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アイノリフレイン  作者: 矢田さき
2章 貫奈亜以乃 (アイノリフレイン)
15/31

3-1

 六月。制服が夏服に変わる。濃紺のワンピースから真っ白なワンピースに変わる。この落差が好き。ひと粒で二度美味しいって感じ。少し違うかな。

 市内女子高生の制服の中、ワンピースってだけでも珍しいのに、その上純白だ。由緒あるS女子高校を背負っているという誇りをまとうようで背筋がピンと伸びる――気がする。なにしろ、母さんの時代からデザインは変わってない。

 ひとたび街に出れば、男子高生や、ともすれば成人男性の視線を冬服のころより強く感じる。これは、あながち意識しすぎでもないはず。もっとも、わたし個人の魅力がどうこうではなく、人目を引く白と、品位あるデザインのおかげなのは言うまでもない。ま、この場合、おかげというのもおかしいな。この視線はあまり気持ちのいいものじゃないから。

 去年は、自分でも制服に着られている感じがありありとしていたのに、さすが二年目ともなると、なんとか様になってきた。やっと心身ともになじんできたってことかしら。特に一年生たちの真新しい制服姿を見るとそれを実感する。


「亜以乃、部活が終わったら、また、そっちに行くから。たぶんアンタのほうが先に終わると思うけど、ちゃんと待っててよ」

 六限の授業が終わったとたん、聡美(さとみ)の声が廊下から教室に向かって飛んできた。

「わかったぁ」

 わたしが返事をしながら顔を向けると、

「じゃ」と残して、本人はもう風のように消えている。

 わたしが彼女と約束して、待たないで帰ったことなんて一度もないのに。人聞きの悪い。

 聡美こと、三原聡美の所属するバスケ部は練習に熱心だ。S女子高校は運動部にそれほど力を入れているわけではないが、それでもバスケ部は規律正しい部である。彼女はその中心選手。毎日、放課のチャイムが鳴るとすみやかに体育館に向かう。

 それにくらべ、わたしの所属する軽音部はフレキシブルな気風に溢れている。要は緊張感のない、たるんだ部だということ。聡美のように可及的すみやかにかけつける必要はないし、わたしひとり休んだところで支障もない。そういう部に身をおくこと自体不満はないけれど、能動的選択だったわけでもない。

 そもそも、S女子に合唱部がなかったことがいけない。

 そのことを、わたしは去年入学時に知ったのだった。ただ、中学の部活も、およそ、ひたぶるなとりくみをしていた、とは言いがたいので、合唱部がなければないで、帰宅部でもかまわない、くらいの心持ちでいた。

 しかし、校則でアルバイトは全面的に禁止されているし、せっかく大学受験をほぼ意識せず進学できる環境にあって、高校三年間の放課後を無為にすごすのもどうかと考えた。

 そこでほかの部も視野に入れることにした。運動部は端から除外。単に苦手だから。合唱部に近い部となると、ブラスバンド部、軽音部、マンドリン部の三つ。ほかの文化部に特に食指が動くものがなかったので、消去法で軽音部に決めた。

 小学生までピアノを習っていたので鍵盤はさわれるが、ほかの楽器を一から始めるには二の足を踏んだ、というのがその理由。特にブラスバンド部は未経験者を門前払いするような空気があった。軽音部ならキーボードで参加できそうだ。それに歌だって歌える。また、そんな気軽な動機が許される雰囲気だった。

 実際に入部してみると、はたして、部員間の軋轢など皆無な和やかな部だった。部員数もバンドが三つ作れるくらいの人数だ。リハーサル室の数と機材の関係でひとバンドずつ、交代でしか練習できないが、練習してないときは準備室での雑談が楽しいし、なんなら全員練習もしないでおしゃべりに終始する日さえあった。

 本日の部活も、ひとバンド三十分の練習と残り大半をおしゃべりに費やし、五時には終了。ほかの部員が帰っていく中、聡美を待つため準備室に残っていた。

 校則で、どの部も五時半までに活動を終えることになっている。バスケ部はギリギリまで時間を使い、みっちり練習をやめないので、聡美がくるのはいつも五時四十五分をまわる。

 それを知っている部員のリッキーが、用事のない限りいっしょに時間をつぶしてくれる。

 リッキーこと、中井(なかい)紀子(のりこ)は、S女子の付属中学からエスカレーターで上がって来た生徒で、わたしと同じ二年生。リッキーというニックネームも付属のころからのものらしい。軽音部内でもその名で通っていた。後輩の一年生でさえ「リッキーさん」だ。本名から直接の連想でついた感じはしないので、みんな一度は由来を訊くのだけど、本人もすでに忘れてしまっているので、謎だ。

 また、中学からギターを続けていて音楽に詳しく、素人のわたしに入部時からいろいろ教えてくれた。今では、部内でわたしといちばん仲のいい生徒だ。家の方角がまるっきり違うので、いっしょに帰ったりしないけど、時間があるといつも談笑している。

 今日も、とりとめのない話で三十分がすぎた。

「じゃぁ貫奈、そろそろボク帰るよ。三原とかち合うのも、なんか照れるし」

「フフ、なにそれ。でもつき合ってくれてありがとう」

 知り合った当初、彼女のこの〝ボク〟という一人称には若干戸惑いをおぼえた。

 いわゆるオタク系女子の中にそういう子がいると聞いてはいたけど、これまで自分のまわりにはいなかったタイプだ。ただ、リッキー自身はオタクでもなんでもなく、お兄さんの影響で小さいころに使っていたものが現在まで継続しているだけ、とのこと。

