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アイノリフレイン  作者: 矢田さき
2章 貫奈亜以乃 (アイノリフレイン)
17/31

3-3

 夏がすぎ、制服が再び冬服にもどってしばらくしたころ、涼佳から彼女の通うH高校の文化祭に誘われた。

 去年は偶然S女子高校の文化祭と日程が重なったため行けなかったが、今年は一週間わたしたちの開催日が後ろにずれていた。

 リッキーに雑談のつもりでそのことを話すと、「それ、ボクもいっしょに行きたいな」と返ってきた。彼女は中学から生え抜きの女子校通いで、共学の文化祭と聞き、好奇心が湧いたようだ。わたしも涼佳がいるとはいえ、知らない学校にひとりで行くのは心許なかったので、その場でOKした。

 S女子の文化祭は一般の入場の規制が厳しく、生徒の家族以外の人間はまず入れない。そのためどうしてもお行儀のよい催しになってしまう。文化祭と聞いてイメージする猥雑とした雰囲気とはほど遠い。だからリッキー同様、わたしも少なからず他校の文化祭に関心があった。

 数日して聡美から、

「H高校の文化祭行くんだって?」と訊かれたときは意外だった。リッキー以外にその話をしてなかったので、明らかに彼女経由で伝わったとしか考えられなかったから。

 ふたりは同じクラスだけど、わたしの中では懇意にしているイメージがない。どちらかというと、リッキーが聡美をさけている印象があったからだ。

「うん、そうだけど」

「紀子から聞いた。あの子もいっしょに行くんでしょ」

「そう、よその文化祭に行ってみたいって」

「わたしも行っていいよね。紀子にはもう断ってあるから」

「もちろん、いっしょに行こう」

 リッキーが聡美の参加を歓迎しているのか否かわからないけど、ここはそう答えるほかない。自分からしゃべったんだから、たぶんリッキーも嫌がってはいないだろう。

 後日、リッキーにそれとなく確認しても、「ちょっと照れくさいけど、人数いたほうが楽しいし」と、いつか聞いたようなことを口にするだけだった。


 そして十一月。最初の日曜日。H高校文化祭の一般開放日、当日だ。

 朝十時、N駅に集合し路線バスでH高校に向かう。天候は気持ちのいい快晴。ただ風が冷たかった。バスは郊外でも奥に位置する新興住宅地に向かう。

 聡美はトレンドをふんだんにとり入れたファッション誌の読者モデルみたいなコーディネート。リッキーはスタイリッシュなパンクファッション。とかなり対照的なふたり。そのあいだにはさまれたわたしは、カジュアルな平均的女子高生の私服だ。

 この三人できちんと顔を合わすのは初めてだった。わたしは聡美とリッキーの会話するシーンを目撃したことがなく、今日の予定が決まってから、そこに俗な興味を持っていた。

 それなのに、いざ目のあたりにすると、想像していたような――リッキーが聡美を苦手としている――感じはまったくなく、ごくふつうのクラスメイトどうしの会話だった。リッキーは、一見わたしに対するのと変わらない態度で聡美に接している。聡美も同じ。わたしの考えすぎだったのかな。

 到着したH高校はきれいに整備された街中にあった。学校も五年まえに移設されたばかりで校舎が新しい。校門の受付でパンフレットをもらって、いざ入場する。

 たしかに入場者の数はウチの文化祭にくらべ圧倒的に多そうだった。明らかに近所の子どもたちや親子づれだとわかる人たち、また他校生が闊歩している。それに、校内を男子がウロチョロしている光景は、わたしに久々に中学生だったころの感覚を呼び覚ました。そして、今籍をおく女子校の特殊性を再認識させる。

 とりあえず涼佳のところに顔を出す。事前の情報では、彼女のクラスはコスプレ喫茶を出店しているとのことだ。パンフレット片手に、探索気分で目的の教室を目指した。

 途中の店や展示の呼びこみの声をかいくぐって、ようやくたどり着いた。

 コスプレと銘打っているので、わたしたちはてっきりアニメのキャラクターや特撮ヒーローの登場を期待していたけど違った。女子はナースや客室乗務員、男子は自衛隊やとび職の恰好で、つまり職業コスプレだ。

