「『愛』なんてないから」
甘美な初夜から一週間がたった日、僕は呱々呂さんの家に来ていた。
あの日から呱々呂さんの家に行く為、お金を貯めていた。
ピーンポーン
僕はチャイムを鳴らした。ガタっと音が鳴りドアが開き呱々呂さんが出てくる。
「いらっしゃい。」
僕は何を言われるでもなく封筒をだし呱々呂さんに渡す。
呱々呂さんも何も言わず、封筒を受け取り優しく微笑む。
「おいで。」
あの日から、呱々呂さんの声が心做しか優しく甘く聞こえてくる。
僕はクスリと快楽に壊された体で、部屋に上がる。
クスリを隠すアロマの匂いが、既に快楽を脳に伝える。
度々の行為により、パブロフ現象が起こっていた。
今の僕は犬と言うよりも玩具だ。
ショーケースに飾られた見世物の愛玩具。
まるで犬のようにしっぽを振り、餌を求めるが、そんな僕を呱々呂さんはドール人形を愛でるように鑑賞する。
僕らの関係は日に日に退廃的になっている、心を縛られ、心を縛る、首輪をつけられ、心に媚薬を盛られる。
主従関係は日に日に強くなっていき、全てを捧げるようになった。
家にあるものは全て売り払って、お金に変えて貢ぐ。
呱々呂さんが用意してくれた服に合わせてなれないメイクをしてみる。
元々器用だったため、思ったより上手く行き、呱々呂さんを喜ばせることに成功した。
そうして、呱々呂さんも何時しか僕だけを見てくれるようになった。
そうして僕達は、お互いに依存試合、主従関係を強めた。
「そういえばさ、やながたくんって、学校で何やってるの?」
クスリを売ってくれた後呱々呂さんは学校のことを聞いてきた。
「学校ですか……あー。がっこうは……」
僕は口を紡いでしまう。
虐められていたこと、虐めてきた人の人生を壊したこと、そのほかにも、人を使い人を人を壊したこと。
好きな人には到底見せられない歪で醜い欲望が学校にはあって、口をつぐんでしまう。
目の前の人は、それでも受け入れるように、優しく微笑んでいる。
「あの、えっと。じつは……」
僕はこれまでのことを少しづつはなす。
彼岸しの、花束つぼみ、水無月しあ、紫陽花あお。そして花野小路花乃。出会ってあった出来事を、ぽつぽつとゆっくりと降る雨のように話していく。
その間も呱々呂さんは穏やかにニコニコと話を聞いてくれていた。
それが勇気を呼び、ありのままを話していく。
花束つぼみの事を最初に話して、水無月しあを次に話す、花野小路花乃はその次。そして紫陽花あおとの一幕を語る。
最後に勇気を振り絞り彼岸しの、彼女の話をする。
イビツで歪んでいる自分と彼女の関係を一つ一つ振り返るように、丁寧に、語っていく。
嫌なことも良いことも快楽も不快だったこともすべてを語っていく。
途中に入ってくる「うん。」や「それで。」という相槌が優しく響きすべてを引き出してくる。
彼の優しい甘い声が、僕のこころすら、裸にしてしまう。
いじめられていた過去、と、彼女を壊した過去そのすべてをさらけ出し彼に伝えた。
その一幕を語り終えた時気づけば僕の人生のすべてを語っていた。
気づかぬうちに、こころは剥され、柔い本心と事実がむき出しになる。
「これで、最後です。」
僕は語り終えたと表明するため。最後だと口に出す。
「……」
呱々呂さんは何かを考えているようだった。
ただ、真剣な、というより、にやりと何かを企んでいるような表情。
それは、僕と花野小路花乃を徹底的に堕としたあの日のような目で。
本能的な恐怖か、あるいは、過去の経験からの予測か、僕の背筋には嫌な汗がにじんでいく。
そうして、その予感は当たっていた、呱々呂さんの口が開き、全身に嫌な思考が回っていく。
「その子、完全に壊しちゃおっか。」
呱々呂さんは軽い調子でこう言った。
「ぼくさ、虐めとか嫌いなんだよね。漫画でも勧善懲悪モノしか見ないし、だからさ、彼女懲らしめよっか。だって、やながたくんの話だと彼女は今シアワセなんでしょ。それは、いけないよ。」
「悪は、懲らしめないと。」
彼は思ってもいないことを、ただ面白そうだという理由で、それらしく話す。
僕は、彼がやりたいと言った時点で、やるということは、決まっていたが、どうにも心が痛んでいく。
虐められて。やり返して、壊した。
そんな彼女にも情があった。壊した責任に近い何かがあった。
それを、自分で壊せと言われ、嫌が応にも認識させられてしまう。
「わかり……ました。」
