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高天原へようこそ(2)

 思わぬ声に二人は反射的にのけぞった。

「っひ」

 突然声をかけられ、楽は思わず半泣きになっていた。咲は固まり、思考が止まっていた。目の前には面で顔を隠したヒトが立っていた。

「ああ、すまない。すまない、驚かせてしまいましたね。大丈夫、取って食ったりしませんよ。そうだ、私の名前は稗田(ひえだ)というんだ。君たちの名前を教えてくれないか?」

「鷲、鷲咲」

「こ、こんご、金剛っ、楽、です」

「おおとり、鷲か。なるほど」

 稗田はどこか納得したような顔をしてすぐに向き直った。

 咲はなんとか絞り出すかのように声を上げた。

「あ、あの、俺たち、家に、帰りたくて。ここどこっ、ですか?」

 咲は知らない土地で、知らない大人に、必死の思いで口を開いた。

「ここは高天原というのさ。ほらよければこれでもお食べ」

 差し出されたのは饅頭のようなものだった。受け取るとほのかに温かかった。

「あの、ここって、その、高天原?ってどこですか……?」

 稗田と名乗った男に今度は楽が問いかけた。

「高天原は高天原だよ。人の世とは違う次元に存在する、神の国です」

「かみのくに?」

 咲は全くこの男の言葉が理解できず、思わずオウム返ししていた。

「そう、ここは神の国。だから、ここでどんちゃん騒ぎしているのはみ~んな神様。人の子にはなかなか信じられないかもですが……」

 たしかに人が浮いていた。翼が生えている者もいる。動物も人の言葉を話している。言われてみれば不思議と、そうなんだ、と合点がいった。合点はいったが、ますます不安が溢れ出す。

「あの、どうやったら家に帰れるんですか?」

「家?ああ、人の世に、ということですか」

 う~ん、と稗田は悩みだす。

「申し訳ないがここには、君たちをすぐに人の世へ帰すことが出来る神はいないでしょう」

 その言葉を聞いて咲は絶望したような、信じられないという顔をしていた。

「だからまずは生きなさい。食べて、生きて見せなさい」

 ここで少し待っていなさい、と稗田は二人の頭を力強く撫で、その場を離れていった。

「咲くん、さっきの話……」

「わかんないよ。俺もわかんない、ごめん」

 二人の理解の許容範囲をとっくに超えていた。超えすぎて、理解しようという力すらなかった。力なく、周りの景色をただ見ることしか出来なかった。

 そんな二人へ興味津々な影が押し寄せていた。

「なんだなんだ人の子か?」

「いったいどこから来たんだ?」

「稗田が話してたぞ」

「稗田が呼んだのか?」

「あいつにそんな力はなかろうよ」

「ならアメちゃんか?」

「人の子、顔を見せてみろ!」

「お、なんだ稗田はどっかいったのか、おい人の子よ、顔をみせてくれ」

「お前らばかりずるいぞ、名はなんていうんだ」

「随分小さいな、歳はいくつだ」

「好きな食べ物はあるか?俺が持ってきてやろう」

「桃好きか?いっぱいあるぞ」

「男か?女か?」

 矢継ぎ早に全方位から質問攻めだった。自分たちよりもずっと大きい大人、いや神からの質問攻めは、とても恐ろしく感じた。言葉が喉に張り付いて、二人は何も言葉を発せられなくなっていた。

