栄光と幻と・・・後編
チリチリと前髪が騒めくような感じがする。
バッターボックスに立つ相手は、俺の方を見て笑ったように見えた。
・・・俺を狙って打ってくるな・・・。
確信めいた予感が頭を過り、グラブを握りなおして、つま先に力を込める。
一歩でも早く動いて、加速をつけてやる・・・。
投球と同時に一歩目を、バットがボールを捉える瞬間には二歩目を。甲高い音を残して、俺の頭上を抜けるコースに打球が飛び始める時には三歩目を踏みしめてジャンプ。
すっかり女の子になった身体を思いっきり伸ばし、腕も男の頃よりも短くなったのを伸ばせるだけ伸ばして・・・。
パアァァァンっ!!と、グラブが音を響かせる。
『よしっ!!』
親友君が叫ぶと、二塁のカバーに入るのが目に入った。
態勢崩して倒れないように着地をすると、俺の頭上を抜けると信じて走って来た走者がすぐ隣に。
腕を伸ばしてタッチして、そのまま身体を反転させて二塁へ送球する。
『親友君っ!』
嘗て何度も練習した守備を、ここで失敗する訳もない。
親友君がボールを受けると、慌てて塁に戻って来た走者にタッチをする。
『『よっしゃーっ!!』』
逆転サヨナラも有りうる場面で、トリプルプレーで試合終了。
親友君と俺は抱き合って喜びを爆発させる。
他のチームメイトも、走って来て俺たちの抱き着き、もみくちゃにしてくれる。
皆が涙を流しながら、大声で笑ってた・・・。
俺も親友君も、泣きながら笑ってた・・・。
・・・あぁ、夢か・・・。
懐かしい・・・大好きだった野球の夢か・・・。
あの時は、これが人生最高の瞬間だと思ってたけど・・・。
瞼が熱く、目を閉じていても涙が溢れているのが判る。
楽しかったな・・・。
もう一度、野球がやりたかったな・・・。
そんな思いが頭を過ったものの、小さな声が俺の目を開かせる。
『おかあしゃん・・・泣いてるの?・・・怖い夢見たの?それとも、お腹痛い??』
涙で曇った目の先には、このあいだ3歳になったばかりの娘ちゃんが、心配そうな顔で俺を・・・私を見ている。
あぁ・・・こんな可愛い娘がいるのに、昔の夢で泣くなんて・・・。
私は涙を拭くこともなく、小さな声で娘ちゃんの耳元で囁く。
『大丈夫・・・。ちょっと夢を見たのよ・・・昔の・・・懐かしい夢を』
そして、娘ちゃんをそっと抱きしめてあげる。
『おかあしゃん・・・』
『ふふ・・・大丈夫。だから、もうおやすみなさい。お父さんは疲れてるから、起こさないようにね・・・』
『うん・・・おやすみなさい、おかあしゃん・・・』
目を閉じ、すうすうと小さな寝息を立てる娘ちゃんを愛でながら、私も目を閉じる。
さようなら、昔の俺・・・。娘ちゃんとお腹にいる弟くんが・・・授けてくれた旦那さんが、私の幸せの総てだよ。
また夢の中で・・・
また会おうね、親友君・・・。




