プロローグ・三
プロローグの三話目です。
「――――えー、であるからして、日本はイギリスと日英同盟により同盟関係にあった故に、イギリス政府からの要請で連合国側として、第一次世界大戦に参戦することとなったわけだ」
東京のとある私立高校の校舎、その一室にて教師が喋りつつ黒板に授業内容を書いていく。
内容からして日本の歴史、それも大戦の始まりの経緯に触れ出した辺りか。
当時の総理大臣である大隈重信が軍部を軽視した行動を取ったことにより、政府と軍部の関係を悪化に招いてしまうこととなった。
クラスの生徒は例に漏れず、真面目にノートに書き写す者、チラチラと時計を見て早く授業終わってくれないかな~、と早く家に帰るか遊びに行きたい者、教師の声を子守唄にし、うつらうつらと船を漕ぐ者(夢の世界に旅立った者含む)と多種多様の授業態度。
授業も六限目、集中切れたり眠くなったりするのも気持ちは分かる。
その中の一人、眠気を誤魔化すために鉛筆でペン回しをする生徒――赤城迅は隣の席で教本を立て、その陰で完全に寝入っている幼馴染み弛んだ顔にちょっとした殺意を覚えていた。
(ったく……こっちは必死に起きてるってのにコイツは……。弄るためにこの表情を写真に撮りてぇ~!)
緩みに弛みきり、口からはだらしなく涎を垂らしている少女の名前は柊彼方、目は細い狐目、鼻は外国人のように日本人とは思えないほど高い。
髪を金髪に染め、耳にはピアスを付けたりと視る者が見れば不良の烙印を勝手に押すだろう。
迅は常々思うことがある。
(ほんと……なんで彼方より鼻ペチャなんだよ、オレ? 母さんがフランス人のハーフなのに、何故に両親も生粋の日本人という彼方が日本人離れしてんだよ……)
髪は地毛が茶混じりの黒髪がイヤで赤髪に染め、鼻梁が少しでも高く見せるように軽い化粧を施している。
身長だってそうだ。一昔十年というのなら二昔ぐらい前ならば高い方であっただろう……が、今の世の中迅の176センチなんてザラだ。ヘタをすれば成長著しい小学生、または中学生にすら抜かれているなんて……、
(…………あったんだよなぁ……!)
ふ、と甥っ子の顔が浮かび上がる。そう、中学校に通う今年14歳になったばかりの、身長179センチの従兄弟の子供のことが。
(なんだよ179って?! オレが同じ歳のときって132で、順番なんて前から数えた方が早いぐらい……)
何やら目尻から水が流れ落ちそうになった迅は、天井を仰ぎ見て水分が零れないように――
「赤城ー、天井に何かあるのかー? 先生の授業よりも気になるものがな」
――していたら怒られた。
「あ、いや……これは、ですね……その……世の中の不条理に嘆いたというかなんというか……」
「そうか。なら充分嘆いただろうから、隣の幼馴染みを起こしてくれると先生助かるんだがなー」
「あ、はい……ごめんなさい」
寝てる彼方が怒られず、何でだよ……と心で愚痴りつつ涎の海を拡大させている幼馴染みの肩を揺すり起こす。
「おい彼方、起きろ!」
「ん~……ボクまだ眠いの……だから~寝る……くぅ……」
「いやいや先生に見つかってんだからさ、起きないと宿題とか出されるぞっ」
「やぁ~……ぅん…………じんが宿題やって……そしたらボクが楽できる~……にへへ……」
まったく起きようとする気配が見受けられない。どうするんだよ、これ……と頭を抱えている迅を、教師は宿題はもう出すんだがな、などと思いながら眺めていた。
授業が終わって三十分後、教室にはだらだらとお喋りに夢中になった生徒達のみ残り、他は部活に性をだすか、帰路に着くかそのまま寄り道に興じる。
「――柊、今日は冬にしては温かい方だから眠くなるのも分からないわけではないんだけどな」
