四話
他の四名に迎えが寄越されている時と同じ頃、召喚された中で一番不気味な人物――タダノ=タナカを迎えに行く人物はリーゼナル=ズィール。勇者召喚をすることを決めた日の夜にラツィオからリーズと呼ばれていた女性だ。親しい者からの愛称がリーズである。
女性でありながら女王の近衛騎士であり、上司であろうと不正や弱者への非道な行いを良しとしないその真摯で高潔な人柄により同僚や民からの信頼が厚い。代わりにというのも変だが上からはかなり疎まれており、暗殺者を嗾けかれたのも一度や二度ではない。
特にリーズを嫌っているのはゲレン中将だ。生い立ちが不明なのに、しかも女だ。陛下からの信頼は特に熱く、なによりも裏金を自身に献上していた商人をひっ捕らえたことが憎らしいとのこと。
リーズもリーズでゲレンは好き嫌いでいうならば大嫌いである。嫌悪感を隠すのを苦労している。
ゲレンが自分を殺そうと暗殺者を寄越しているのを感づいているが、悔しいことに証拠が手に入らない。暗殺者は訓練されており、捕まるか、それに準ずると判断すると跡形もなくなるように自爆する為に物的証拠が入手出来ず、悔しさで枕を濡らした日もあるぐらいだ。
話が脱線してしまった、戻すとしよう。
リーズが寄越されたのはタダノが不気味で、他の兵や顔には出していないがメイドたちも嫌悪感から近寄ろうとしない。それを察したのもあるが、何かしらがあっても対処できる実力を持つリーズならば、との信頼から命を出した。
何かしら――つまり突然タダノが凶行な行いをしようともリーズなら武力で抑え込めれるであろう。
タダノに与えられた部屋に着くと、油断しないように神経を尖らせる。
「勇者殿、起きておられるか?」
ノックをして声を掛ける。だが中から返事は返ってこない。気づかなかったかと、もう一度同じくノックと声かけをするも結果は変わらない。
まだ寝ているか――――もしくは夜間に逃げ出したのかと判断したリーズは失礼すると一言述べ、ドアを慎重に開けて室内へと足を踏み入れる。
中に入ると部屋内は真っ暗であった。いや、窓に掛けられている閉じられたカーテンの隙間から朝日が僅かに部屋を照らしているので、完全に真っ暗というわけではない。だが明るい廊下からだと人間のせい性質上、真っ暗に感じてしまう。
更に神経を張らせて室内の気配を探るのだが、人の気配を感じることができなかった。
もしや本当に逃げたのかと部屋を明るくするためにカーテンを少々乱雑に開け放つ。
太陽光に照らし出された部屋を再確認するが、やはり居ない。ベッドは使われた気配がない。
「これは……緊急事態だn――――――――」
ベッドには居なかった。床にも居なかった……だがソレは間違いなく居た。ふいと顔を上げた先にその黒い塊は居たのだ。
きゃああああっ、もしくはひゃああああっと悲鳴を上げなかった自分を褒めたいとのちに語るリーズは、迅が同じ頃にイレーナに胸をときめかしたのとは違う意味で心拍数が跳ね上がっていた。
「――――――っ……ふぅ……はぁ…………」
心臓を落ち着かせるために深呼吸をして、もう大丈夫と判断してから黒い塊を観察し始める。最初は突然の異世界で恐怖と心身の疲れから首を吊ったかと思ったのだがそれは違うようだ。何やら網のような物に両端がロープになっており、それを部屋の隅にある突起に結び付けている。そしてその黒い塊――タダノ=タナカは網の部位にて寝ている様子。寝息が聞こえない気がするが、多分寝ているだけだろう。
心拍数が標準になったので、リーズはタダノに声を掛ける。それでも起きる気配がないタダノに何故かイラッとして、つい腰にある愛剣でロープを切る。
当たり前だが支えがなくなったのだからタダノは網ごと床に着地する。地球でならばこう例えただろう、蛙を轢き潰したような声だったと。
謁見の間にて各国の王達と勇者達、それに準ずる候補者達と桜華を迎えに行っていたメイド(絶賛折檻中)を抜けた三名が玉座に座るラツィオの前にて微妙な空間もとい空気を纏っていた。
それの原因はというと、
「………………じ~……」
「…………ぅ……」
微妙に頭頂部が腫れてる黒い塊と、その腫れをつくらせてしまった女性騎士の二人だ。目は髪で見えないが案内時からずっと非難の視線を向けられているリーズは、これまた珍しく視線を無視するかのように明後日の方向へと向けていた。本来ならば直ぐにでも謝罪するのだが何故か未だにしていない。リーズ自身も何故なのか解らずにいるままなので無視という形を取っている。