「う、ゔ~、っはぁ、あ、う、っひ、っう」

 思わず楽が泣きだしてしまった。そしてつられるように咲の目にも大粒の涙が溢れてきた。周りに群がっていた影が、オロオロと動揺しているのが雰囲気でわかった。

 ぼろぼろと、我慢していた涙がとめどなく溢れ、景色が全てぼやけた時、どこかで聞いた声がした。

「も~~~!ほらほら、怖がってるじゃない~~!」

 どいたどいた~!と女の声が聞こえた。その声は先ほども聞いた、明るい声だった。

「やっほー、ほんとに人の子なんだね。さっきちらっと見て、もしかしてって思ったんだ~」

 人ごみを掻き分け登場したのは、先ほど綺麗な舞いを披露していた、「アメちゃん」だった。空色、天晴色の髪を靡かせる女性だった。

「さ、さっきの」

 楽は思わず声に出ていた。先ほどまで恐怖で竦んで声が出なかったが、彼女を前にすると何故か自然と声が出ていた。彼女はニコリと笑い、ずい、と二人へ近づいた。

「これ!とっても特別な果実だから、良かったら二人で半分こして食べてね……って、割れないよね!今切ってあげる!」

 アメちゃんと呼ばれる女性は林檎のような果実をふわり、と宙に浮かせた。

「う、わ」

「……浮いてる」

 宙に浮いたそれへ人差し指で一本線を入れるように動かすと、あら不思議、まるで刃物で切った時のように綺麗に割れた。

 驚きっぱなしの二人に対し、彼女はいたずらっ子のような、太陽のような微笑みをたたえていた。

「人の子はよく食べ、よく動き、よく眠れば万事オッケーってどっかで聞いたわ!」

 どこか自信満々で彼女は笑っていた。

「だからどうぞ、いっぱいお食べ!」

「じゃあおれたちも……」

「あんたたちにあげるものはないわよっ」

 周りのギャラリーがどさくさに紛れてアメちゃんにちょっかいをかけ始める。

「もうっ、全然落ち着かないっ!やんなっちゃうからもう行くわ!」

 ぷいっとアメちゃんと呼ばれた女性は背中を向けるが、一瞬立ち止まり、二人へ向かって微笑み言った。 

「貴方たちの旅路に幸多からんことを、祈っているわ」

 最初から最後まで嵐のような人だった。咲も楽も圧倒されていた。だが、不思議と先ほどまでの息の詰まりようが消えていた。冷静に周りを見えるようになっていた。

「なんだったんだろうな」

「不思議だったね」

 そう不思議だった。この怪しげな世界は何もかも不思議だった。咲はアメちゃんの姿が見えなくなってもしばらくその一点を見つめていた。

「……なんか、お腹減った」

「僕もだよ。一度座ったらもう立てないくらい足が疲れちゃってた」

 しゃく。

「あ、楽、お前……」

 咲が音に気づいて楽を見やれば、先ほどの林檎を美味しそうに食べていた。

「咲くん、これすっごい美味しいよ!」

 空腹は最高のスパイスとはよく言ったものである。そして人が美味しそうに食べているのを見て、食べない、という選択肢は今の咲にはなかった。

「うめぇ!なにこれすっげぇ甘い!」

「ね!僕あっという間に食べちゃったよ。ここは果物が美味しい国なのかなぁ」

「ああ、良かった」

 急に二人以外の声が割って入ってきた。食べ物を取りに行っていた稗田だった。

「少しは緊張も解けたみたいですね。ほらどんどん食べなさい」 

 気づけば稗田は山のような食料を持っていた。からっぽの胃に中途半端に食べ物を入れれば、もっともっとと欲しがるのは必然だった。そして、よく動き、よく食べれば、眠くなるのが人の性である。

「人の子は睡眠も大事ですよ。もう無理せずに寝てしまっては?」

 稗田が咲にそう問いかけた。楽はとっくに眠ってしまっていた。この騒がしい祭りの中心にいるとは思えないほどよく寝ていた。

「でも、家、じゃ、ない……。ふとん、も、ない……。かえ、らな、ん」

「そうか、だが家に帰るには体力も必要になります。今は休む時ではないでしょうか?」

「んん、でも……」

 不意に咲の頭に温かい何かの感触があった。稗田の手だった。

「ああ、人の子はこんなに小さく、温かかったのだなぁ。忘れていたよ」

 楽は頭を撫でられるのが気持ちよく感じた。そして、眠気をさらに加速させていった。

「祈っているよ、願っているよ。どうか、君たちが家族の元へと帰れることを」

 ―――六年後、その機会に、天を味方につけていることを。

 そこで楽の意識はぷっつりと切れてしまった。


「本当に、あの方は酷なことをするものです」

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