 そんな中、涼佳はジャージ姿でわたしたちを出迎えてくれた。

「いらっしゃい。亜以乃、きてくれてありがとう。三原さんも、どうもお久しぶり。卒業以来だね」

「久しぶりはいいけど、涼佳、アンタのそれは、いったいなんのコスプレなの?」

 二年近いブランクを感じさせないあけすけさで聡美がツッコミを入れる。

「やだっ、これ? どう見ても女教師じゃない。では、三名さま、入りまーす!」

 机を四つくっつけたテーブルに案内される。わたしたちは飲み物を注文した。

 時間をかけずに涼佳が運んでくる。なぜか自分の飲み物もいっしょに持ってきて、そのまま着席してしまう。

「仕事中じゃないの?」と不審の目を向けると、

「かたいこと言いっこなし。せっかく三原さんもきてくれたのに」

 と返ってくる。涼佳の思惑ならだいたい察しがつく。わたしと聡美がどんな距離感でつき合っているのか、興味本位で探りにきたのだ。

 ともかくリッキーを涼佳に紹介してから、とりあえず涼佳の女教師コスプレにクレームをつけ、もつれるようにとりとめない女子トークに突入する。当然、聡美が仕切る。

「涼佳、今、ヤマナンとはどうなってるの?」

 話なかばに聡美が涼佳にふった。

 中三の二学期の中盤くらいから、涼佳と山名くんがつき合っているのはクラス全員の知るところとなっていた。聡美はそれを言っている。わたしはその結末を知っていた。

「残念だけど、高校に入ってすぐ別れちゃった。やっぱり生活の基盤が違うと、人間って擦れ違いが多くなるんだね。お互いだんだん疎遠になっていった感じかなぁ」

 後半はウソ。これも涼佳に聞いて知っている。山名くんが別の高校に離れて、涼佳はまた手近に新たな好きな人ができたのだ。それで彼女から別れた、というのが真相だ。

「あ、そうなの。ま、中学の恋愛なんてそんなもんかな」

「そうそう、まだまだお子さまだったんだよ」

「それで今は?」

「あの、執事のコスプレしてるヤツ、わかる? アイツとつき合ってるんだ」

 涼佳の返事に、一同一斉にその彼に視線を向ける。わたしも本人を見るのは初めてだ。

 感想は「やっぱりー」だ。首尾一貫というか、徹底して涼佳の趣味は変わってない。またもさわやか系。聡美も同感なのか、

「あんまり成長しているとは思えないけど」

 あっさり言ってのけた。涼佳も涼佳でそれを軽くスルーして、

「三原さんはどうなの、カレシいるの?」と切り返した。

「わたしはいない。女子校だから出会いもないしねぇ」

 この真偽はわからない。聡美とはあまり恋愛の話をしたことがなかった。もちろん、わたしが相手というせいもあるだろうが、接する限り彼女のまわりに男性のにおいはしない。彼女の器量と社交性を考え合わせれば、ないほうが不自然に思うけど。

「意外だな。奥手の亜以乃ならいざ知らず、三原さんはゼッタイいると思ってたのにな」

「それは、期待に添えなくてごめんなさい。こう見えて、わたしも亜以乃に劣らずウブだから」

「ジョーダンでしょ」

 わたしも同感だ。

 涼佳のコスプレ喫茶をあとにし、体育館に向かう。パンフレットによると、昼からバンド演奏が始まる。軽音部員ふたりとしては、同年代の演奏を聴いてみたかった。来週にはわたしたちも自校で同じような舞台に立つので、士気を高める意味もあった。聡美も特に文句もなくつき合ってくれる。

 一時間と少しかけて三バンドの演奏を聴き、体育館を出た。

「やっぱり体育館でのライブは音がまわって聴きづらかったね」

 出てくるなりリッキーが所感を述べた。専門的な言いまわしはよくわからないが、言っている意味はなんとなくわかる。楽器の音や声が混然としてはっきりとしないってことだと思う。そうか、会場のせいもあるんだ。

「単に演奏が下手くそだっただけじゃないの?」

 聡美が辛口で言う。

「二番目のバンドはうまかったよ。特にリズム隊がしっかりしてた。うまい男の子のドラムは安定感があるよ。問題は、PAを生徒がやっているのもあるけど、やっぱり会場の悪さがいちばんかなぁ」

「来週のわたしたちはどうなんだろう?」

「ウチの文化祭は、雨天以外、屋外ステージを使うから音抜けはいいよ。よすぎて逆にモニターが聴きづらいけど。それに私学の強みでレンタル機材といっしょにプロの音響さんがくるし」

「そーいう専門的な話は明日部室でしてよね。それよりわたし、お腹が減った。なんか食べに行こう」

 聡美にうながされ、パンフレットをひらき軽食メニューのありそうな店を探す。

 初めて訪れた学校で顔を寄せ合い思案に暮れる女子三人。間違いなくまわりから隙だらけに映ったことだろう。案の定、

「なにか探してるの? よかったらぼくらが案内するよ」

 H高校のブレザーを着た男子ふたり組に声をかけられた。ナンパ目的だろうか。さっさと無視して離れようと思っていたら、

「えぇ、そうなんです。どこかでお昼にしたいなぁと思ってお店を探していたんだけど、決められなくて――、どこかいいところありますか?」

 完全よそ行きの顔と声で聡美が答えた。どういうつもり?

