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アイノリフレイン  作者: 矢田さき
2章 貫奈亜以乃 (アイノリフレイン)
14/31

2-4

 十二月二十四日、わたしは十五歳になった。

 クリスマスイブの誕生日。最近ではさすがに慣れっこになったが、小学生のころはひどく損した気分だった。ふつうの子なら年に二度あるイベントを一度で済まされてしまうからだ。それも、今年は受験生ということで、母さんが買ってきたケーキを食べただけでつつましく終えた。

 わたしが十五歳になったってことは、早川くんも十五歳なったってこと。そのことをクラスメイトのだれも知らない。早川くん本人さえ知らないんだ。そう思うと、甘く、くすぐったいような感情が生まれる。こういうのをなんて呼ぶんだろう。

 大雑把に言ってしまうと〝嬉しい〟なんだろうけど、それで済ましたとたん、ひどくチープな感情に降格するようで嫌だ。

 そう。思い出した。

 小さいころ、探検に出かけた。子どもの足だから、近所の野原や林だったと思う。そのとき、いつもポケットに忍ばせたものがある。とっておきのキャンディ。イチゴミルク味。

 そう、ポケットの中のキャンディ。

 道々、ポケットの中に手を入れて、そのキャンディを確認する。何度も何度も。そこにこっそりあるささやかな幸せを、こっそりとたしかめる幸せ。

 あのときの気持ちといっしょだ。

 とっておきのキャンディをたしかめる気持ち、か。

 このネーミングはなかなか悪くない。


 年が明け、二月に入ると、ポツポツと私学の入試が始まった。その月末には、わたしのS女子高校の合格が決まった。公立が本命の涼佳たちに気が引けるが、この解放感は大きい。なるべく顔には出さないよう、残りのわずかな中学生活をかみしめるようにすごした。

 意外だったのは、あの三原さんが、わたしと同じS女子専願だったこと。もちろん合格だ。彼女は共学に行くものだ、とばかり思っていた。

 勝手な思いこみで、彼女は男子がいないと生きていけないタイプの女子だと決めていたのだ。わたしの見こみ違いだった。あのクラス一のオシャレも、けっして男の子のためというわけではなかったようだ。彼女に対する見方を修正しなければいけない。

 そういえば、とりまきの子たちはともかく、彼女に限ってカレシがいるという話を聞いたことがなかった。

 なんにせよ、この先三年間、彼女と同じ学校に通うことが確定したことは、少々気が重かった。まぁ高校生になってしまえば、同じ中学出身なんて狭いグループ分けは意味がなくなるのかもしれないけど。

 あれから早川くんとは、まともな会話をかわした記憶がない。教室でとなりにいても、プリントを手渡しするときのような極めて事務的な会話に終始する。

 彼は公立専願で、しかも涼佳と同じ、学区内一レベルの高い県立H高校を受験する。ひとごとなのに心配だった。彼は塾に通ってないし、教科によって成績にムラがあるからだ。こんな心配をするのも、学校ではわたしか担任の道満先生くらいだろうな。

 どうか無事合格して――。


 そして、とうとう卒業式を終えた。予想していたけど泣いてしまった。大泣きだ。涼佳たちともお別れ。このあたりが小学校の卒業式とは大きく違う。みんな、それぞれの進路に分かれていく。

 わたしの知る生徒でS女子高校に進むのは三原さんだけだった。正直、そのことは心細い。でも、高校生活への期待はそれ以上に大きい。

 早川くんには、最後まで自分の気持ちを告げないまま別れた。

 でも自分の気持ちってなんだろう。あたりまえだけど、告白したかったわけじゃない。いまだ彼に対してわたしの中に〝好き〟という感情があるのか、よくわからなかった。

 おそらく、彼にわたしという存在を認めてもらいたかったんじゃないだろうか。

 わたくし貫奈亜以乃は、早川晶がほかのクラスメイトの男子とは、根本のところから違う、どこか特別な生徒だということがわかっている、数少ないひとりだよ、と。うぬぼれすぎかな。

 いやいや、これをもっと素直に要約すると、早川くんはわたしにとって特別な男の子、となりはしないか。うーん。


 わが県の公立高校の合格発表は、卒業式の二日後にやってくる。すぐ涼佳や、礼子、亜美ちゃんから合格の連絡が入った。

 そして、しばらくして涼佳から、早川くんの合格を知った。

 わたしは胸をなで下ろした。

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