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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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年下美人タレント♂との初デート、支配系社長は今日も振り回される

作者: しち
掲載日:2026/09/05

「シャチョー、俺デートする」


 天井を、というより虚空をぼんやり見つめて累が言う。まだ互いの体温がそれぞれの身体に残っている状態で何を──。剣崎は褐色の薄い胸が上下するのを見ながら低く尋ねた。


「誰と」

「……誰だっけ」

「なんだそれ」

「えーと、なんか……女優?アイドル?今朝ドラ出てる子いるじゃん、主演じゃなくて四番手くらいの、オスカーかどっかの」

「……仕事?」

「たりめーじゃん。なんで俺が知らん女とプラベデートすんだよ」


 その場で電話してマネージャーにも確認をとりつつ圧倒的言葉足らずを埋めていくと、累に恋愛バラエティの単発仕事が舞い込んだらしい。主に十代二十代の初対面同士の男女がデートする様子を追う、という企画で、ベタではあるが若者を中心に人気の番組だ。


「遊園地行くんだってさ」

「ああ」


 欠伸をしながら累が言う。シーツの上、身軽に身体を動かしうつ伏せになって。伸びをする猫みたいだな、と思い顎下に手を伸ばす。それを抵抗することなく受け入れくすぐったそうに笑ったあと、累は不意に真顔になった。


「でもさ、俺行ったことないんだよね」

「デート?」

「もだけど、遊園地」

「……」


 当たり前のように口にした事実への感想が浮かぶ前に、剣崎は思わず口にしていた。累といると、思わず、が多すぎる。微かな不満と、小さな満足を感じながら。


「行くか、遊園地」




 都内にある昔ながらのファミリー向け遊園地には高速に乗れば1時間もかからずに着いた。ロケ地はまだ決まってないらしいが、オーソドックスな作りなので予習にはいいだろう。


 車内でもいつも通りの態度で「溢すなよ」「はいはーい、社長も食う?」「いらん」持参したスナック菓子を口にしていた累は、それでも少しは楽しみにしていたらしい。

「斉藤さんも行ったことあるって」「ジェットコースターは一番前に乗った方がスリルあるらしいよ」と思い出したように話して剣崎を微笑ませた。


「ほら」


 窓口でチケットを買ってやり、累に渡す。「行くぞ」フリーパスのリストバンドを手首に巻かれた累は物珍しげにそれを見ている。累が立ち止まったので後ろがつかえて、剣崎は累の腕を引いて歩いた。

 累の後ろにいた大学生風の男女のグループが、まだリストバンドに気を取られながらのろのろと歩き出した累に視線をやって何かを囁いている。常日頃一緒にいるので麻痺してくるが、たとえ累を知らない人間にも累の特別さは瞬時に伝わるだろう。顔の小ささ、等身や骨格からして普通と違うのだ。平日の午後は空いているかと思いきや、過ごしやすい季節だからか思ったより混んでいる。剣崎は後部座席に置きっぱなしになっていた黒いキャップを累に被せた。


「いいよ、暑い」

「暑いなら余計に被っとけ」

「へいへい」


 可愛くない返事に苦笑して、パンフレットを渡してやる。「何から乗りたい?」尋ねた剣崎に「これ」累が指さしたのは、この遊園地の目玉のジェットコースターだった。





「……」


 轟音、爆風、急降下。

 ジェットコースターは速度をやや緩やかにして元の場所に戻ってきた。


「累、降りるぞ」


 安全バーを握ったまま目を大きく見開いた累の前髪を直してやる。剣崎に触れられて、ようやく再起動したように長い睫毛がわずかに震えた。


(情報量いっぱい、って顔だな)


