06. 初事
2021年6月17日
明日は、私たち1年生バンドの初めてのライブ。
入部してから今まで練習した成果を見せるので、お披露目ライブと呼ばれる。
今日はその設営だ。
視聴覚室の前方にコンテナを敷き詰め、ベニヤ板を乗せる。これがステージになる。
そして、その上に機材を運んで設置し、電飾などで装飾をして、完成。
観客として何度も見た景色だけど、作るのは今回が初めてだ。
私は、初めて見るライブの裏側の様子に、胸を躍らせた。
役割は大きく分けて3つある。
ステージを作る係、観客が立つスペースを作る係、PAと呼ばれる音響係だ。
大体の担当分けがされた後、各々周りを見て役割を変えつつ、作業を進める。
私は、一番人数が必要なステージ担当になった。
「久保ちゃん、先輩がおっきいスピーカー運ぶから来てって。」
「はーい。」
菜乃ちゃんは音響機材の準備をしている。
「ボーカル組は、こっちの作業手伝ってもらえる?」
「はい。」
先輩がカノンと萌音ちゃん、なかれんを連れて部室へ向かった。
「何をしたらいいんだ...。」
私はみんなの邪魔にならない場所で、ただ突っ立っていた。
「ゆうゆう、あそこにあるコンテナ運んできてもらえる?」
「分かったー。」
やっとやることができた私は、製薬会社の桶のように黄色いコンテナを幾つか持ってきて、短い腕をこちらに伸ばしている藤沢龍雅に渡した。
「ゔぉー!疲れたっ!」
「ベニヤ、これで最後。」
マーモットのように叫ぶおにぎりと一緒に、汗だくでベニヤ板を背負って来たのは、白六外道。
プライドが無駄に高く、見た目に反して力もあるので、おにぎりと同じく3枚背負って運んできたようだ。
「おー、じゃ、次はこっち手伝ってよ。」
「体育館の倉庫からこんだけの量運んできたんだぞ。少しくらい休ませろ!」
龍さんがおにぎりで遊んでいる様子を見て笑っている女子がいる。
彼女の名前は、奥園愛。
目がチワワのように大きくて、アイドル級に可愛い。
彼女は、ベニヤ板の上に被せる小さなカーペットの色分けをしている。
愛ちゃん、ゲンさん、そして龍さんの3人は、菜乃ちゃんとカノンと同じバンドだ。
バンドの中でも、彼ら3人は趣味のゲームで繋がっているため、特に仲が良い。
「ねーねー、ボカロ聴く人?」
ゲンさんがフラフラしながら聞いてきた。
疲れているからではなく、彼は常日頃からフラフラしているのだ。
「え、なんで?」
「おにぎりが、音楽なんでも聴くやつって言ってたから。」
「あー。餡掛楚蟹とか聞くかな。」
「マジ?バンド組んでやろうぜー。」
「え、あー、いいよ。」
「あんカニやるの?私、キーボードやりたい!」
愛ちゃんが勢い良く手を挙げて言った。
「じゃあ俺ドラムやるよ。」
「私、ボーカルやるー。音域キツくないし。」
龍さんに続けて声を上げたのは、いつの間にか部室から帰ってきたカノンだった。
「これでパート揃ったし、今度やろうぜー。」
私はゲンさんに向かって頷いた。
スムーズに決まり過ぎて少しばかり不安だが、まあなんとかなるだろう。
「そこ、休憩するのはいいけど、そろそろ作業再開してね。」
「すんませーん。」
先輩に注意された私たちは、黙って手を動かした。
バンド組む約束しちゃった...。
私は順調に友達を増やせていることを実感し、この人生は、世界観の言っていた正しいルートだと確信した。
まだ関わっていないけど、3年生になれば、友莉ちゃんともおーばともまた仲良くなれるはず。
友達をたくさん作ることが正しいルートならば、きっと私はそのルートを辿っているはずだ。
今度こそ、友達も失わず、氣流からも逃げ切って、楽しい人生にするんだ。