 慣れてしまうと、彼女の容姿――ベリーショートの髪型とスレンダーな体型――にピッタリ合っていて好ましい。

 リッキーが帰っていった、その五分後、

「亜以乃待ったぁ? さぁ帰ろう」

 入れ替わりで聡美がやってきた。

 リッキーと聡美は同じクラス。だから、先のリッキーの発言、「かち合うのも、なんか照れるし」は意味深長だ。クラスの人間模様がどうなっているのか知らないが、巻きこまれるおそれもあるので、あまり考えないようにする。

「早く、さっさとお尻を上げて」

 待たされたのに、せっつかれるように校舎を出た。

 並んで歩く聡美は、練習が終わったあとだというのに、くちびるが妙に色っぽく光っている。背中に垂れた髪もツヤツヤ。ほのかに制汗スプレーのようないい香りも漂う。

 制服に関して、アレンジして着こなすのは学校から厳粛にとがめられる。そのため、さすがの彼女も伝統を守っているが、ほかの校則に引っかからない部分では、怠りなくオシャレに気合いを入れていた。これは中学のころと変わらない。それ以上に、現在はあのころより面立ちがすっきりとし、可愛い女の子から、S女子の制服がひときわ映える美少女にバージョンアップしていた。わたしはその引き立て役といったところかな。

 そんな聡美とは入学してすぐ、そろって登校するようになった。毎朝、地元のN駅で待ち合わせて電車に乗る。帰りも週に二日くらい、今日みたく聡美から声をかけられ、いっしょに帰っていた。

「ねぇ、久々に寄ってかない? 明日休みだし、さ」

「うん、いいよ」

 彼女が誘っているのは、学校からほど近い幹線道路にあるカフェ〝パドドゥー〟だ。チェーン店ではなく個人オーナーの店。その外観や内装からS女子の生徒のあいだで〝スタバモドキ〟と蔑称で呼ばれることが多い。そのくせ放課後はいつもウチの生徒でけっこうな賑わいだけど。

 店内は、気にしないと気づかないくらいの音量で、それっぽいフレンチポップが流れている。わたしたちはカウンターで、それぞれアイスのカフェモカとキャラメルマキアートを注文し、少し待って受けとる。テーブル位置の高いふたり席に着いた。

 聡美は腰を落ち着けたとたん、「あー疲れたぁ」とか言ってハンドミラーをとり出し、前髪のチェックを始めた。これは、まぁいつものこと。ひとしきりして納得したのか、カバンにしまうと、ようやく自分のカフェモカをストローでかきまぜ、口をつけた。

 それからは彼女の独壇場で、共通の担当教諭の話、部活の後輩の話、大詰めを迎えたテレビドラマの話など、途切れなく話題を提供してくれる。

 わたしもこの一年強で少しは心得たので、彼女が気持ちよく話せるよう、ちょうどいい相づちを適宜はさんでいく。また、それが苦にならないのは、彼女の話しぶりの妙とでもいうか、天然の抑揚のせいで、どんなつまらない話でも、ついつい引きこまれてしまうからだろう。けっして話し上手というわけではなく、人を惹きつける力がある。今さら、中学時代、いつも彼女にはとりまきがいた理由を理解した。

 入学するまえは、わたし自身、まさか聡美とここまで親密なつき合いをするとは思ってもいなかったはずだ。

 入学式のあと、彼女からなんの遺恨もなかったように話しかけられたときは、驚いたというより拍子抜けした。児島くんのことで体育倉庫裏に呼び出されたのがウソだったみたいに、気安い調子だった。同じ中学出身どうし、これからよろしくねって。

 彼女にとってあの一件は、それぐらいどうだっていいことだったのかもしれない。

 少し上から話すのはあのころと変わらないが、それは彼女のニュートラルであって、威嚇や見下すつもりがないのは、つき合い出すとすぐにわかった。自己本位ぎみなところも、すごす時間が長くなれば可愛く思えてくるから不思議だ。

 他人を巻きこんで自分のペースに乗せてしまえる稀有なキャラクターってことかしら。

 そんなふうに、王妃とおつきの女官みたいな関係でここまできている。

 たまに涼佳に会ってわたしたちの関係を話しても、なかなか信じてもらえない。わたし自身大いなる見こみ違いだったのだから、それもしかたがない。涼佳の中ではいまだ聡美は〝三原さん〟のままなのだから。

 話が進み、話題がN駅近くに新しくできたパティスリーにおよんだ。

「――それでさ、昨日の夜、さっそくママといっしょに買いに行ってきたんだ」

「どうだった?」

「わりとこぢんまりとした店かな。種類もそんなに多くなくて、タルト系がメインな感じ。わたしは三種のベリーのタルトにした。ママはフツーにモンブラン。味はくどくなくて、まぁまぁかな。値段もそんな高くないし」

「じゃぁわたしも今度行ってみようかなぁ」

「うんうん、一度は行ってみる価値あり。――で、そうそう、その店、店内からガラス越しに、作ってるとこがのぞけるんだけどさ」

「よくある感じだね」

「閉店まで数時間しかないのに、中でまだ作業してたんだ。女の人ふたりと男がひとり」

「次の日の仕こみ、かな」

「たぶんね。って、食いついてほしいのはそこじゃなくて、働いてた人間のほう」

「知り合いがいたの?」

「そう。だれだと思う?」

「わたしも知っている人ってこと?」

「かなり知ってるヤツ」

「ヤツってことは、男の人のほうだね。だれだろう。でもそもそもパティシエに知り合いなんていないけどなぁ。もしかして有名な人? テレビに出てるような」

「全然違う。同い年のヤツ。あそこでバイトしてるんじゃないかな」

「同級生ってことは、中学のってことでしょ。うぅん……」

「はい、もう遅い。時間切れ。正解は早川でしたー」

「早川くん!」

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