 頬が緩むのを抑えて、手を差し伸べる。累は素直にそれをきゅ、と握ってしばらく離さなかった。


「怖かったか?」

「……」

「いきなりすぎたか。何かゆっくりした乗り物でも乗るか」


 パンフレットに視線を落とすと、シャツを引っ張られる感覚に足を止める。累は剣崎の裾を引き、静かだがはっきりとした声で言った。


「もう一回」

「……は?」

「さっきの、もう一回乗りたい」


 猫目に光が宿り、は、っとするほど輝く。「次は一番前がいい」「分かった、乗って来い。ここで待ってるから」「やだ。剣崎も行こ」「俺は……」

 仕事絡みでは見たことのない、懇願するような目。おもちゃを買って欲しい子どもの、ある意味で腹が決まったような強い眼差し。買ってくれるまでここを動かない。赤い唇がきゅ、と結ばれる。


「累」

「剣崎と乗る」

「……」

「ふたりで来たのに、ひとりで行けなんて言うなよ」


 轟音、爆風、急降下。


 さっきより速度が増してる気がする。気のせいか。これ何回目だ、剣崎は心の中で指を降り、途端コースターが大きく横に振れたせいで累の身体の重みを受け止めながら諦める。


 慣れてきた累が笑い声を上げる。からっとした、屈託のない笑い声だ。情報量いっぱい、のフリーズした顔も愛らしかったが、印象的な目をキュ、と閉じて笑っている顔も好ましい。前に座ったカップルが走行中に動画を撮ろうとする時だけ手で頭を下げさせたが、累は文句を言わなかった。「次こそ最前列」と当たり前のように列に並ばれて絶句するが、今日一日は累のお供になろうと腹を括った剣崎は、走行中は脱がせていたキャップを律儀に被せるのだった。



「コップが回ってる」

「あれも乗り物だ」

「乗る」


「これ回していい?」

「……ほどほどにな」


 中央のハンドルを、目を輝かせて限界まで回す累。自分たちのカップだけ別の乗り物のような動きを見せている。集めたくもない周囲の視線を感じながら、「ちょっと待て、累」とハンドルを握る累に手を重ねる。


「ねぇこれどうなったら勝ち?」

「勝ち負けではない」


 相変わらずの子ども体温が心地良く、三半規管を容赦なく揺さぶられながら重ねた手を握るようにして訊く。


「累、楽しいか」

「目ぇ回る」

「俺もだ」



「あれ馬?」

「だな、一回挟んでくれると助かる」

「なんでそんなフラついてんの社長」


 どの口が言う、と思いながら、スタスタ歩いて行く累を追う。細いのに思いの外体幹がしっかりしていて、バランス感覚が良い。やったこともないダンスがそこそこ出来るはずだな、と思いながらしなやかな長い脚が迷いなくメリーゴーランドに向かうのを見つめた。


「どいつが速いかな」

「どいつも変わらん」

「じゃあこいつにしよ」


 手を差し出すと、累はきょとんとした目で見る。


「エスコート。デートするんだろ?」

「うん」

「女性相手ならこれくらいした方がいいだろ」

「あんたもするの?」

「まさか」


 がし、と思いの外強い力で握って、累がふわりと馬に乗る。ファンシーな乗り物に乗った黒髪の蠱惑的な男。案外絵になるな、と思いつつ剣崎は後ろに下がる。


「何、乗らないの」

「さっきので吐きそうだから見てる」

「えーまぁいいか。とっとと治せよ」


 唇を尖らせながら、動き始めたメリーゴーランドに気を取られた様子の累を外に出て見つめる。ポケットからスマホを取り出し、何枚か写真を撮った。マネージャーならSNSに、と考えるところだろうが、誰にも見せたくない、とも思ってしまう。経営者失格かもしれないが、今更だろう。剣崎は苦笑する。


 剣崎を見つけるたびにちゃんと見てるか、とばかりにこちらをじ、と見つめる累に、スマホをポケットにしまって軽く手を上げた。




「次はぁ……あれ!」

「まぁ、いいんじゃないか」

「これ無免でも乗れんの?」

「ちゃんと見ろ、子どもも乗ってるだろ」


 累が次に向かったのはゴーカートだった。これなら回されることも落とされることもなく、慣れた運転をするだけでいい。どこかホッとしながら、車に乗り込む累の後ろの車に乗り込む。

 子ども向けのものと違って、こちらはコースを走る本格的なものだった。ヘルメットを被り、それぞれ係員の説明を聞いて、スタートする。一瞬のうちにグン、と加速する車体、あっという間に小さくなる背中に目を見開く。