「それならちょうどよかった。ぼくらの教室、焼きそばとお好み焼きの店をやってるんだ。ウチで食べない?」

「でも……わたしたち、少しお財布が心許なくて……」

「大丈夫、心配しなくてもぼくらがおごるよ。お近づきのしるしに。だから行こう」

「ホントにいいんですか?」

「いいっていいって。それでキミたち、どこの生徒?」

「S女子です」

「へー、じゃぁ三人ともお嬢さまなんだ」

「えー、ゼンゼンそんなんじゃないですよ」

 とアイドル然とした声で答えた聡美は、リッキーとわたしに「してやったり」と流し目で合図を送る。そういうことか。ひそかに嘆息する。あまり気が進まなかったけど、彼らについて校舎に入った。

 道すがらの会話からナンパ男子たちは三年生だと判明。ふたりの態度から、目あては露骨に聡美だと察せられる。わたしに対すると爆弾に向き合うみたいに逃げ腰だ。別にどうでもいいんだけど。それにしても、リッキーは意外に平然と話を合わせている。

 後ろで彼らのおしゃべりを聞くでもなく歩いていると、どこからか聞こえた会話の気になる単語に、耳が敏感に反応した。あわてて、その声のする方を探す。

「じゃぁ早川くん、ウーロン茶の二リットル五本買ってきて。コンビニブランドの安いのでいいから」

「ウーロン茶がなかったらどうする?」

「緑茶でいいよ」

「リョーカイ」

 それは、あまりに不意の登場だった。

 わたしたちの歩く廊下の先、とある教室からH高校の生徒らしい女子と男子が出てきた。先の短いやりとりをしたあと、女子は教室に引っこみ、男子はこちらに向かい歩いてきた。

 男子は――早川くんだった。なんの心がまえもなかった。

 涼佳から今日の誘いを受けたときも、実際H高校にやってきてからも、なぜかここで早川くんと出会う可能性をまったく考えてなかった。会えても全然不思議じゃないのに。

 わたしは虚を衝かれて身体を硬直させた。

 最初、早川くんはしんがりを歩くわたしではなく聡美に気づいた。聡美も気づいて足をとめる。あっさり声をかけた。

「あ、早川」

「あぁ三原か。驚いた。久しぶり。遊びにきたの?」

「そんなところ。わたしは、このまえ、アンタがケーキ屋でバイトしてるとこ目撃してるけどねぇ」

「あれ見られてたのか。地元だから覚悟はしてたけど、よりによってオマエに見られていたとは、な」

「コラッ、どういう意味よ」

 旧知のようにくだけて話すふたり。たしかに旧知には違いないけど――、早川くんってこんな感じだったっけ?

 そのとき、やっと彼がわたしの存在に気づいた。より身体を硬くする。すかさず聡美が、

「早川、ほら、亜以乃もきてるよ」と被せる。

 リッキーが気を利かせるように身体をずらして場所をあけたので、自然と彼と向き合った。丸裸にされたように恥ずかしい。でも――目を合わせた。

「……貫奈も久しぶり」

「あ、早川くん、ひ、久しぶり、元気だった?」

「ま、相変わらずだよ。けどごめん、オレちょっと用事頼まれてるから急ぐわ。またな」

 えっ? ほとんどまともにしゃべってないけど、もう行っちゃうの?

