志麻 拓也
今でも昨日の事のように思い出せる。
人々の悲鳴。
見知った顔の絶望に歪んだ顔の死体。
身を焦がすように燃える木々。
空に上がった黒煙が作った空とそれを切り裂くように空を駆ける戦闘機。
耳を塞いでも聞こえる銃火器の発砲音とヤツの鳴き声。
足から伝わる足音。
あの地獄を。
俺は忘れることは出来ない。
俺の日常を突如破壊したあの「獣害」を。
.........
......
...
1873年。
突如日本に現れた未知の生命。
全長約120m。推定体重1500t。
見た目はワニのような四足歩行で、顔はまるで蛇のように鋭く、また背鰭があったそうで、目撃者によると、初めて観測されたその生命体は海から来たのだという。
それを裏付けるように、4本の足にはそれは大層な足鰭が着いていたと言われている。
世界に初めて発見されたその獣は、その体を十分に活かし瞬く間に町を、人を、生活を。
全てを破壊したそう。
日本は当時発足されたての軍を率いてこの巨大生命体の対処に当たったが、結果は撃退。
多数の犠牲者を払いつつも懸命に戦い、巨大生命体は海へと帰って行ったと言われてる。
さらに時間が進んだ1951年。
アメリカ某所にてアメリカ空軍の当時最新鋭レーダーシステムが巨大な未知の生物を検知した。
それは上空約50kmにいきなり出現し、調査のため出撃した戦闘機3台をまるでハエのように地面にたたき落としたと言われている。
当時戦闘機に乗っていた唯一の生き残りのチャールズ氏が後にこう語った。
「私が生き残れたのは奇跡だった。」
「他の戦闘機はパラシュートを開く間もなく落ちた。」
「あれは鳥なんて生易しいものではなかった。」
「あれはそう、モンスターだった。」
それを最後にチャールズ氏は空軍を辞め、二度と空に上がることはなかったそう。
それからを境に世界各地に巨大生命体が発見されるようになった。
時に地中から。
時に海中から。
時に空中から。
前兆なく現れる未知の生命体。
大きさや外見もその都度変化し、その被害の大きさも様々になった。
年々増えていく世界各国の未知の生命体の被害に初めてそれが出現した国の言語にちなんで「獣害(Jugai)」と名付けられたのは1973年。
初めての獣害から100年後のことであった。
それと同時に各国政府が協力し獣害対策に当たる組織が編成された。
それが「世界獣害防衛軍」、WJDF(World JUGAI Defense Force)である。
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「以上がWJDF、世界獣害防衛軍の発足ビデオだ。」
世界獣害防衛大学校日本支部。
4年間獣害に対する知識を学び、体を鍛え我が国日本を。
時には隣国を、世界を守る為の戦士を育成する大学。
この学校に入学したのならそれ以外の選択肢を捨てる事になる。
人を、国を、世界を守る為の戦士になる以外の道を。
「俺」がいるのはその大学の体育館。
パイプ椅子に座り1時間はかかったであろう我々の敵を再認識する為のビデオを見終わったところである。
「世界獣害防衛大学日本支部卒業予定生諸君。
君らは卒業後に3つの道を選ぶことができる。」
地上に出現した地獣に対処する【対地獣害対策隊】
海中に出現した海獣に対処する【対海獣害対策隊】
空中に出現した空獣に対処する【対空獣害対策隊】
「基本的に普段からの体力、学力テストや本人の性格や体質を選考基準として進路を提示するが、最後は君たちの意思で自分の墓場を選んでもらう。」
この大学の理事長兼対地獣害対策司令の「石動 涼」が放った一言が体育館をざわめかせる。
黒髪のオールバック。
シワひとつ無くピシッと着こなされているスーツ。
ジャケットの左胸には過去石動司令がその功績の数々を静かに物語る。
今墓場って...あぁ言ったよな...
選べってのか...俺の死に場所を...
守りたいのであって死にに行きたい訳では...
当たり前である。
我々卒業生は先程から述べているように獣害から世界を守りたいだけであって死にに行くわけではないのである。
だが。だがしかしだ。
「今も尚未知の生物である獣からなにかを守るという事は、それ即ち死にに行くことと同義である。」
石動が口を開く。
「私が今君たちの席いるから巣立ち、数週間経たずして初めて戦場に立ったのは27年前の事だ。
そこで私は約50mはあるであろう大型地獣を単独撃破したと伝え聞いているだろう。」
改めて聞いても恐ろしい戦果である。
初めてそれ聞いた時はなにか情報がねじ曲がって伝わったのではないかと疑った。
しかし事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、石動 涼は初戦初出撃で大型地獣を単独撃破という前代未聞の戦果を上げたのだ。
どうなってんだマジで同じ人間じゃないだろ。
おっと失礼。
「しかし私から言えばあんなものは誰でもできる事だ。」
何を言っているんだコイツは。
「私はあの時深い絶望の中にいた。出撃の時に隣にいた青年兵は地獣に踏み潰され、信頼していた上官は自分の隊が壊滅状態になるや否や戦場から逃げ出す臆病者。
もう私も死んでしまった方が楽なのではとまで考えた。」
「私の頭は諦めようとした。
だが私の手足がそれを許さなかったのだ。
生きろ。生きろ!生きろ!!生きろと!!!
私の後ろには護るべき未来があったことを思い出し己に言い聞かせたよ。」
護れ。
護れ!
護れ!!
護れ!!!
「そこからはただ我武者羅に腕を振るい地獣に刃を突き刺し、死んだ仲間の荷物から銃弾を拝借し何発も銃弾を地獣に打ち込んで、ただ死中に活を見出した。
ただそれだけなのだよ。」
あれだけざわついていた体育館が石動司令の体験談で静まる
そうだ。「俺」がこの大学に入ったきっかけもそうだった。
護りたいものがあったからだ。
「君たちに護りたいものはあるか。
うら若き少年少女共よ。君たちに護りたいものがあるか!」
「背負う覚悟はあるか。世界を、国を、人々を!!」
「死してもなお護りたいものがあるか!!!」
石動司令のお言葉が響き、なお静まり返る体育館。
けれど先程とは明らかに違う点がそこにあった。
「皆、良い目だ。
ならば戦場で会おう。」
石動司令はカツカツを足音を体育館に響かせながら壇上を降りた。
毎年卒業生がどの防衛隊に所属したのかをまとめたグラフが公開されている。
3つの防衛隊の中で毎年群を抜いて対地獣害対策隊が多いのは他に比べて安全だからかと考えていたが、なるほど志願者が多いわけだ。
周りの目は石動司令を尊敬する眼差しでいっぱいであった。
卒業生を集めた集会が終わり、皆自分の教室に向かう中。
俺「志麻 拓也」は揺らいでいた。
「はぁ...どの隊に行こうか...」