 剣崎自身もそう運転が下手な方ではないと自負しているが、三周した累が満足して車から降りた時、思わず長く息を吐いた。広げた掌に汗がじわ、と滲む。それを見て思う。張り付いていても仕方ないのに何かあったら、と思うと加速が止められなかった。その上で、ついていくのに精一杯だった、と。



「お前、免許取るなよ」

「何で。俺上手かったでしょ?」


 上手かった。初心者とは思えないハンドル捌きと急カーブでも加速を恐れない度胸。累に説明をした、レース好きらしい中年の係員も興奮していた。ある程度訓練したらカーレーサーとしての才能も開花するかもしれない、と素直に思う。この男の持つ可能性に、興奮もし、畏れも抱く。マネジメントの責任者、管理者。自ら望んでその位置にいるとはいえ、累に対して特別な想いを抱き始めた剣崎には重たい任務だ。


「だからだ、危ない」

「……わかんないけど、いいや。俺社長の車乗んの好きだし」


 腹減ったなー、呑気に言って、累がのんびりと歩く。人の気も知らないで、と思うと煙草が恋しくなって、「累、ちょっと待ってろ」声を掛けると累が止まった。


「ねぇ、あれ何」


 乗り物に囲まれた十数メートル四方の広場で、数体の着ぐるみが踊っている。『わくわくなかよしショー』と銘打ったそれは、おそらく遊園地のキャラクターによるパレード的なものだろう。しかしそのキャラクターが、妙だった。犬なのか猿なのかうさぎなのか、よく分からない緑色の生き物であったり、細長い謎の果物のようであったり、スカートを履いた毛むくじゃらのモンスターであったりした。正直可愛くない。子どもの客もどこか引いていて、遠巻きに見つめている。抱き上げられそうになって泣いている子もいる。ラテンとワルツが混じったような陽気な音楽が、コンテンポラリーなダンスの珍妙さを引き立てている。


「ねぇあれ何、社長」

「知らん」

「あの長いの、うなぎ?」

「遊園地のキャラクターで?うなぎなら水族館だろ」

「じゃあ何なの」

「だから知らん」


 累は目を大きくして、熱心に見入っている。その手が剣崎のシャツを掴んで離さないので、結局剣崎は煙草を吸いに行くチャンスを逃した。




「よく食うな」

「若いからね」


 二個目のハンバーガーに齧り付く累を見て苦笑する。確かに累は朝こそ弱いが昼夜はこの細い身体のどこに、と驚くほどよく食べる。「企画の時は一応財布持って来いよ」と言いながらいつものように買ってやり、外に置かれたテーブルで剣崎はカレーを食べる。先ほどポテトを鳩に狙われた累は足元の生き物に警戒しながら豪快にがっついている。野生児、という言葉が頭に浮かんで、子どもの頃はちゃんと食えてたのだろうか、と一瞬頭を支配した邪推を振り切るように管理者らしい声を作る。


「ほらサラダ、野菜も食えよ」

「ポテト食ってる。あとコーンも」

「とうもろこしは穀物だ」

「あ、マクドナルドに怒られるよ社長」


 軽口を叩く累は悪戯っぽい目で満足そうに笑っている。ずっと腹一杯になるまで食べて、こんなふうにガキくさく笑っていてくれればいい。できれば自分の傍で──。


「シャチョー?」

「悪い、煙草」


 何かに囚われそうな自分に、まだ抵抗している自分がいる。この期に及んで、なんて自嘲を振り切るように、喫煙所に着いたいつもより深く紫煙を吸い込んだ。



 累の元に戻ると、鳩にポテトのクズをやっていた累は剣崎を睨んだ。


「おせぇよ」

「そうか?」

「もう俺食い終わった」

「ああ」

「ひとりで、食べんの好きじゃない」


 累はポテトの入っていた紙袋をくしゃ、と握った。たぶん、初めてジェットコースターに乗ったあと剣崎の手を握った同じ強さで。


「……悪い」

「前からだけど……でもあんたが、いっぱいそばにいるから余計にそうなったんだ」

「……累、」

「責任、取れよな」


 剣崎は手を伸ばす。累の頬はしっとりと冷たい。真っ直ぐに自分を睨むアーモンドアイが、濡れていないことにどうかしていると思うほどホッとしながら、「ああ」と掌の愛しさを、撫でた。