「うん、またね……」

 わたしたちの横をすり抜けて走り去る早川くん。再会はあっけなく終了。

 あーあ……。でも――短い時間だったけど、わたしの網膜にはしっかり今の早川くんが焼きついたはず。少し身長が伸びたのかな。顔も子どもっぽさが抜けて、ずいぶん男らしくなったみたいだし――。

 いろんな思いがそこら中に飛び散って、いつまでも胸の高鳴りがやまない。

 早川くん――。

 聡美は、ナンパ男子たちに早川くんのことを訊かれ、手短に説明していた。

 五人が再び動き出すと、

「ねぇ、早川、えらく雰囲気変わってたと思わない? ネクラじゃなくなったっていうか、ふつうになったっていうか。あんな軽口たたくヤツじゃなかったのに」

 聡美が寄ってきて耳打ちする。

「そうだね。なんかハキハキしてたね」

「あぁいうのを高校デビューっていうんだね」

 わたしは曖昧にうなずき返した。

 早川くんは、見た目だけじゃなく、心も少し大人になったってことじゃないかしら。それにくらべて、わたしは少しも成長していない。おんなじだけ年を重ねているのに、この差はなんだろう。男女の差だと思いたいけど――。

 再会の衝撃が覚めないうちに、ナンパ男子の教室に到着する。そこで本当に焼きそばをごちそうしてもらった。むろん、初対面の男子との退屈なおしゃべりにつき合った上で。わたしは当然上の空。

 彼らから「このあと、ほかも案内してあげるよ」との提案に、そこは聡美も丁重に断りをいれた。「それなら」と、しつこく連絡先の交換を持ちかけられたのにも、聡美はしおらしく、「わたしたち、家が厳しいのでまだ携帯を持たせてもらってないんです」と、こともなげにウソを言って難を逃れた。この聡美のしたたかな対応はさすがだ。

 そこを出たあと、わたしはもう一度涼佳に顔を見せておこうと思ってコスプレ喫茶に向かった。「わたしたちはふたりでブラブラしてるから、ゆっくりしてきたら」と言う聡美とリッキーとは落ち合う時間と場所を決めて一時別れる。リッキー大丈夫かな、と気になったけど、子どもじゃないし、と目をつぶる。

 コスプレ喫茶を訪ねると、涼佳は休憩をとる名目で持ち場を離れ、少しの時間いっしょに逍遥してくれることになった。さっそく早川くんに会ったことを報告する。

「――なんか別人みたいに社交的になっていて、びっくりしちゃったよ」

「あーたしかに、アイツ感じ変わったよね。わたしはクラス別だから、あんまよく知らないけど。女子ともふつうに話しているとこ、見たことあるし」

「なにかきかっけがあったのかな?」

「単に色気づいた、ってだけじゃないの」

 アイツのことなんてどうだっていい、ってふうに投げやりだ。

「早川くんが? そんなはずないでしょ」

「ククッ、なにあんなヤツのこと本気でかばってんのよ。あーまさか――、中三のときもちょっと怪しいと思ったけど、亜以乃、やっぱり早川のこと、気に入ってるんだ」

「違う違う。気に入ってるとかじゃなくて、早川くんはふつうにいい人でしょ」

「ふーん。アイツのこと、亜以乃がそんなふうに思っていたとはねぇ。長いつき合いだけど気づかなかったわ」

「だから、そんなんじゃないって」

「まぁまぁ、なんだっていいじゃない。真面目な話をすると、中学から高校っていうワンランク広い社会に出て、単純にアイツも社会意識に目覚めたってことじゃないの。もともと社交スキルがゼロだったんだから、ひとたび開花したら、そりゃ大変身に映るって」

 涼佳の言うことがあたっているように思う。つき合いやすくなっていいことなんだろうけど、なぜか淋しい気もする。社交スキルという鎧を身につけて、ますます本当の早川くんが見えなくなっていく、遠くなっていく、そういうことかしら。とするとわたしのわがままだ。中学のころは彼に対して、「もう少し人あたりがよくてもいいんじゃないの」と苦々しく思うこともあったんだから。

「そんなに気になるなら、今から早川の教室のぞきに行こうか?」

「いいよいいよ。さっき会ったばっかりなのに、変に思われるよ」

「ま、無理強いはしないけど――。亜以乃さぁ、あんまり気どってると、いつまでたっても恋なんてできないよ」

 いよいよ顔が熱くなる。

「だから、ホントに違うって」

 言いながら後悔。涼佳に乗っかって会いにいけばよかったものを。わざわざバイト先を訪ねて会えなかったくせに、ここで尻ごみするなんて。気どっていると言われてもしかたないや。こんな好機はもう訪れないかもしれないのに。

 やっぱり行きたいとは言い出せないまま、涼佳と別れた。

 待ち合わせの場所に行くと、聡美とリッキーはすでにわたしを待っていた。

 ふたりだけのときはどんな雰囲気だろうと、少し心配していたけど、なんてことはない。冗談を言い合っているのか、お互い肩で相手の肩を押すようにじゃれ合っている。わたしがいるときよりよっぽど仲よさげだ。なーんだ、心配して損した。

「お待たせー」とかけ寄った。

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