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主人と眷属



「…何を、言ってるんだ」

「別の部屋をとったんです。…だから、今日はそっちで休もうかと思って。…宿代は私個人の方から出したので、共通のお金には手をつけてませんから…」

「そういうことじゃなくて。…どうして、急に離れるなんて言うんだ!」


 ルナはシリウスの手を離し、一歩後ずさる。


「少し一人になって、考えたいんです。…ごめんなさいっ…」

「待って!…ルナ!!!」


 彼の声を背に、ルナは逃げるように駆け出し、自分の部屋へ飛び込んだ。扉越しにノックの音が響くが、それに応えることはできなかった。





 ルナの部屋は、宿の中で一番安い簡素なものだった。日が落ち、部屋が静寂に包まれる頃、月明かりが窓辺に差し込み、ふとウィルの声が耳に届いてハッとした。


「ウィル、どうして、ここに?」

「神殿から近い範囲なら、姿を現すくらい造作もない。それより、ルナのことが気になってな…」

「え?」

「戸惑っているのだろう?…すまない。我らが時を急がせてしまったばかりに」

「それは…」


 ウィルの言葉は核心を突いていた。戦いの最中、胸の奥に小さな光が灯った。その瞬間、眠っていた力が目覚め、光の子としての知識が流れ込んできた。それはまるで世界の真理に触れるような、不思議で圧倒的な感覚だった。ルナはその変化に戸惑い、どう受け止めればいいのか分からなくなっていた。


「混乱は、確かにあります。…でも、一番は自分に失望したんです。私は、シリウスに依存しすぎました。本当は私が導かなければいけない立場だったのに…」


 自分の無知や甘えが浮き彫りとなり、ルナは呆然とした。本来繋ぐべき未来から逸れてしまった道筋。それは、自身の感情の歪みが深く関わっていた。


「私は…光の子としての使命さえ、まともにできない落ちこぼれです」

「そんなことはない。自覚がなくとも、ルナは我らを導いてくれた。それができたのは、ルナ自身の心が清らかで、光の子の本質と同調していたから成し得たことだ。自分を卑下する必要など、全くない…!!」

「……!」


 竜人の姿のウィルに手を取られ、ルナは思わずビクッと身を強張らせた。その大きな体と、暗がりの影が相まって、予想以上に威圧感を感じてしまったのだ。


「……す、すまない。怖がらせるつもりはなかったんだが…」


 ウィルはハッとしたように目を見開き、すぐに手を引っ込める。


「いえ、こちらこそ…驚かせてしまってごめんなさい。…私、シリウス以外の男性にはあまり慣れていなくて…」

「いや、構わない。それよりも、この姿が怖いというなら…姿を変えよう」

「え?」


 ウィルはポンッとふわふわの綿毛のような子犬に変化してみせた。


「どうだ、この姿なら怖くはな…」

「か……かわいい…」

「ん、あ…ああ、怖くないようだな?」

「はい。とても、かわいいです!!!」

「むっ!むぅ…それはよかった。色々学んだ甲斐があったというものだ」


 ウィルは少し恥ずかしそうに俯きながらも、尻尾は正直にパタパタと振っている。


「学んだ…?」

「ああ、神から特別に授かった力だからな。考えなしに使って良いものではない。多少はこの世界の常識というものも学んだつもりだったが……ルナを怖がらせてしまった。まだまだ修行が足りないようだ」

「いえ…、そんなことは…」


 威厳ある姿の方が良いと思っていたのに、まさか驚かせてしまったとは…子犬の姿でむぅっと眉をひそめたウィルを見て、ルナは少し申し訳なくなりながらも、気になる部分を、つい口にしてしまった。