「取るよ」

「……じゃあ、行こ」


 累が立ち上がり、剣崎の腕を引く。


「次あれ乗るから」


 ただ上昇して真っ直ぐに落ちる、シンプルな乗り物を指さして累が言う。


「食後に乗るもんじゃないと思うが」

「うっさいずっと考えてたんだ、帰ってきたらあれ乗ろうって」

「俺は下で」

「責任取るって言った」

「あれは、こういうことじゃない」


 押し切られるように座り、死んだ目で黙って上昇に従う。足をブラブラさせて、累はさっきまで怒っていたことを忘れたように剣崎を覗き込む。


「あのさ、あんたあんまこういうの好きじゃないだろ」

「分かってるなら乗せるな」

「分かってるから乗せたんだ」

「いい性格してるな」

「あんたが、俺のために」


 累は言葉を切る。限界まで上昇したフリーフォールは頂上で不気味に静止した。風が吹いて、累の髪が乱れる。累の唇が、穏やかに上がった。


「うれしい、から」


 僅かな間、そして落下。あ、という間に地上に、地上一歩手前まで、落ちる。


「…………っ!」


 思わず俯いた剣崎の横で聞いたことのない爆笑が聴こえる。


「ヤバい、社長今ちょっと見たことない顔してた」

「……」

「怖かったの?」

「これ怖くない奴はどっか壊れてる」

「ふはは!駄目だよそんなこと言ったらもっかい乗りたくなんじゃん」


 勘弁しろ、と横を睨むと、足をバタつかせ涙を浮かべて笑う累がいる。行為中何度も見てきた涙と、白日の下笑いすぎて浮かべるそれが同じ成分だとは信じられなくて、思わず唇を寄せそうになる自分をグッと堪えた。




「おばけ屋敷、って名前がもうあんま怖くないよね」

「死霊館」

「あ、ちょっとマシ」


 暗い通路を、累は夜目が効く猫のようにひょいひょい歩く。しかし迷いのない足取りとは裏腹に、普通に壁にぶつかっている。


「馬鹿、危ない」


 捕まえて、暗いのをいいことに肩を抱く。「……歩きづらい」「歩きづらいくらいの方がいいだろ、お前は」放っておくとどんどん先に行く。それでいい。それでいいが、こんな時くらいは。

