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星鳴のエシア  作者: 奏多
5章 真実の記憶
27/31

~*~蘇り 2~*~

人によっては、グロ系と感じるかもしれない描写があります。

ご留意下さい。




「シュ、ナさま……」


 エシアの視線に、シュナも自分の腕を見下ろして息を飲んだ。

 シュナの腕が木の皮のように深い皺が刻まれていた。

 見る間にその表面が渇いていき、指先からは木の葉が芽吹く。

 肘から若い枝がのびて、天を目指して大きくなっていく。

 そして星振の音は鳴り続けていた。ころころと転がる鈴の音に合わせるように、枝は生長していく。


「やだ、やだ。星振が止まらない何で!?」


 シュナが泣きそうな顔をして叫んだ。

 彼女の足も木の表皮のように変わり、根が伸びて地面へと潜っていった。

 声もなく見つめていたエシアは、シュナの涙声にはっと我に返る。


「嫌だこんな姿になりたくない!」


 目が合ったシュナは、顔をそむける。


「見ないで、私を見ないで! なんで私、樹になろうとしているの!?」


 そう、樹だ。

 シュナは樹になろうとしている。

 肘から伸びた枝の他に、背中からも翼のように伸びた枝が、瞬く間にエシアの背を越えた高さになる。


「星振が狂うとこんな事になるの!? 聞いてない、聞いてないわ!」


 こんな姿で残るのは嫌だ。

 けれどエシアには何もできない。

 戸惑った末に、シュナを抱きしめた。

 シュナがすすり泣くのを聞きながら自分の無力さに唇を噛みしめていると、ふいに枯葉を蹴散らす勢いで走る足音が聞こえた。

 エシアは体をこわばらせる。ホーンの追っ手だろうか。それとも味方だろうか。

 けれどシュナもエシアも、どうにもできない。

 やがて現れた人を見て、シュナは絶望するように呟いた。


「リグリアス……」


 走ってエシア達を探したのだろう。リグリアスは荒く息をつきながら、エシアと樹に変わっていくシュナを見つめていた。


「シュナ……様」

「見ないで!」


 シュナが涙声で叫ぶ。リグリアスは痛みを感じたような表情で、うつむいて視線を背けた。


「どうしてこんな事に」


 エシアは首を横に振って「わからない」と呟くことしかできなかった。

 が、それに応じたのはリグリアスではなかった。


「ほぅ。噂には聞いていましたが、与太話かと思っていましたよ。体内の星の核の星振を制御できなくなった聖女が、樹になるというのは」


 左手を振り向くと、藍色のガウンと紅の肩掛けをしたホーンがいた。

 気づけば周りを囲まれている。


「くそっ!」


 不意を突かれたらしいリグリアスが、二人の警護官に腕を拘束された。

 ちりちりと震えるような星振の音がする。おそらくリグリアスは星振を使った力で、押さえ込まれてしまったのだ。

 一瞬で状況が激変し、エシアはついていけなくなる。

 シュナは樹になりかけで、リグリアスは身動きがとれない。エシアには何も出来ず、シュナの鈴のような星振を聞きながら泣きそうになっていた。

 その時だった。


「……え?」


 抱きしめたシュナからエシアの体へと、霧が流れ込んでくるような感覚があった。

 自分にまで根付くのだろうか、驚いて顔を上げたエシアの脳裏に、シュナの声が届いた。


『このままでは、みんな……』

「シュナ様?」


 シュナの方も驚いたようだ。


『あなた、私の言葉が聞こえるの?』

『みたいですけど、どうして。これ声じゃないですよね?』

『ええ』


 エシアが頭の中で思った言葉もまた、シュナに通じているようだ。

 はっと思いつき、慌ててエシアは自分の体を見回す。けれど根や枝がエシアに絡み、繋がっているわけではない。

 一体化してしたせいなどではないようだ。

 ではこれは何だろう?


『まさか』


 シュナはそう呟くと、星振を操ったようだった。

 鈴の音が音程を変えて響いたとたん、エシアの肩から腕へと風が体内を駆け抜ける感覚が走った。


「いたっ」


 指先にパチリと火花が散った気がした。


「な……何?」

『ねぇエシア、リグリアス達のことを見て教えて。もう私、自分の目が開けないの』

『わ、わかりました』


 目を閉じたままのシュナの顔を見て、エシアは後ろを振り返る。

 リグリアスは悔しげな目でこちらを見ている。ホーンは警護官の一人に何かを命じ、その警護官は剣を抜きはなって、こちらへ歩いてこようとしていた。


『これはまさか……分かったわ』


 シュナが何かを納得したらしい。今度はエシアに語りかけてきた。

 お願い、リグリアスを助けるために私の最後の頼みを聞いて、と。


『これからもわたしにリグリアスのことを教えて。あなたの目で見た彼を。あなたにほほえみかける彼を、あなたの目を通して見て、夢想するのを許して。こんな樹になってしまう女を、普通の女の子みたいに接してくれたあの人に、見つめられてると錯覚することだけは許して欲しいの』