「ですよね~。本当に今日は温かいから、ボクの意識は必然的に海原を泳ぐスイマーになるのも仕方ないんですよー」
「ああ、陽気は眠気を触発してしまうからな、仕方ない――――が、授業中に寝ていい理由にはならないんだぞ」
例外として職員室にて説教を受ける二人――迅と彼方が学校に未だ残っていた。
「いやー、すいませんでした。出来るかぎりは気をつけますが……睡魔に勝つ自信、ボクにはないです!」
ドヤ顔でそう言い切る生徒に、今年教師歴八年を迎えて初めて、頭を直に抱えてしまう生徒に直面した。
職員室にいる他の先生たちが苦笑や同情してくれている気配が伝わってくる。
「はあ……赤城も赤城だ。何だって授業中に天井なんか見上げていた?」
「あ、いえ…………諸事情により……ですね……あ、あはは……」
「要領を得ないな。何か言えないことでもあるのかー?」
「あ、先生、きっと迅はボクのこの自慢の鼻に嫉妬したり、中学生の甥っ子に身長追い抜かれたことに涙しただけだと思いますよ」
「何で全部わかったの!?」
「幼馴染みだし、迅って分かりやすいからねー」
「あ、そうですか……」
「お前らー、独身の俺の前でイチャイチャするなー」
このままだとコントが始まりそうだと予感した独身教師は、そう言った後に今後出来る限りの努力をしろと続けて二人を解放する。
その時に罰の宿題も忘れずに出し、迅と彼方をゲンナリとさせた。
「あ~あ、彼方のせいで宿題出されただろうが……」
「文句はボクじゃなくて、陽気な今日の天気に言ってほしいなー」
暖簾に腕遠しとはこのことか、と相変わらずの幼馴染みの少女に一つ深めの息を吐く。
「ったく……。で、今日どうする? 気晴らしにゲーセンとかカラオケにでも遊びに行くか?」
「宿題は? あとでボクの部屋でする?」
「ああ。オレの家だと姉貴が邪魔してくるからな」
「リタ姉さん、迅を可愛がってるだけだよ」
世の中で言うところのブラコンってやつ、とケラケラ笑い声を上げて迅をからかう。
彼には最近姉を苦手にしている伏がある。彼方はその理由を察していたりするのだが、それには触れないように気を使っていた。
理由自体は正直くだらないものだが、思春期ゆえだろう。なので今は温かく見守っておこう。
そう考えているなんて感じさせない笑みで、腕を組んでズンズンと歩を進めていく。
「お、おい、引っ張るな! ってか……あ、当たってんだよっ」
「やれやれ、わざと当ててるのが分からないの? イヤなら離すけどさ……あ、ちなみに先週の身体測定で82のCだったよ」
「し……Cカップ……って違う違う! 今そんな情報必要ないだろっ」
嬉しくないの、と小首を傾げて尋ねると、迅は頬を赤らめて明後日の方へと視線を向けた。
男だから仕方ないだろうと叫べないのは、なんだかんだで腕に感じるムニュムニュと形を変える柔らかな物体に意識を割いているからに他ならない。
「あははー♪ ほらほら、さっさと行くよー。遊ぶ時間が無くな――――――え?」
女の子として見られていることに気をよくした彼方は、元から細い目をさらに細くして歩きを再開しようとした。
だがしかし、突然足下に紅い紋様が浮かび上がったと同時に身体が動かなくなってしまう。
「なん……だ、これっ?! う、動けねぇっ!」
それは迅も一緒らしく、得体の知れないナニかに氷でも入れたように悪寒が背筋をヒヤリとさせる。
「じ……迅っ!!」
「か……彼方っ!!」
血のように赤い魔方陣らしきものが、より一層輝き始め、辺りを包む閃光が走る。
何も見えない中、二人は互いの名を叫び合う。
光が収まった後、そこには赤城迅と柊彼方の両名の姿は影も形も無かった――。
はーい、まだまだプロローグは続きます♪
うん、既に自分が最初に考えていたのとは違ってます。大丈夫なんだろうか……。