このままでは話が進みそうも無いのでラツィオが何があったのかを訊ねたのだが少し上ずった声で何もありませんでしたと返答するだけに終わる。
珍しいというかリーズとの付き合いが長い中で初めての態度や表情に内心困惑とともに心配している。それを一切表情にだしていないが。
このままなのはよろしくなさそうだが、雰囲気が緩和するのをずっと待つのも時間の無駄だし、既に苛立っているとあるヒャッハーっさんがしびれを切らす前にと割り切り、女王は一つわざとらしく咳払いをし、話を進めることにする。
「朝早くから申し訳ありません、勇者の皆さま。昨夜はゆっくりと休めたでしょうか?」
「はい。私などには勿体無いお部屋でしたが、体を休めさせていただきました、ありがとうございました」
「ああ、オレ……じゃなくて、わ、わたしもベッドが柔らかくて眠れた、眠れましたっ」
「ふふ、無理に丁寧な言葉使いをなさらくてもよろしいですよ。他の方々も、ですからね」
大人らしい対応の光魔に迅が気を付けの姿勢で続くも普段敬語などほぼ使わないでいたツケが回ってきたか、変に大人びようとする子供という風しか見えない結果となった。当然幼馴染さんは笑い声を上げてはいないが口元に手を当ててぷるぷると体を震わせている。それに直ぐに気づくも何かを言うのはカッコ悪いし後で更に揶揄われるので顔を赤くして俯く。
バーコードさん以外はそんな迅にほっこりしているし、ラツィオとしては意図せずして空気が変わったことに感謝の意味合いをこめて無作法な発言を許した。
「いやはは、若かりしころを思い出しますな。さて、アルファード女王、そろそろ宜しいですかな? 私も急かしたいわけではないのですが、あまり国を長く開けるのは心苦しく……、いやはや申し訳ない」
「そうじゃな。ちと急いでくれると助かるのう」
予想よりは滞在日時も短いのだが、邪な考えを持つ不逞の輩はどの国にもいるものなので、ラツィオは謝罪をして直ぐにイレーナに始めるように声を掛けた。
「それでは皆様、今から昨夜申し上げていた各自の魔法適正を調べようと思います」
そういうと一人のローブを着た女性がイレーナの前に台座と水晶で出来たの丸い玉を用意する。やはり適正調べるのは水晶玉なんだなと糸目の女の子が興奮していたり。
「ではお一人ずつ、この玉の上に手を翳して下さい。それによりどの属性が適正なのかが判ります」
「じゃあボクからっ!」
もう我慢出来ないと彼方がヒュバッと空気を切る音を鳴らしながら挙手する。糸目が見開き、キラキラとお星さまのように輝かせており、鼻息も若干荒い。
「それではカナタ様、お手を」
「はーい!」
後方で水晶玉に手を当てて落すんじゃないかと迅がはらはらしているのだが、そんなことに気づかないほど興奮している彼方は、これまたシュバッと空気を切る音とともに玉スレスレに手を翳す。
数秒ののち水晶が濃い水色と緑色、そして淡い赤色と黄色の順番に光る。適正を見守る者達がどよめきの声を上げた。
「四属性も……すごいです。水属性と風属性がとても適正が高く、火属性と地属性にも適正がありますね」
「普通はどうなの?」
「適正がある者を前提にするならば、普通は一属性で、二属性持ちの方は数百人に一人。三属性ですと今現在、知られているだけでも十人もいません。それが四属性ともなると伝説の勇者とそのお仲間の一人であられる賢者ネティスだけです」
「ちなみに賢者ネティスはドワーフと人のハーフじゃな」
ドワーフ族でも英雄である賢者の名前をダラスはドワーフ族の誇りだと胸を張る。
ドワーフはあまり魔法適正が無い種族故に、ハーフとはいえ誰もが知る名前の一人が祖先であるのだから、ダラスだけでなくドワーフ族が胸を張り誇りだというのも頷けるものだ。
「だって、迅♪」
「くっ、オレも負けられねー!」
ただでさえ日本人離れの高い鼻梁を高くする彼方に対抗心を燃やした迅は水晶玉へと勢いよく手を翳した。
「ジン様もすごいです……とても火属性との相性が良く、風属性にも適正が有られます。でも一番に目を惹くのが光属性がある点ですね」
「三属性かー……。でも光属性って珍しいのか?」
「はい、他の属性に比べるととても希少なのです。それで三属性持ちですと我が国だけでなく他国でも知りません」
「そうなのか!? よっしゃーっ!!」
最初は彼方よりも一属性少ないことにガクリと肩を落としたが、イレーナのその言葉にガッツポーズをとって彼方に向けて満面の笑みでピースした。