七話
「分かりましたか? 分かったのならば腕立て50回を今すぐにしてください。ええ、勇者であろうが勇者候補であろうが見合う罰を与えますので。終わるまで武器を選ばせませんので悪しからず」
「ちょっ!? オレはいいけど彼方は女なんだし少しは減らしてやってくれよっ」
「ふむ、では50回などやった内にも入らない数を出来る私は女ではないと?」
それは鍛えてるし本職なんだからと続ける迅に、カーリアンがM属性持ちなら「そんな目で視られちゃうと感じちゃうの~~っ」と身もだえしそうな冷めた眼差しを向けて何かしら言おうと口を開きかけたところで、
「…………あ……あの……そ、そんなのか、かん……関係ないんじゃないかな……」
遠くから見るとタダノ黒い塊にしか見えないだろうタダノが、何とか聞き取れるぐらいの声量で横からそう口にした。珍しい……と思えるほどに付き合いが長いわけではないのだが、あまり話したり喋ったりしないタイプで、口論にはまず参加もしないだろうと判断していた面々が少し驚きの表情を浮かべた。
だがそれは全員ではなく、少しばかり頭に血が上っていた迅は突然の横やりを入れてきたタダノを強く睨み付けた。
「ひ、ひぃっ……?!」
「あ˝ぁん! 関係ないって何がだ?! びびりが何が言いたいんだよ、言いたいことははっきり言えっ!」
「ひぎっ…………ぁ……ぁの……そ、の…………ご、ごめ…………」
声を荒げてビクビクと怯えるタダノにイラつき、ついには髪と一緒に胸倉を掴み上げてしまう。光魔やリーゼナルが制止の声を出すなかで、二人ほど冷めきった冷たい視線を迅に向けている。
「ちょっ、迅止めて! ボクのことで怒ってくれたのは素直に嬉しいところがあるんだけど、手を出しちゃダメ! お願いだから冷静になってっ」
背後から迅に抱き着いて止めに入る彼方の声で息を荒げながらも舌打ちをしてから手を離す。解放されたタダノがゲホゲホッと咳き込み、それを背中を擦って桜華が介抱する。彼方が迅を引きずって少し皆から離して頭を冷やさせている間に、リーゼナルとカーリアンが本日は中止して日を改めるかを談義しだす。
「別に日を改めないでもいいのではないかしら」
「確かトウカ=ノノミヤでしたね。その理由は何故でしょう?」
タダノが落ち着いてきたのを見て大丈夫と判断した桜華は話し合う二人にそう提案する。理由は何となく察しているが、タダノ同様自身のことを最低限しか語らない桜華のことを少しでも知るためにあえてそう聞き返す。
「勇者になると公言したのに実際のところその意味を理解していないそこの勇者のことでいちいち延期していたら、武器選びだけでどれだけの日数をかけることになるのでしょうね」
「確かにそうですね。ですが貴女は勇者になるとの発言をしていないのでしょう? なのに何故ことを進めようといった発言をするのですか? それとも――――」
「いいえ、まだ決めかねているわ。ただ、そこの愚者のために無為に時間を掛けられるのが我慢ならないだけ」
オブラートに包むこともしないその物言いに、離れていてもまったく聞こえないわけではないのでまた迅が沸騰しそうになっているが、桜華とカーリアンはガン無視である。放置プレイ……いや、何でもない。
「そう、残念ね。言質を取れなかったわ。でも私も同じ意見ね」
ガキの戯言に付き合っている時間ほど無駄なモノはあまりないものと辛辣な言葉を吐く辺り、迅への印象は最低ラインに留まっているようだ。一応国が勇者として扱うべき存在なので、視界に入れない、存在を認めないというところまでは行っていないのでまだ大丈夫……なのかはご本人にしか知らない。
もしくは迅のこれからの人間としての成長次第で変わるであろう。成長すれば、の話だが……。
「――では、迅は無視をして他の方々の武器選びをしていきましょう。ええ、本当にくだらないことで時間を無駄に消費してしまいましたがね」
「あの……彼も悪気――――いえ、先を続けて下さい」
光魔が一応のフォローを入れておこうとしたのだが、とても綺麗な笑みを向けられたので断念した。きっと彼には見えたのかもしれない、笑顔の裏が……。多分神様さえ足元にも及ばない女性の圧力という男性が逆らえないモノを。
リーゼナルがカーリアンの後ろでペコペコしているのだが、はて、どちらが補佐でどちらが市民の憧れの近衛騎士なのであろうか?
