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星鳴のエシア  作者: 奏多
2章 欠けたもの
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5 飲み込んだ物

 まぶたが熱かった。

 泣きそうな時と似ていて、そして胸が張り裂けそうに痛んでいた。

 でもなぜ自分は泣きそうになっているのだろう。胸が痛む理由さえわからない。

 何か夢をみていた気がする。かすかに頭の中に残ったその内容を、一つ一つ思い浮かべて忘れないようにしているうちに、意識が浮上する。

 目を開き、エシアはそのまま呆然とした。


「え……」


 一瞬、自分がどこにいるのか把握できなかった。

 眠る前まで見ていたのは、霧の晴れ間から見える空と赤茶けた山肌だった。けれど今目の前に見えるのはなじみ深い木の天井だ。

 あれは全て夢なのか。

 そう思いかけたが、いつもと違う音にはっと息を飲む。

 ささやかに。でも部屋の中を満たしている振動と音。星振せいしんだ。

 操る者によって変わる星叉環せいさかんの音色。弦の楽器を弾いたようなやわらかな響きにのせるように、聞き慣れた鼻歌が聞こえる。

 歌の主を捜して、エシアは起き上がろうとした。


「おっと、まだ起きない方がいい」


 言われるより先に、腹に力を入れても頭を持ち上げるのが精一杯だったエシアは、海潜樹かいせんじゅの葉を詰めた枕の上に逆戻りしていた。体に何かがまとわりつくようなだるさを感じて、体に力が入らない。

 吐く息が自分でも熱い気がする。風邪を引いて熱の出た時の目覚めによく似た感覚に似ていた。けれど相手が近づいてくれたので、その顔が見えるようになる。


「アクスト?」


 枯葉色の髪と金の瞳をした彼の顔が、なんだか懐かしく感じた。

 アクストが手に持っていた星叉環の回転を止める。

 そういえば彼は星振を使える人だった。その力はわずかだったため星振官になれず、人の体を治療する時に薬の助けとして使っているのだ。


「気分はどうだい?」

「なんか、体が重い……」

「痛みは?」


 エシアはちょっと考える。感覚が熱に浮かされた時のように鈍い。それでもどこか痛むようなことはないと確認し、うなずいてみせた。


「何? あたし風邪でも引いてるの?」


 この島に移り住んでから一度、風邪で寝込んだエシアをアクストが看病してくれたことがあった。が、一体誰が頼んでくれたのだろう、とエシアは考える。

 そもそもここは自分の家ではない。内装に覚えがあるので、アクストの家だとは分かる。

 でも、いつ自分はアクストの家へ来たのか。いつ村へ帰ったのだろう。


 そこでエシアが思い出したのは、あのレジオールという聖域の役人達を連れて、霊峰スフィラへ向かった事だ。

 けれどあれはきっと夢に違いない、とエシアは結論づけようとした。でなければ、こんなにゆっくりと横になっていられるわけがないからだ。

 しかしそんなエシアの思いを打ち壊したのは、おもむろに部屋に入ってきたリグリアスだった。


「様子はどうだ?」


 エシアが眠っていると思ったのだろう。静かな声でアクストに尋ねたリグリアスは、どこかから走ってきたのか、髪があちこち跳ねている。

 アクストがエシアを指さすと、ようやく目覚めていることに気付いたようだ。


「大丈夫か?」


 リグリアスがエシアの傍らに手をつき、覗き込んでくる。久しぶりに見た幼なじみが急に接近したことで、エシアは恥ずかしくて落ち着かない気持ちになる。

 そんなに顔を近づけないでほしいな、と。

 つい恥ずかしさに視線をそらせたエシアは、深緑のコートの下に着た、黒いジャケットや白いシャツに見覚えがある、と思った。何より腰に下げた剣。鞘から抜きはなった剣を持つ姿を、見たような……。


「エシア、レジオールに何をされた?」


 はっきりと記憶を呼び覚ましたのは、リグリアスのその一言だった。

 レジオール。

 霊峰スフィラへ案内した、聖域府の役人。

 そしてエシアが聖女を殺したと言った。遺体をどこにやったのか教えないのならと、島を壊そうとして。無我夢中で星の核をもぎとって、飲み込んで……。


「島! リグリアス、島は! 無事なの!?」


 まさか既に壊れた後で、エシアはまたリグリアスに助けられて別な島にいるのか。

 焦って飛び起きたエシアは、そのとたんにめまいがして吐き気がこみ上げる。


「落ち着け」


 そのままあっさりと彼に肩を押され、リグリアスに寝かされた。

 けれど確認しておかなければ安心できない。エシアはリグリアスの手を掴み、尋ねた。


「島は無事なの? あの人島を壊すって。星の核だっていう赤っぽい石を使おうとして」

「島を?」


 エシアは気持ちの悪さをこらえながらうなずいた。


「だから必死で星の核を奪って。だけど取り上げられそうになったから飲み込んで」


 リグリアスは目を大きく見開いて、つぶやいた。


「だからこんな……」

「あの後どうなったの? ここはリーレント? また島が壊れて、別な島にきてるんじゃ」


 教えて。

 そう訴えたエシアに、リグリアスは一度きつく目を閉じてからようやく答えてくれた。


「安心していい。ここはリーレントだ」

「本当? 良かった」


 ほっと息をつく。

 飲み込んだのが良かったのか、助けに来てくれたリグリアスが何とかしてくれたのか。どちらにせよ、島が無事ならば良い。

 周囲の人が死に、故郷を失うのなんて、一度だけで十分だ。

 ようやく安心できたエシアとは反対に、リグリアスは目に見えて悔しそうな表情をする。


「俺が離れたりしなければ……。あいつに気づいたのに」

「仕方ないリグリアス。それを言ったら、俺が奴の顔を知っていたらこんなことにはならなかったんだ」


 アクストにはリグリアスが悔しがる理由が分かっているようだ。リグリアスを宥める。


「しかし飲み込んだとはな。エシアがこの状態じゃなければ不味いことになってただろう。感謝していいのかどうか」

「でもこのままじゃ、レジオール達に気づかれる。それにエシアの体が保つかどうか……」

「何? 何なの?」


 二人の深刻そうな会話にエシアは首を傾げる。

 熱があるせいか、上手くものが考えられない。だから彼ら二人が何の話をしているのか、推測するのも億劫だった。

 リグリアスはエシアを見て、辛そうな表情をしたまま黙り込む。

 代わりに教えてくれたのはアクストだった。


「エシア、お前さんが飲み込んだ星の核の欠片は、それ自体が星振を発しているんだ。術の道具として使うだけならまだしも、飲み込めば体を形作っている星振に直接影響してしまう。お前の体をこわしかねない代物なんだよ」

「えっと、つまり……」


 アクストが簡潔な言葉で要約してくれる。


「死んでもおかしくなかった。命があるだけ僥倖だと思っとけ」


 言われて、ようやくエシアは自分が危機的状況だったことを知り、青くなった。

今後の展開的に、ちょっと酷さっぷりがマズイ感じなことを思い出しまして、

R15の表示を付け足しました。

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