「修行って…もしかして、その喋り方も神様から教わったとか…?」

「いかにも、その通りだ」

「だから、ちょっと()()()喋り方だったんですね」

「ん?この喋り方は変だと言うのか?!」


 ウィルは少し首をかしげて、ルナを見つめる。


「えっ!いいえ、そんなことないわ」

「ルナ、誤魔化すな」

「ごめんなさい、私の言い方が良くなかっただけなの。本当よ?あなたは充分、そのままでいいの。とっても素敵よ?」

「……」

「…ウィル?」

「それ、さっき我らが言ったことと似ているな」

「え?」

「ルナも…『そのままで良い』ということだ」

「あ……、ふふ、本当だわ。ウィル、ありがとう」


 主人の表情が和らぎ、ウィルはホッとした。穏やかに話すうちに、自然と言葉も柔らかくなり、笑みがこぼれるようになっていた。


「ウィルはすごいのね。どんなものにも変身できるの?」

「なんでもできる。見ててくれ」


 そう言い、ウィルは次々と変化していく。無数の光から蝶が舞い、小さなネズミや鳥やライオンの姿に。そして最後に現れたのは…


「わぁ…、すごい。白い龍!」

「一度見たものであれば、似たように変化することはできる。あの防御魔法の龍より、もっと強い盾となって守ることだってできるだろう…」


 と言いかけた瞬間、ルナの指輪がカッ!と輝き、金龍が白龍に襲いかかってきた。


「え!!…なっなに?!」

「やめろっ!我らは敵ではない!!」

「ああ、急にどうして?お願い、やめて!この子は味方なの!傷つけないで!」


 狭い部屋で、金龍と白龍が揉みくちゃになり、ルナは必死に仲裁しようとしたが、事態は収まらない。そんな時、扉を叩く音がする。騒ぎが聞こえての苦情かと思ったが、開けるとそこにいたのはシリウスだった。


「シリウス!!魔法が暴走してるんです…!どうしたら…、部屋が壊れちゃう!」

「部屋が壊れる?」

「だって…ほら…って、あれ?」


 部屋の中は静まり返っていた。小さな光がよろよろと肩に留まったが、それをシリウスが無造作に払った。


「あっ!!ウィル!!!」

「自分の寝ぐらに帰るんだな。お前だけ部屋に入れるなど、不公平だろう?」

「…ま、まさか、わざと!?もしかして、この指輪の魔法って、盗聴や遠隔操作も可能なんですか?!」

「普段はしないよ?でも緊急の時は仕方ないだろう?」

「!?!?!?」


 慌てたルナが扉を閉めようとする。しかし──「ガッ」鈍い音とともに扉が止まる。シリウスの足が挟まれていた。


「シリウス!足っ!あしーっ!!」

「仕方ないよね。ルナが逃げようとするんだから」

「きゃー!」

「どうして俺から離れようとするの?何かした?まさか嫌いになった?」

「ち、違います!嫌いになんか、なってません!!!!」

「なら、どうして!!!」


 バンッ!!と手でこじ開けられ思わず小さな悲鳴が上がる。これはホラーか、それともDV旦那か。周りが少しずつざわめき立つ。


「おい、兄ちゃん、無理矢理は良くないぜ?お嬢ちゃん、怖がってるじゃないか、やめてやれよ、なぁ?」

「強引に行くと嫌われるぜ?こういう時は、やんわり優しく近づいてから、あとでじっくり引きずり込むもんだ」

「そうそう。部屋に連れ込めばこっちのもんだぜ。ひゃっはっはっ!…うぐっ!!」

「っるさい!!!」


 ドゴッ!バキッ!ドタッ!と、荒々しい音が廊下に響き渡る。


「きゃああぁぁぁ…、い、今、何をしたんですか…」


 扉の向こうで起きた出来事を想像して、ルナは恐る恐る尋ねた。


「ただの騒音だよ。いや、ゴミ掃除かな?」

『なんだ、なんの騒ぎだ?』

『キャ!人が倒れてるわ!』


 廊下から人々のざわめきと悲鳴が聞こえる。


「あわわわ…っ!もーっ!中に入って!!!」


 ルナは、急いでシリウスの腕を掴み、部屋の中に引きずり込む。


「シリウス、どうしてあんなことしたんですか!」

「俺は何もしてないよ。ただ静かにしてもらっただけだ」

「静かに…って、完全に力技じゃないですか!」


 シリウスは肩をすくめるだけで、まるで反省の色が見えない。その態度に、ルナは呆れて、頭を抱え込む。


「…はぁ、どうしよう…」

「そんなことより、こっちの部屋は殺風景だね。狭いし、ベッドも固そうだ。ルナには合わないよ」

「そ、そんなことないです…。今の私には、十分過ぎる部屋かと」


 シュンッとするルナに、シリウスは眉をひそめる。その時、廊下から先ほどよりも騒々しい声が聞こえてきた。


「そのうち、ここにも来そうだな」

「シリウスがあんなことするからっ!」


 ルナが抗議しようとした瞬間、シリウスが、シーッと制する。


「だったら、場所を変えよう。一緒に帰ろう?」

「え?…あ!…ちょっと、まっ!!!?」


 ルナの肩を引き寄せ、指をひとつ鳴らすと、瞬く間に周囲の景色が一変してしまった。



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