「私からいいかしら? 一応兄から護身のためにと色々と少し習っているの。薙刀や剣術などだけど……とりあえず槍ね」
薙刀は見たところ無いので形が近い武器である槍を選択すると、カーリアンが手に取って確かめてみてくださいと促してきたので手頃のサイズの槍を手に取る。先ほど迅が騒いでいた槍ではなくて、地球での槍投げ競技で女性が使用される一般的な長さ約七尺三寸――2.1メートル程の長さである。重さはこちらの方が圧倒的に重く5kgほど。あちらは飛距離を稼ぐための軽いものであり、こちらは相手を殺傷する武器としての槍なので重くて当たり前ではあるが。
「……使用していたのとはやはり重さも長さも違うわね、刀身は二尺といったところかしら。少し試しに振ってもいいかしら?」
頷きが返ってきたので皆から離れた場所に移動し、右前に構えてまず数度軽く振り感覚を掴む。習ってた際に使用していた鉛入りのと比べてもやや重い。最初の一振りは体が遠心力に持っていかれそうになり調整。二振り目で微調整、三振り目では体が振り回されてはいない。
桜華は一つ頷くと突きから始まり遠心力を使い力強く地に叩き付ける。槍は突くことが実際の攻撃法――ではない。どちらかというと相手を叩くだ。突くのは相手を柄部で打ち怯ませてから命を奪える必殺の一撃としての場合が主だろう。それでも人の血は脂なので刀身の切れ味が鈍るし、引き抜けない場合や抜けたとしてもその動作の間に斬り掛けられるので複数人との戦いでは下策だが。
「………何か違うわね」
「違うとは? 私から観て結構な腕前だと思いましたが……」
もちろんリーゼナルやカーリアンと比べると児戯に等しいのだが、ある程度腕の立つ一兵士以上はある。即戦力としてならまずは問題ないレベルだ。それに鍛えたら伸びしろが十分にある。長さでも重さでもないと桜華が返答するので二人からしたら何がダメなのかを判断出来ない。
「女性が槍とか薙刀とかありきたりだからよ。もちろん剣もだめね」
「「……は?」」
「いえ、ありきたりがダメってことではないの」
「「…………は?」」
「女性剣士とか女性槍術師とか好きよ? でもありふれ過ぎて新鮮味が無いわ」
「「……………………は?」」
「侍が刀を使うように、ヒーラーが杖を使うように、そんな当たり前ではなくて弓使いが剣を使うようなインパクトが欲しいわね」
「「…………………………はぁああぁっ???」」
桜華が何を言いたいのかがまったく理解出来ない、いや理解が追い付かない二人はとても間抜けな面を現在見せているのだが、桜華は全然気にしておらず、何がいいかしらと首を傾げている。傾げたいのはリーゼナルとカーリアンだろうに。
「鎖鎌とかヌンチャク……いや、それは何か違うわね。というかヌンチャクは造れても鎖鎌は無理そうね。だとすると双剣……これも使い古されてるわ。私の特徴というと――――幼女愛好家ね!」
キリッとした口調で言うことでは無い。いや、表情は変わらないのだがね。どこからか「お巡りさんこいつです」という声が聞こえてきそうだ。
「ダメね、幼女愛でどう戦えというの。まあ気合はもの凄く出るけれど」
とりあえず二人はブツブツ言っている桜華をスルーすることにした。たまに言っていることがヤバいのがあるが、諺でいうところの触らぬ神に祟りなしである。というか関わったら先ほどの迅よりも時間を無駄にしそうな予感がしたのでもう好きにさせておく。勝手にあとは自身で決めるだろう。
「幼女グッズを武器に! ……そんなこと出来るわけがないわ。だって愛でるものなのだから!!」