 この一カ月、晶は何度もこの路線を往復した。そのたび重苦しい空気を感じていたのに、今日は少し違った。

 大洋の水のわずか一滴ほどの期待に胸が震え高鳴った。それは横に座る市道渚が原因だ。彼女のファンタジーに賭けてみようと思ったのだ。

 河川敷で天啓のように思いついて、すぐ言葉にしていた。

「市道、今からオレといっしょにきてくれないか?」

「え、どこに?」

「貫奈のところに」

 晶のその言葉に市道は頭を巡らせるようにしてから、

「貫奈さんの家ってこと? それならわたし、さっき行ってきたし、留守だったよ」

「いやそうじゃなくて、今、貫奈のいる場所だよ」

 市道は今度こそ意味がわからないという顔で晶を見て、つけ足すように小声で、

「……貫奈さんのお墓参りに行くの?」

「バーカ、貫奈は死んでないよ。ちゃんと生きてるよ。ただ、意識がもどらないだけだ」

 そのあとの市道の驚きようはなかった。

 彼女はずっと勘違いしていた。貫奈が死んでその霊が自分にとりついていると思いこんでいた。だが実際は、貫奈は生きている。だから市道の話は全部妄想だと思った。思ったが、妄想にしては符合することが多すぎたし、晶に訴えるものがあった。こんな言葉を使いたくはないが、目に見えない力を感じた。

 意識がもどらない貫奈。自分の中に貫奈がいるという少女。

 このふたりを会わせたらなにか起こるのではないかと思った。

 そこに理屈はない。だから、これは天啓だ。


 車窓に埋め立て地特有の風景が流れている。整然と並ぶマンション。金属オブジェのようなコンビナート。人工的な公園。人の思いを寄せつけないたたずまいが続く。

 十五分後、モノレールは市民病院まえに到着した。晶は市道をうながしホームに下りた。地上から浮いたモノレールの駅はどこかよそよそしい。

 改札を抜けると、そこから空中に架かった通路で市民病院に直接繋がっている。晶はすでに通い慣れたその道を先に歩いた。市道はモノレールを降りてから黙って晶のあとをついてきている。

 大きな病院だったが、日曜のため、比較的院内を往来する人影は少なかった。

 ふたりは、三基あるエレベーターのうち、右端の十階より上専用基を待って乗りこんだ。十一階で降りる。

 ナースステーションで見知った顔の看護士に目礼して奥へ進む。

 と、まえから貫奈の母親が歩いてきた。晶はもう何度もここで顔を合わせていた。晶が頭を下げると、「早川くん」と相好を崩し近づいてきた。

 彼女とは貫奈が今のような状態になるまで会ったことはなかったが、彼女がクリスマスイブに娘がつれてくる予定だった相手の名まえをしっかり憶えてくれていたおかげで、晶が名乗ると快く貫奈に面会させてくれたのだった。

 貫奈の母親と簡単な挨拶を済ませ、市道のことを中学の同級生と偽って紹介した。ウソをつくのが心苦しくないわけはなかったが、こうするしか市道を貫奈のいる病室に入れることはできないと思ったのだ。

 案の定、「市道さんも、どうか娘の顔を見てあげてやって下さい」と承諾してくれた。

 一階のコンビニに用向きのあった貫奈の母親と別れ、ふたりは貫奈の病室に向かった。

 晶は緊張で窒息しそうだった。手足の感覚が怪しい。

 貫奈に市道を会わせてもなにも起こらない可能性がほとんどだろう。それはわかっているが、そんなわずかな光にも頼りたい心境だった。この悶々とした一カ月を顧みれば。

 市道に入室することを目で伝える。彼女も晶の緊張が伝わったからか、自身もなにか感じることがあるのか、顔をこわばらせてうなずいた。

 晶は祈るようにドアをあけた。

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