行きはよいよい
あっという間だった。時間にして数秒だろう。たった数秒で世界も、常識も変わってしまった。目の前のおどろおどろしい光景が、その証だろう。
「ここ、何……?」
おびただしい提灯と祭囃子が、笑い声へ転がりながら集約されるような、狂騒だった。
とある町のとある神社。新緑が生い茂り、日が当たれば夏の始まりを感じさせるゴールデンウイーク初日。罰当たりにも、数人の子どもが境内でサッカーをしていた。そのうちのひとり、赤みがかった短髪の少年の目に、知っている顔が映った。
「あ」
少年が思わず声を出したことで、お互いに目が合った。赤みがかった短髪の少年が駆けだし、声をかけた。
「ね、ねぇ!金剛くん、だよね?」
「……う、うん」
金剛と呼ばれた少年は肌が白く、濡羽色の髪色をした少年だった。
「俺、わかる?同じクラスの鷲咲」
「うん……、一番前に座ってるよね?」
「そう!転校してきたばっかなのにすごいね!」
金剛と呼ばれた濡羽色の髪色をした少年は、新学期が始まった四月半ば過ぎに急遽転校してきた転校生だった。
「そ、そんなことない」
「ねぇ金剛くん、今サッカーしてるんだけど、一緒にやろうよ。そしたら三対三でちょうどいいんだ」
「神社でサッカーしてるの……?」
子どもながらに金剛と呼ばれた少年はここでサッカーをしていいのか不安そうだった。
「大丈夫だよ。だってここ、いっつも人いないし。公園とかじゃ狭いし、ボール禁止って書いてあったりするだろ~」
あれヤだよね~、と咲はわかりやすくしかめっ面をした。その顔に今までおどおどしていた金剛は笑っていた。
「……サッカー、あんまりルールとか、わからないよ」
「大丈夫!俺もよくわかってないから!ボール蹴れればオッケー!」
そのあっけらかんとした姿に一瞬、金剛は目を丸くしたが、すぐに調子を取り戻した。「じゃあ僕も入れて」
「やった!ありがとう金剛くん」
そこで咲ははっとした顔をして金剛の顔を見つめた。
「金剛くんの下の名前ってなんだっけ・・・?」
「楽だよ。金剛楽って言うの」
あ、そうだったかも!なんて咲はわかりやすく誤魔化して、笑いかけた。
「じゃあ楽は俺と同じチームだから!よろしくな」
休憩を挟み、チームを変え、子ども達は飽きずにボールを蹴り続け、日は傾いた。
「あ、そろそろ帰らないと怒られちゃう」
一人が言い出すと、堰を切ったかのように皆同じことを言い出す。
一人、また一人と神社を後に手を振って帰っていく。そんな中、帰ろうとしない子どもが二人いた。
「……帰らないの?」
二人は神社の階段に腰かけ、夕焼けを見ていた。
「まだ帰りたくない。朝、お母さんと喧嘩した……。楽は?帰らないの?」
「僕の家はママもパパも帰りが遅くて、今帰っても誰も家にいないの。だから、なんか一人で家に居たくなくて……」
「ふ~ん」
互いの事が気になりながらも、二人は黙って境内の岩に腰かけた。次第に時間だけが過ぎ、いい加減に暗くなってきた頃だった。咲は持ってきていたサッカーボールを拾い上げ、帰ろうかと思ったその時だった。何か、音が聞こえたのだ。
「楽、何か言った?」
「え?何も言ってないよ」
楽は不思議そうな顔で咲を見やる。勘違いかと歩き出そうとしたときだった。祭囃子のような音楽が聞こえてきたのだ。
「やっぱりなんか聞こえるよ!」
咲は音のする方へと足を向けた。
「咲くん、もう帰らないと!」
既に日が沈みかけている。今から帰っても、家につく頃には暗くなってしまう。それは学校の先生からも注意されている。暗くなる前におうちに帰りましょう、と。
「うん、でもやっぱりちょっと気になって。少しだけ見に行こうぜ。ほんとにちょっとだけ!」
咲が楽の手を取り、音のする方へと歩を進める。神社の奥へ進むに連れて、音は大きく聞き取りやすくなった。微かに聞こえていた祭囃子ははっきりと、さらに人の喧噪まで聞こえてきた。だが、人気のない神社、暗くなりつつある空間が合わさり、それはどこか怪談じみていた。咲はやはり帰ろうと踵を返そうとした。
「あれ、なに?」
楽が指を指す方向を咲も向いた。
ただの小さなお社だった。
先ほどと何も変わらない。だが、お社の前に設置されている、小さな鳥居の様子が少し違っていた。鳥居越しに見る景色は、まるでテレビのように違うナニカが見えていた。
―――祭りのような、提灯やお面、盃などが多く見えていた。
「なに、これ」
咲も楽も動揺していた。動揺して、次の変化に気づくのが少し遅れてしまった。
鳥居、いや、その謎の景色から手が伸びてきたのだ。それも一本や二本ではなく、数本の手だ。その手はまっすぐに彼ら二人を捕まえようと伸ばされた。
「ヒッッ」
「う、うわぁあぁあっ」
二人は必死に逃げようと走り出したが、子どもの足の早さなどたかが知れていた。二人は捕まり、ずるずると鳥居へと引きずりこまれていく。
「だ、誰か!!助けてっ」
「助けてっっ!!お願いっ!」
必死に助けを呼ぶが、人気のない神社に助けは来なかった。
あっという間に二人は謎の景色へと引きずりこまれた。