奥底
「……あ、目覚めたかな、おはよ、簗型君。」
ほわほわと視界が開けてくる。しっかり視界が明瞭にはならず浮いた感覚が続く。
「目は開いてるねえ、意識はっきりしないでしょー、コレ使ったからねぇ。」
彼は何か注射器のようなものを持っている。
「な……なに……を?」
「まあだ効いてるよねぇ、これはね君の頭をポカポカさせるおクスリだよ。してるでしょポカポカ。」
雲が近くにいるみたいな気持ちだった。
「ぽか、ぽか。」
頭が働かない、言葉が出てこない、オウム返しでやっとだった。
「そう、ぽかぽかするよね。これ、君の親友君も、使ってたんだ。お友達同士、お揃いだねぇ。」
はなく……花野小路花乃とお揃いという言葉に脳が回転を始める。
不快、歓喜その二つが交互に混ざり合う。彼は自らの快楽のために僕を陥れた。許せないと怒る気持ちと、その現象に興奮している気持ちが一斉に流れ込んでくる。
「はな……くんは、どう……なったん、ですか……」
「あー、あいつはねぇ今ちょうど歓楽街のあたりかなあ、きもいオヤジにでも抱かれてるんじゃない?」
「……は……?」
「おー、わかんないって顔してるねえ、俺さ、別にあいつタイプじゃないの、顔もいいけど中の上ぐらいだし、でもどーしてもっていうから、一回1000万でやってんの今日やっとたまったらしいよ、あんなざまだったけど。」
目の前の彼は淡々と言葉を紡ぐ。やってはならないこと、言ってはいけないことをさもないかのように話をする。
「ふふ、ちょうど次の薬を打つ時間だから、大丈夫、これが最後の薬だ。」
彼は、やっと落ち着いてきたカラダに遠慮なく注射をして、何か粒のようなものを飲まされる。直後の売り電流が走る。
「あ―」
目はグリングリンと回り、手はけいれんを始める、呼吸は荒くなり、足は完全に力が入らないようになる。下腹部がジーンと温まり自分が失禁したことに気が付く、どれだけ力を入れようとしても入らない。生活に必要な力であっても奪われていく。
「うぇーばっち、あー、この脱力感は一時的なものだから大丈夫だよ。」
彼は軽い声で言う、何がどう大丈夫なのかわからないが、それを疑う思考力すら残っていない。
「これからが本番だからね。」
彼は慣れた手つきで濡れたズボンと下着をおろす。さっき買ったばかりのホットパンツはゴミ箱に入れられてしまった。
「さっき……かった……」
「え?そうだったんだ、でも汚いし、俺に見せる用のもんなら、いいの買ったげるし。ちょっと好みじゃないしねぇ。」
パリン、何かが音を立てて崩れていく、親友に裏切られたことも、好きな人に裏切られたことも、自分で服を選んだあの時間が、無駄だったことも。
そのすべてが、今襲い掛かってくる。
どうして、なんで、やっと、普通になれた。ちょっと幸せになった。どうして。
我儘で幼稚などうしようもない思いが駆け巡る。
「彼岸しの」彼女を自分の意思で、壊したこと、あれから歯車は狂っていた。
人を壊した自分が、幸せを願うなんて、到底無理なことだった。
「無駄ではなかったよ。まあ、俺の好みではなかったけど、おめかししてくれたことは嬉しかったし、早く来ちゃうぐらい俺の事好きなのは伝わったから。幸せになってもいいんだよ。つむぐくん。」
彼の呱々呂さんの甘い声が脳に響く、それ以外の声は嫌なことなのに、呱々呂さんの声だけが甘く優しく響く。
「服も俺とのデートも、友達としての花乃との会話も全部無駄じゃなかったんだよ。」
目がトロンと堕ちていく、思考が微睡みとろけていく。
「だから、俺の奴隷になろっか。」
微睡の中呱々呂さんの声がエコーする。
「つむぐ君は俺のために頑張ってくれてたから、一番傍においてあげる。俺の一番好きな服を着させてあげる。」
……はい、ありがとうございます
声に出せたか出せてないかの瀬戸際で返事をする。
呱々呂さんは今思いついたというように「つむぐくん顔だけはいいんだからさ、女装しなよ。胸ない女になれたらもっとそばに置いてもいいよ。」とささやく。
……はい
もはや僕は何を言われてもすべてを肯定するようになった。
呱々呂さんの声が聞こえるというだけですべでが肯定される。
そんな感覚で僕はまた、深い深い闇の奥底へと沈んでいく。
「金づるゲットー。」
何の愛情もなく蜜蜂呱々呂はつぶやいた。