 累は静かに腕を外して、手を握った。


「こっちがいい」

「……」

「あんたの手、安心、するから」

「そうか」

「ところでさ」

「何だ」

「さっきからバンバンお化け出てるけど怖くないの?」

「ああ、まぁ。お前は?」

「特殊メイクめんどくさそう」

「……ホラーもありかもな。その顔が映える」

「やだよめんどくさいらしいじゃん、お祈りとか、地方ロケとか」

「今度東邦の担当者と話してみるか」

「お化け屋敷で仕事の話してんのあんたくらいじゃない?うわっ!」


 べちゃ、と濡れたこんにゃくのようなものが顔に当たって、累が剣崎の腕にしがみついた。


「ふ、こんなのにビビって」

「うるさい、いきなりだったんだ」

「いきなりだろ、お化け屋敷なんだから」


 しがみついた体温が離れて行くのが名残惜しく、少し歩みを緩める剣崎に、累は多少弱気になったのか「ねぇ地方ロケだったらあんたも来てよ?」と少し心細そうな声を出した。


「スケジュールが合えばな」

「絶対だよ?」

「……ああ」



 空が橙色に染まるとともに閉園時間が近づき、累がわずかに目を細めて見上げたのは観覧車だった。「乗るか?」腕時計を見て剣崎が声を掛けると、小さく頷く。

「ほら」


 ゴンドラに乗り込む累の腰に手を添え促すと、不思議そうに振り返る。「相手を先に乗せる」「それもデートの作法?」「まぁ」


 ゴンドラはゆっくりと上昇していく。累は物珍しそうに窓から外を見て、「人ちっさ」と呟く。口数は少ない。流石に疲れたのか、と剣崎もあえて話しかけることはしなかった。


「あ、これ乗ったことあるかもしれないわ」


 累が口にしたのは、頂上より僅かに低い位置で、だった。


「母親と彼氏と。遊園地っつうか、なんか広い買い物するとこと遊ぶとこが一緒になった施設みたいなの来て」

「そうか」

「二人でどっか行くからしばらくこれ乗ってて、って言われて乗った、気がする」


 なんか知ってる感じしたんだよなー、と何でもないことのように言う累に、剣崎はあえて腹の力を抜くようにふ、と息を吐いた。累はそんな剣崎をよそに他のゴンドラを見て「あ、キスしてる」呑気な声を上げている。


「これってそのためのもん?」

「まぁ、そういう側面もなくはない」

「ふうん」


 そして何かを思いついたように剣崎の隣に移動して、下から掬うように唇を近づけた。それはちゅ、と音を立てて掠める。


「何だ」

「いや、やっといた方が得かなって」

「……」

「あとお礼、みたいな?今日、ありがとね。これで妙なことしないで済むわ。や、上手くできるかはまだわかんねーけ、ど」

「真似、するなよ」


 剣崎は累の肩を抱き寄せる。今日一日、累に典型的な遊園地デート、を教えたつもりだった。いつの間にか自分も素で楽しんではしまったが。でも今からのこれは──。絶対に真似して欲しくない。管理者でも保護者でもない、自分の欲望だけだから。


「ん……っ」


 啄んで、微かに開いた唇に舌を差し入れる。ビクリと震えた肩を強く抱き寄せ、腰も、舌も、逃がさない。深く絡めて、流し込んで、呑み込む。今日、たった一日で蓄積した狂おしい愛しさを、累自身にも叩き込むように。


 ぶるりと累が震えた。若い欲望に、悪戯に火をつけてしまったかもしれない。けれど、止まれなかった。


「は……っ、けんざ、き……」

「累……、可愛いな」


 唇の端から溢れたどちらのものかも分からない雫も、とろりと溶けた瞳が湛えた生理的なそれすらも、舐め取ってしまいたい。

 剣崎は視界の端で地上が近づいて来るのを認めて、どうにか欲望を抑えて唇を離した。


「ふ、ぁ……」

「悪い、もう着くから」

「ん……」


 ガタン、とゴンドラが揺れて「ありがとうございまし、」業務的に累を見た係員の動きが止まった。剣崎は後ろから、またキャップを深く被せる。


「……なに」

「別に」

「暑い」

「まだ駄目だ。しばらくそうしてろ」


 足がもつれた累の腕を握って、剣崎は歩く。


「ねぇあれって」

「え、こんなとこいる?」

「撮影とか?」


 観覧車乗り場から囁くような声が聞こえて、累が脱ぎかけたキャップをまた深く被せた。




 帰り際、出口付近のショップで足を止めた累が見つめているのは、あのよく分からないキャラクターのぬいぐるみだ。


「欲しいのか?」

「べつに」

「可愛くないしな」

「うん」


 同意しながら、動かない。剣崎は息を吐いて、「ここで待ってろ。帽子脱ぐなよ」大量に積まれたぬいぐるみの中から一体を抜き取り、レジへと向かった。


「ほら」


「ぜんぜん可愛くない」

「そんなの分かってただろ」

「うん、分かってた」

「帰るか」

「うん」


 何なのかも分からない、生物なのか、無生物なのか。そんなぬいぐるみを抱いて、累は微かに、柔らかく笑った。



 帰り道、高速に向かう最初の信号待ちの頃には累は静かに眠っていた。その腕の中にはよく分からない細長い生き物がいて、剣崎はふ、と頬を緩める。


「楽しかったな」


 思わず呟いた声は、眠る累には届かない。それでいいと思った。それが、いいと思った。

 これは管理者でも保護者でもない、自分自身の感情だから。


 

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