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大賢者からの手紙



 陽の光が差し込む部屋で、シリウスは机に並んだ小瓶と書類を眺めていた。


「先生らしいな…暇つぶしで作ってしまうなんて」


 大賢者から送られてきた神殿の泉の調査結果には、なぜか上級ポーションまで入っていた。


「この資料は、…もしかして上級ポーションのレシピ?」

「そうだよ、それも自由に使っていいってさ。交渉次第じゃ、一財産築けるレベルの代物なんだけどね」

「えっ…!!???」


 領主やギルド長に提供すれば、大きな商機を生むほどの価値がある。報酬にしては破格すぎる贈り物に、ルナは思わず目を丸くした。


「こんな高価なものをいただいていいんですか?!!」

「平気だよ。いつものことだから」

「いつものこと?!?!」


 シリウスはフッと笑みを浮かべて続けた。


「そういう人なんだ。探究心旺盛だけど、一国の重鎮でもあるから簡単に外に出るわけにもいかない。だから、俺たちが集めた情報は貴重なんだろうね。でも、先生は、自分が作ったものにはあんまり興味ない…というか、たぶん作る過程が好きなんだろう」


 結果よりも試す過程に心を躍らせる──そんな先生らしい姿を思い浮かべ、シリウスは軽く息をついた。


「それから、陛下が崩御されたそうだ。王座にはクリス皇子が即位するらしい。当面は政情が荒れるだろうね」

「え……」

「心配いらないよ。父が内政を巧みに操るだろうから、帝国は当分、上層部の粛清と統制に追われるはずだ。こちらにまで手が回る余裕はないさ。それとも、体制が整う前に潰してしまおうか?」


 シリウスの笑みは一見穏やかだったが、その裏には魔王のような底知れぬ悪意が漂っていた。


「いいえ、復讐なんて考える余裕、私にはありません。思い出すだけで、まだ怖いんです。それよりも、誰かを憎むより、シリウスと一緒に新しい幸せを探したい」

「……ルナがそう望むなら、無理強いはしない。でも、報復したいと思ったら、俺はいつでも協力するよ」


 自らの境遇に生きる価値を見出せなかった皇子。ルナが彼の退屈を紛らわせるための玩具として目をつけられたのも、ただの偶然だったのかもしれない。今となっては、彼に抗議することも叶わないが、皇帝となった彼は、周囲から生きることを強制され、終わりなき忙殺の日々を送るだろう。


──死すら許されぬその運命は、果たして幸福と呼べるのだろうか。


「…なんだか、シリウス、すごく怖い顔、してます」

「当然だろう?ルナを傷つけたんだ。本当は跡形もなく消してやりたいけど、ルナが望まないなら保留にするよ。まずは、東の教会の内部抗争を利用して弱体化させるのが先だな。南部の問題に目を向けさせるよう仕向けるか…」


 シリウスが次々と根回しの案を練る姿に、ルナはただただ「穏便に…」と震えながら願うばかりだった。


「あ、そうだ。それとは別に、神殿のことで、ちょっと気になることがあったんだけど」

「気になること?」


 シリウスは、神殿で感じた違和感を、穏やかに話し始めた。


「初心者向けの構造なのに、ボスは中級クラスだった。普通、初級ダンジョンには出てこないし、光属性か同種の耐性がないと厳しい相手なんだよね」


(あれ?でもシリウスは、一瞬で倒したような…)


「ああ、火、水、雷、土、闇、光の六属性の中でも、俺は闇への耐性が高いから。そういう家系の出身だからね。ルナはその逆で、光属性に秀でている。あの敵はどちらかの属性が突出しているか、素早さがないと攻撃が通らないタイプなんだ」


 その説明に、ルナは静かに頷く。


「それと、『光の子』というのも気になる。もしかしたら、ルナを歓迎してるのかもしれないね」

「歓迎…ですか?でも、自分にそんな力があるなんて…正直、信じられません。回復魔法が得意なのだって、たまたまそういう家系に生まれただけかもしれないですし…」


 期待されても、それに応えられる自信がない。むしろ、その期待が重く感じられて、怖いとすら思ってしまう。


「ルナ、覚えてる?先生が話してくれたこと。ルナの心には特別な光が見えるって。魔力暴走の中で生き延びられたのも、その光の糸が互いを結んでいたからだって」


 それは、大賢者のもとに身を寄せていた頃、聞いた話だった。


──命を紡ぐ奇跡の光


 本来、他者に魔力を移すことは、命そのものを分け与えるほど困難な行為とされている。だが、二人を結ぶ光の糸は、その常識を超越していた。


「自覚が持てないのは、たぶん俺が魔力を奪ってしまったせいだ。でも、先生に『光の子』と告げられる前に、ルナも不思議な夢を見ていたよね」

「夢…ルビーの?」

「そう、その夢のこと」


 それは、まだ帝国にいた頃に見た奇妙な夢だった。生物実験で犠牲となった動物たちの魂を悼むように、ただ一匹生き残った猫のような存在──ルビーがいた。悲しみに暮れるルビーに、ルナは鎮魂の唄を捧げた。そしてそのとき、ルビーがこう言ったのだ。


『神々の…光の子』と。


「夢っていうのは、記憶や感情が混ざり合って、心が何かを整理しようとしているとも言われる。あるいは、何かの啓示だと捉える人もいるけどね。ルナの夢も、きみ自身が感じたものや記憶が形になったのかもしれない」

「感じたもの…」


 未知の力に戸惑い、ルナは思わず足元へ視線を落とす。


「ルナ……俺たちは、君を『光の子』だと決めつけて、何かの象徴や革命の指導者にしようとしているわけじゃない」


 シリウスは穏やかに言葉を紡ぐ。不安や恐れを煽らぬように。


「ただ、調べていくうちに、そういう可能性が浮かび上がっただけだ。それが何を意味するのか、俺にもまだわからない。でも……」


 わずかに間を置き、シリウスは静かに目を伏せ、続ける。


「俺が本当に望んでいるのは、奪ってしまった力を君に返すこと。そして、ルナが心から自由で、幸せに生きられるようになること──ただそれだけだ」


 その言葉には迷いも偽りもなく、優しさが宿っていた。


「…まさか、東の教会のことも…?」

「鎮圧するだけでは解決にならないけどね。教会の聖女信仰は『光の子』を根拠に広がっている。もし帝国と結びついて勢力を増せば、厄介なことになる」

「…どうしてそこまで…」

「できそうだったから。ただそれだけだよ」


 シリウスはルナの弱さや迷いを否定することなく、ただ静かに受け止め、その上で未来を見据えて行動していた。その揺るぎない想いに気づいた瞬間、ルナの胸にじんわりと温かさが広がった。


「…ありがとう」


 気づけば、彼の胸にそっと身を寄せていた。



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