『え? 何ですかそれ?』


 エシアには、シュナが何をする気なのか見当がつかなかった。不安で聞き返すが、シュナはその答えをくれなかった。


『だからあなたはちゃんとリグリアスと幸せにならなくちゃいけない。そのために、わたしはあなたを守るわ――助けてあげる。だから明け渡しなさい』


 さぁ、前を見て。


 訳がわからないまま、促されてエシアはホーン達の方を振り返った。

 剣を抜いた警護官がすぐ傍まで近づいていた。

 エシアの前で足を止めたところで、ホーンのあざけるような声が命じた。


「聖女と目撃者を殺せ」

『エシア、手を前に!』

「エシア! シュナ様!」


 ホーンとシュナ、リグリアスの声が耳と脳内とで一斉に聞こえた。

 エシアは混乱しながらもシュナの意のままに左手を警護官に向かって伸ばす。

 その瞬間、エシアは自分が中から爆発するのではないかと思うような圧力を感じた。


「やっ……!」


 悲鳴を上げた。

 大きくうねるような音と共に、千の鈴を鳴らす星振が耳にこだます。

 感じた事のない強い星振に、エシアは恐怖で目を閉じた。


 怖い、怖い、怖い!


 そんなエシアの思いを吹き飛ばすように、強い風が吹き荒れた。

 その場にうずくまるエシアは、もうシュナから手を離したのに自分にあるはずのない星振が体の中から発されることに震えた。


『エシア!』


 シュナの叱咤するような声が聞こえた。


「やだ怖い、シュナ様!」


 言い返したのと同時に、エシアの脳裏に沢山のシュナの思いが流れ込んでくる。

 シュナはエシアと心が繋がっていると気づいたこと。視界すら共有できていることを。

 そしてシュナの星振を、エシアを通じて振るっていること。

 聖女の力を騎士が取り出すのと似ている、とシュナが考えていること。

 けれど契約の元に行っているわけではない。エシアとシュナは、まるで体まで一つになったかのようだとシュナは感じているらしい。


 更にシュナの幼い頃の思い出がよぎる。

 聖女になるのだと教えているのは、シュナの母。

 彼女が先々代星振官長の家の縁者で、だから聖女選考を受ける資格があると語られ……。

 些末なものまで含めた情報量に、エシアの頭の中が真っ白になった。


(これは、何?)


 意識を失ったのは数秒だったと思う。ふと、エシアは我に返った。


「もう、止んだの?」


 シュナの声も聞こえない。恐ろしい量の記憶やシュナの思考も流れを止めている。

 他の物音は、うめき声だ。

 慌てて起き上がったエシアは、目を見開いた。


「なん……これは」


 もしここに太陽の光があれば、赤い血の海が見えただろう。吐き気がこみ上げるほどの血臭が、辺り一面に漂っている。

 倒れ伏した人は、黒く見える血に染まって影がうごめいているようだ。警護官達も、あのホーンもまた折り重なるようにして地面に横たわっている。


「エシア、大丈夫か!?」


 抱き起こされる。振り返るとリグリアスの焦った表情が見えた。彼は拘束から逃れたのだ。

 震える腕でリグリアスの服を掴んだ。怖かった、けれど彼が助かってよかった。そう思ってほっとしかけた時だった。


『ああ、リグリアス』


 シュナの声が聞こえた。自分が呼びかけられたかのように、喜ぶ声。


『本当に私、エシアと繋がっているのね。貴方が私に呼びかけているように見える。私はエシアと同化してるみたい』


 歓喜する心と共に、再びシュナの思いが流れ込んできた。

 ゆるんだ心を、シュナの喜びの声が飲み込んでいく。


「やだっ、怖い、やめてシュナ様!」


 流されるように自分も喜んでいると錯覚しかけながら、でも恐怖で手足が震えているのだ。

 千々に乱れる感情を、さらにかき回すようにシュナの別な記憶が押し寄せてきた。

 自分の感情がわからなくなって――――気が狂いそうになって。


「やだぁぁぁっ!」


 悲鳴は、自分を保つためのものだったのかもしれない。

 驚いたようにシュナの気持ちがふつりと途絶える。

 それを感じた途端、エシアは意識を失った。

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