09. 再来
2021年4月6日
「三富さん、せっかく来てくれたのに、つまらなくてごめんねー。」
帰り際、高橋先輩が申し訳なさそうにそう言った。
綺麗に整えられた眉が、逆さまになって曲がっている。
「だから、つまらないとか言わないの。無味乾燥と言いなさい。」
「いや、その言い換えはあんま意味ないから。」
「マジか。ミスったわ、一世くん。ゆるちて。」
「ふふっ。」
先輩たちの懐かしい雰囲気に、後ろ髪を引かれながら部室を出ようとしたとき、ついに奴が現れた。
「あれ?見学の人?」
奴は、今すぐにでも張り倒してやりたくなるような顔で、私を見た。
「そうです。氣流先生。」
奴が...、目の前に、奴がいる。
私の人生をめちゃくちゃに壊した犯人が、目の前に。
私は、少しずつ呼吸が荒くなっていくのを感じた。
「......私は...。私は、お前に人生を狂わされた...。」
「三富さん、大丈夫?」
高橋先輩の心配する声も、私の耳には届かなかった。
私がわざわざ避ける必要なんて無いじゃん。
こいつの存在を消しちゃえばさぁ!!
「この恨み、晴らさでおくべきかーっ!!
わあー!!!」
私は氣流に飛びかかった。
「うわっ。」
殺意を感じ取った氣流は、後ろへ避けた。
こいつめ、逃げやがった。
氣流に向かって勢いよく飛び上がった私は、見事に、顔面から着地した。
いてぇ。
失敗した。
あれだけ考えて計画したのに、私は感情に任せて、氣流に飛びかかってしまった。
これじゃあ奴と同じじゃないか。
頭から血が流れ出る感覚がして、意識が途絶えた。
目が覚めた。見えるのは自室の天井。
スマホを見る。2021年4月6日。もう何回も見た景色。
私は、長くて重い溜息を吐いてから体を起こし、身支度を始めた。
こんなに何度も同じ日の坂道を登るとは思わなかった。
1ミリも変わらない通学路の景色に、今度は小さい溜息を吐いた。
私は、もう一度歴探の部室へ向かった。
そして、前回と同じように見学した。
「せっかく来てくれたのに、つまらなくてごめんねー。」
よし、奴が来るぞ。
落ち着け、今度は飛びかからないように。
「あれ?見学の人?」
「そうです。氣流先生。」
私はゆっくり深呼吸して、精一杯の作り笑顔で言った。
「こんにちは。1年生の三富優和です。
歴史探究部に興味があって、見学させていただきました。」
「ほう。わたしは歴史探究部の顧問、氣流改正です。
興味を持ってくれて嬉しいよ。ぜひ、また訪れてください。」
脂ぎったTゾーンをテカテカさせている氣流改正は、一見、人当たりが良く見える。
しかし、それは善人の仮面を被った外面であって、一度仮面を取った相手には、この世にある全てのハラスメントをしてくる。
「はい。では、失礼します。」
私は、先輩方と、嫌々だが氣流にもお辞儀をして、部室を後にした。
そして、歴探の入部届を提出した。
提出するまで、私は廊下で何度も地団駄を踏んだ。
「暴力はダメとか、イヤ!! ヤダーッ!」