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星鳴のエシア  作者: 奏多
2章 欠けたもの
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7 逃亡

 怪しい色をしていた割に、薬の効きは良かった。


 熱が引いて歩ける程度になったため、リグリアスに連れられて、エシアは夜中のうちに村を出た。

 エシアを背負って行くため、リグリアスとエシアの荷物は金銭とわずかな食べ物だけだ。


 まだ島中を覆っている霧の中を、リグリアスは飛翼石という見慣れない青い石を使い、星振の力で空を飛んだ。

 青い幻の翼は二人を鳥のように飛び立たせ、滑空するように先へ進む。

 それを繰り返しながら霊峰スフィラに背を向けて港へ向かった。さすがにこの道具では、かなり距離の離れた他の島まで飛ぶことはできないからだ。

 村を飲み込むような森を出て、さらに一つ大きな丘を越えたところで、リグリアスは地上へ降りた。休むためだ。

 出発してからそれほど長く経ってはいない。だから霧の中を飛び続けていると衣服が湿り、さらに上空の冷たい空気のせいでエシアの体調が悪化することを危惧したのだろう。


(もう足手まといになってる)


 エシアは申し訳ない気持ちになった。

 けれど止めようとしたところで、リグリアスが素直に聞いてくれるような人ではないと知っている。頑固なのは昔から変わらないのだ。


「ごめんね、リグ」


 それでも謝らずにはいられなかった。リグリアスは淡々と応じる。


「謝る必要はない。俺がしたいからやってることだ」

「でも、動けない人間を抱えていくのは大変でしょう? だから……」


 続きは、リグリアスによって遮られた。

 よりかかっていた木に、勢い良く手をつかれた瞬間、振動と怒りの気配にエシアは思わずすくむ。


 怒られる。

 エシアはそう思ってぎゅっと目を閉じたが、自分を包む温もりに瞬きした。

 右手を幹についたまま、リグリアスは左手でエシアを抱え込み、彼女の肩に頭を預ける。


 一瞬、暑さも寒さも忘れた。

 自分を支える腕の感触と、肩にかかる頭の重み、そして首筋と頬に触れる髪に全ての意識が集中する。

 ややあってかっと発熱したみたいに体が熱くなった。寒かったのが嘘のようだ。

 頭が真っ白になって、何も考えられなくなったエシアはしばらくじっとしていた。

 するとゆっくり、この状態に慣れてきた。


(あったかい……)


 恥ずかしさのあまりに駆け巡った熱が引くと、エシアはじわりと染み込む暖かさにほっと目を閉じそうになる。空を飛んで、思ったよりも冷え切っていたのだろう。


「リグ……?」


 ようやく問うだけの余裕ができたが、名前を呼んだエシアの声を遮るように、リグリアスは言った。


「俺も少し疲れた。休ませてくれ」 


 それきり、リグリアスは黙り込む。

 休むにはどう考えても無理な体勢だと思う。けれどリグリアスも寒いのかもしれない。

 ……そう思うしかなかった。

 じゃないと期待してしまう。こんな時なのに、彼はエシアを好きだから助けてくれるのだと。好きだから死なせたくないと思って、こうして触れて欲しいと思っているのだと。


 今までにも何度も期待してきたのだ。

 その度に戸惑うような視線を向けられて、わずかに離れる距離を感じた。期待するのを止めると、リグリアスは安心したように『友達』の位置に戻ってくる。

 だからエシアは彼を抱きしめ返しても、背中を軽く叩いて『友達』であるように振る舞う。そうしながらも人の体温が心地よくて、眠りそうになりながらエシアは思い出していた。


 幼かった頃は、よくこうして二人で寄り添って眠った。

 小柄だったリグリアスは近所の少年達にいじめられやすくて、それをエシアが返り討ちにしては、ぐずぐすと落ち込むリグリアスを慰めているうちに、二人で眠ってしまうことが度々あった。


(あの頃に戻りたい)


 何も気づかず、ただ家族みたいに傍にいられた頃。そうしたら、友達のふりをするのがこんなにも辛くはなかっただろう。

 そしてもっと時間があれば、自分の心を昔へ戻せたかもしれない。


 けれどエシアの時間はたいして残されていないのだ。

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