08. 初見
2021年6月18日
「こんにちはー。私たち、炭酸水01です。」
萌音ちゃんのプロいMCを聞きながら、私は少しずつ心を落ち着かせた。
ふと誰かの視線を感じ、観客の方を眺めた。
そして、私はすぐにその行動を後悔した。
奴と目が合ってしまったのだ。
なんで…なんで、氣流が軽音の演奏を見に来ているんだ?
他の先生に誘われた?
メンツを立てるためならばなんだってするあいつなら、ありうる。
どうしよう…、足の感覚がない。
体が震えて重いギターを支えられない。
私は恐怖で目を瞑った。
「ゆうゆう氏ぃ〜。」
誰?
聞いたことのない声が私の名前を呼んでいる。
目を開けて声のする方を向くと、知らない顔が限界まで顔を近づけて、私を覗き込んでいた。
「わああーー!!!」
私は思わず叫んだ。
「うほぁ!どしたんすかぁ、ゆうゆう氏ぃ。」
赤眼鏡に赤いチェックの帽子といった、女子小学生のようなファッションセンスの女子が、黄色い歯を剥き出して、私に笑いかけている。
「え......。すいません、誰...?」
「誰ってぇ、ひどいっすよぉ〜、ゆうゆう氏ぃ。
夢慈那っすよぉ、夢慈那ぁ。」
いやまじで誰だよ。
池袋に常駐していそうな彼女は、どうやら私のことを知っているらしい。
鳥肌が立つのを感じながら、私は彼女に尋ねた。
「ごめんなさい、えっと、変なのは承知なんですけど、あなたと私ってどういう関係...?」
「ちょっとさっきからなんすか〜?
冗談にしてもひどすぎっすよぉ。
夢慈那、さすがに泣いちゃうっすぅ〜。」
一人称が名前なタイプの彼女は、しくしくと泣く素振りをしてそう言った。
「ごめんなさい...、ちょっと混乱してて。失礼なんですけど...。」
「しょうがないなぁ。
夢慈那とゆうゆう氏はぁ親友っす。言うなれば、魂の伴侶っすぅ。」
わあ。
今までもこういった感じの友達は居たけれど、親友とまで言われる関係になったことはない。
「あ、そうなんだ。」
私は無難な返事をしてから、スマホを確認し、ここがどこなのかを知るため、辺りを見渡した。
スマホには、2025年10月23日と表示されていた。
そして、おそらく、ここはどこかの大学の講義室だ。
私は近くに張り紙を見つけた。
"重負乱大学 学園祭"
重負乱大学といえば、宮城の有名な底辺大学だ。
私はそこに通っているのか?
最初の人生で私が通っていた根田椎大学は、頭がいいわけでも悪いわけでもない、普通の大学だった。
歴史探究部で出した実績のおかげで、AO入試で合格できた。
その実績がなければ、私は面接で一言も喋ることができなかった。
そうか。私、受験に落ちたんだ。
軽音で友達をたくさん作って、勉強もせず遊びまくった結果、私の学力で通えるのはこの大学くらいになってしまったのだろう。
でも、底辺だからって、親友がオタクだからって、楽しく人生過ごせないわけじゃない。
VINEの履歴を見る限り、高校時代の友達ともまだ繋がりはあるみたいだし。
大丈夫。この人生、間違ってなんかない。