僕は心がきゅうきゅうといたみはじめる。それと同時に、今まで感じたことないほどの快楽が、襲ってくる。
大事だと思っていなかった。隠れていた感情を無理やり引き出され、それを自分の手で壊せと命令される。
とても、興奮した。
僕は彼に言われた通り彼岸しの、彼女に、メッセージを送る。
メッセージを打ち込んでいる途中に呱々呂さんが何かひらめいたように「あ!」と声をあげる。
「この写真も送ってよ。」
と僕と彼の初夜の写真が送られてくる。
僕は羞恥と胸の痛みが同時に来るが、わかりました。と了承し送られた写真も添える。
久しぶりの彼女とのメッセージに、僕はこう送った。
「『愛』なんてないから」
バンッ
それを送った直後、家の中に人が入ってくる。
何事かと、慌ててそっちの方を見ると、そこには、警察とその近くに花束つぼみと水無月しあがいた。
ピコン
呱々呂さんは大勢の警察に取り押さえられながら、「やめろ、やめろ!」と叫んでいる。
警察たちは瞬時にクスリなどの危険物を押収していく。
ピコン
そして、スマートフォンには多すぎてなり切れないぐらいの通知音が鳴っている。
「大丈夫ですか。」
多分警察であろう、男に声をかけられたが、驚きとショックで体が動かない。
男は、僕に注射跡があることを確認し顔色を変え僕を、パトカーに乗せる。
抵抗もできず僕はただ、呱々呂さんの方をみていた。
「おい!やめろ、捕まりたくない、やめろ、やめろ!俺は特別なんだ。呱々呂だぞ、あの蜜蜂呱々呂だぞ!」
呱々呂さんはいつもの落ち着いた調子ではなく、まるで泣き崩れる赤子みたいな、無様でみっともなく、まるで子悪党のように喚いていた。
ここからの記憶はもう断片的なものしかなく、僕はパトカーに運ばれ、取り調べをされていた。
「いいひと……だったんです。犯罪かもしれないけど。優しいところもあったんです……」
僕と警察の会話はこの調子で、困った警察の判断により僕は精神病院に送られた。
その後、先生や警察から聞いた話によると呱々呂さんは捕まってしまったらしい。
僕は面会がしたいと、先生に話を通し、面会室に来ていた。
「呱々呂さん……」
呱々呂さんはあの優しかった表情はやさぐれていて、入ってきた僕をすごくにらんでいた。
「あの……」
「なんで助けなかった!」
僕が言葉をつむぎかけた瞬間怒号が鳴り響く。
「どうして助けなかった、お前のことをあんなにかわいがっただろ!どうして見たままだった!お前が一人でも殺して、時間を稼げばよかっただろ!」
「あ……ごめんなさい……ごめんなさい…………ごめんなさい……ごめんなさい……」
僕は謝ることしかできず、それを見ていた警官が呱々呂さんをつかみ部屋から出そうとする。
呱々呂さんが部屋からでる直前、僕をにらみつけぼそりとつぶやく。
「愛なんて、ねーから。」
僕はその場に崩れ落ちた。
「……ぅ……う……ぁあ、あぁああぁ」
抑えきれなくなった感情と、薬の無くなった不安定な脳が涙を流し叫びだす。
そんな僕を警察は先生に引き渡し僕は病院に戻った。
病院が閉まり先生もいなくなった時間に目を覚ます。あまりのショックに気を失ってしまったらしい。
「おく……じょう」
僕は誰もいないがらんとした病院を抜け出し、ふらふらと僕の足は学校に行っていた。
学校につき学校の旧校舎の近くに屋上へつながる階段へ向かう。それを上り、屋上のカギを開ける。
夜の暗い風が、ほほを伝っていく。
「星が、きれいだな……」
いつもより輝く星が、僕の目に映っていた。
それは今まで見たどんな景色よりきれいで、目が離せなかった。
捕まったあの日の少しあと、花束つぼみや水無月しあと会い、私のところへ来ないかと勧誘されたが断った。
呱々呂さんを捕まえた張本人についていくわけがない。
そして彼岸しのは彼女ら曰く家や学校には来ておらず。どこにいるかわからないのだそうだ。
彼女が何処にいるかは知らないが、少なくとも僕は彼女らに、彼岸しののいる場所を教えていなかった。
だから彼女らは彼岸しのがいることは、僕の口からしか知りようがないため、僕が彼女と会わなくなったら、わからないのは当然だろう。
僕は夜風に吹かれ思考をまとめた。
そして、彼岸しの彼女に送った言葉と、呱々呂さん。彼から送られた言葉を思い出し、屋上のふちによる。
そして、ポツリと、何かが切れたように呟いた。
「愛なんてないから」
簗型つむぐEND




