浮気
「……」
「―!」
「ッ!」
目の前のそれの音を正確に描写することはあまりにも難しい。可聴域ギリギリの金切り声かと思えばぼそぼそと何かを言っている。まあ、信頼していた親友兼恋人が惨めに尻尾を振っているなんて、僕なら耐えられない。すごく興奮する。
いいなぁ。
まあ、もういい加減助け船もとい追い打ちをかけないと。
「大丈夫?あーちゃん。」
「大丈夫?大丈夫⁉大丈夫にみえる!みえる?みえる!?みえる?
最愛だった。大好きだった。目も鼻も口も胴体も内臓も。心底、徹頭徹尾、骨の髄まで、だーい好きだった。それが、あんなふうに、あんな顔で。心の底までシアワセそうだった。
あそこまでの顔は見たことなかった。見たことがなかった。見れなかった!私じゃ……幸せにできなかった。別に浮気されることは、まだよかった。嫌だけど許せないほどじゃなかった。でもでも、でも!どうして、どーして、私は私は、私にはあんな幸せそうな顔を見せなかった。見えなかった。
シアワセそうなフリばっかりしてた。最悪、サイアク、さいあく!」
ぶざま、ブザマ、無様。
「どーして、どおして、どぉして!私とのキスはあんなに苦しそうだったのに。あんなに目が曇っていたのに。どうして、あんな格好で、あんなところで、あんなやつに、あれほどシアワセそうな目をするの!」
「私たちは、親友じゃなかったの?」
彼女の瞳が僕を捉える。
獣のような瞳で僕に噛みつく
「おまえのせいだ……お前が余計なことをしたんだろ!お前が、お前がお前が!」
「あーちゃん。」
「あーちゃん?ああそうだねやーくん。君と友達なんてならなきゃよかった。笹野も笹本も日緑もつぼみ以外なんて、関わらなければよかった。」
今攻撃するんならだれでもいいみたいな攻撃。幼稚で、暴力性の高い攻撃。
「あーちゃん。君は優しいんだね。浮気したのはあの子なのに、その矛先を自分に向けている。あーちゃん以外に漏れることはあっても決してあの子には漏らさない。」
優しいのではなく臆病なだけ。
「僕は、君の優しいところを見ているよ。君やあの子が宣戦布告めいたことをしたのはとても驚いたけどそれから、少し仲良くなれたと思った。プレゼントを選ぶ時だって、君は優しかった。」
精神が錯綜している少女の精神はどうも操りやすかった。
「そんな言葉!そんなことば……お前から聞いたって!お前から聞いたって……」
「 『嬉しくない』かい?」
「―ッ」
否定しない。もともと、好意に弱いのだろう。リーダーなんてそんなものだ。愛することに慣れている代わりに、愛され慣れていない。花束つぼみが落とされた後たまに愚痴を吐く子とがあったら。「私だけを見てくれない」と
誰か一人を愛するんなら。愛されるのに慣れなければいけない。
「うれしくなんか……うれ…しく…なんか……」
瞳からあふれる雫は長いまつげを滑り落ちる。
「……っく……ぅ……あぁ……うわぁああああああああああああああああ」
感情を吐き出す彼女は衝動的に僕に抱き着き、そのまま泣き崩れた。
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翌日のクラス
「あれみた?」
「見た。可哀そうだよね……」
「ほんっと最低。」
「まぁ元気だしな……」
「まさかあんな子だとは思わなかった。」
「いい人絶対いるから。」
「俺さ、正直簗型のほうがイラつくわ。」
「しってていくとか最低だよね。」
「ちょっとうらやましいな。女子膝枕とか。」
「はぁー!ちょっとアンタ!言っていい冗談と悪い冗談があるでしょ!」
「はぁ!いいだろ近ぐらい。」
ざわざわと騒ぐクラスに僕と紫陽花あおは来ていた。
花束つぼみに話をするのを後押しするために一緒に登校しようと彼女からの提案があった。
「おはよう。」
久しぶりの感覚だった。
虚空にモノでも投げたような、はたまた音がまるで消えたみたいな、つまるところ僕達の扱いはこれだった。
「アンタら!よく顔出せたね!しかも二人で!おんなじクラスだからって!花束さんの事考えなかったわけ!」
「え……どういう!」
「とぼけないで!」
ドンと机をたたく
「アンタらが浮気したのはもうクラス中が知ってるの!」
と僕が紫陽花あおを抱きしめているような写真が目の前の少女のスマホに映されている。
「これは……」
「いいわけなんか聞きたくないよ。」
花束つぼみが泣きそうな声で言う。彼女のほうが先に浮気した癖にご褒美欲しさに親友を売る。君のことがもっと好きになったよ。
「―ッ」
紫陽花あおは駆け出しどこかに行ってしまった。
もともと心が弱いのだろういつもすべてから逃げてきていたのだろう。怒りが、花束つぼみに向かなかったのも逃避の一種類だったのかもしれない。
「アンタはにげなくていいの?」
紫陽花あおを責めていた少女が僕に矛先を向ける。
悪意悪意悪意
こうして僕はいっつも通りの最底辺に戻った。
クラスで話題に出されると、たいてい「彼岸しのに虐められるのも仕方がなかった人物」として語られる。そうして、「簗型つむぐを虐めた彼岸しの」と「紫陽花あおと浮気をした簗型つむぐ」として同列に語られるようになった。
紫陽花あおより毎日視界に映る僕のほうが攻撃しやすいのか紫陽花あおはあまり話題に上がることがなかった。
こうして僕の計画は大成功した。
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奔る、走る、はしる。
私は放課後まで息を殺して空き教室にこもっていた。
一時間が過ぎるごとにいろいろがフラッシュバックする。
初めてつぼみとあった時の事、付き合ったころの事。写真の事。
ずっと考えていた。
6時間がたったころ私は簗型つむぐのことで頭がいっぱいだった。
私のことを肯定してくれた。否定せずにいてくれた。
たぶん。好きになっていた。
ここまで堕ちてしまった。
なら、せめて。
奔る、走る、はしる。
伝えよう。どん底なのだから
せめてこれぐらいの救いは
許して、神様。
奔って走ってはしった先にいたのは
楽しそうにかえる彼と……
楽しそうにかえる簗型つむぐと、花束つぼみだった。
神様なんていなかった。




