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神竜の泉でお昼ご飯



 神竜の泉のほとりには、小さな神竜の像が静かに佇み、透き通った水面が広がっている。だが、それ自体には特別な力は感じられず、ただの清らかな水のようだった。二人は神殿を一通り探索したものの収穫はなく、再び泉へと戻ってきていた。


「この像、小さいけれど、レヴァン領の白竜に少し似ている気がします」

「言われてみれば、確かにね」


 ルナは、自分の生まれ故郷であるレヴァン領での水精霊祭を思い出す。彼女の守り石もその祭りの中で偶然生まれたものだった。


「泉はこんなに綺麗なのに…お顔が見えなくなってますね。ちょっと可哀想」


 故郷の石像は堂々と飾られていたが、この像はひっそりと佇み、どこか寂しげだった。ルナは静かに手を伸ばし、苔をそっと払い落とした。


「ルナ、手が汚れるよ」

「少しだけ。…これくらいなら平気です」


 ツタを取り、土を払っていると、シリウスがそっと手を止める。


「なら、こうしよう」


 彼がルナの手を取り、軽く魔法をかけると、彼女の手も石像の表面もみるみる綺麗になっていく。


「わぁ…ありがとうございます。こんなお顔だったなんて。ふふ、可愛い」

「そういえば、奥にも似たような絵を見たような…」

「え?」

「禁止区域のところだよ。壁に何かあったような気がする」

「もう一回、行ってみましょう!何かヒントが見つかるかもしれません」





 二人はもう一度、神殿の禁止区域に訪れることにした。壁には似たような竜の絵が数体描かれていた。そこを中心に周囲を念入りに探ることにする。


「どうして禁止区域って言われてるんでしょう?」

「行き止まりのはずなのに、最近、魔物が出るって噂でね」

「噂……、あれ?」

「ルナ、どうかした?」

「あの、ここ。ちょっと隙間が。それにこっちに変な凹凸もあるような」

「どれ?」


 ガコンッ


「…え…、隠し扉…?」

「へぇ、奥があったのか。ルナ、お手柄だね」

「えへへ、じゃあ、もう少し先に進んでみま……キャッ!?」


 そう言いかけたその時だった。奥からピョンッと何かが飛び出してきた。それは、…なんと、動くキノコだった!!!


「……きっ!?」

「お化けキノコだ。下級の魔物だよ」


 シリウスが軽く蹴飛ばすと、キノコはキャンッと悲鳴を上げて消えてしまった。


「なるほど、魔物はここからだったのか。奥も暗くないし、まだ誰も踏み入れたことのない神殿の内部かもしれない。ルナ、行ってみよう」


「は、はい」


 シリウスは、ルナに秘められた力について思いを巡らせていた。それは神に近しい光属性に優れた祝福の力。神の聖域の泉を探していたのもそれに関連していたからだった。


(以前、来た時、あんな凹凸や隙間なんて、なかったような。ルナが発見したのはただの偶然か?それとも…)


「シリウス、またキノコが!」

「え?」


 奥へ進むと、さっきのキノコが道の端々に点在しているのが見えた。


「刺激しなければそのままでも平気だよ。でも、せっかくだし、倒して行こうか」

「倒すって…」

「叩いたり、蹴ったら消えるから。簡単だよ」

「…かんたん」

「来たよ、叩いて」

「え…ええっと、えいっ!!!」


 言われた通りに杖で叩くと、ポンッと消えてしまった。


「…できた。何だか、廊下をお掃除しているみたい」

「ふふ、掃除か。あ、またそっち行ったよ。踏んで!」

「えっ!!キャッ!…あ、あっ、…ひゃんっ!!」


 足の間をトコトコ歩くキノコを踏ん付け、思わずこけてしまう。キノコはキャフンと鳴って消えてしまった。


「大丈夫かい?」

「…はぁ。ちょっと、びっくり、しました」


 手を差し伸べられ、ルナは恥ずかしそうに起き上がる。


「ルナ、ギルト登録証を見せて。レベルが上がってるかも」

「…え?あっ、レベル8です!!!」

「よかったね。ここの階層は弱い魔物しかいないようだし、このまま頑張ってレベルを上げていこうか」


 コクンと頷き、先へ進む。魔物はまだまだ怖いけれど、このキノコはもう怖くないと少しだけ自信が持てたルナだった。





 神殿内は一階、二階層を進んだ後、三階層に到達した。そこはまるで地上に出たかのように、あるいは温室に迷い込んだかのような美しい草木に囲まれ、泉が湧き出る場所だった。


「ここの水…、少しマナが濃いな。石への効果は期待できないけど面白い」

「面白い?」

「いや、色々な可能性を秘めてると思ってね。レヴァン湖も同じような性質があるんだよ。あ、ちょっと試したいことがあるんだけど。ルナ、この瓶に少し魔力を注いでくれるかい?」

「は、はい」

「杖の先端に魔力を通すようにして、少量だけだ」

「わかりました」


 ルナが慎重に魔力を注ぐと、瓶の水が淡い光を放ちはじめた。ほのかに輝く液体は、見ているだけで心が洗われるような神秘的な輝きを放つ。


「光ってます!…あ、消えちゃった」

「……なるほど」

「え?」

「…いや、すごいね。上手に魔力を通せたってことさ」


(一瞬だったが、光が()()に変わった。普通、あんな反応はしない。…でも、こんな話をしたら、きっとルナは必要以上に気にしてしまうだろうな)


 シリウスは一言では伝えきれない事実を、いったん胸の内にしまい込むことにした。そっと瓶を回収すると、泉の水を数本分新たに採取し、それらをある場所へと転送魔法で送り届けることにした。


「どこに送ったんですか?」

「先生のところだよ。こういうのを調べるの、大好きな人だからね」


 先生とはシリウスが留学したコランダム国の宮廷魔術師長であり、大賢者アレクサンドロス・クリソベリルのことだ。


「研究材料を見つけたら送ることにしてるんだ。ついでに相応の報酬も、もらえるしね。ルナも面白いものを見つけたら、教えてね。送ってあげたら、先生もきっと喜ぶよ」

「はい!」


 大賢者はルナにとっても大変お世話になった人だった。今でこそ、シリウスの魔法に戸惑うことはないが、帝国を出た当初は精神的に不安定で、その時、真っ先に頼ったのが大賢者だった。


「ルナ、疲れてない?」

「まだまだ元気です。どうしたんですか?急に」

「いや、その…さっき魔法を使ったからさ」

「あれくらい魔法を使ったうちに入りません。全然、大丈夫ですよ?」

「うん…、でもね…」


 先ほどの異常な反応が引っかかり、シリウスはルナの体調を案じていた。しかし、何も知らないルナは、それを単なる過剰な気遣いと受け止め、空気を和らげようと別の話題を振ることにした。


「それじゃあ、気分転換にお昼にしませんか? ここなら魔物もいなさそうですし」

「あ、ああ、それはいいね。大賛成だ」


 そのリュックは、空間拡張と軽量化の魔法が施された便利なアイテムで、少々値が張るが冒険には欠かせない代物だった。ルナは、そこからゴソゴソとお弁当や飲み物を取り出すことにした。


「今日のランチは、森の熊さんのもりもり亭で作ってもらったサンドイッチ【子熊さんのわくわくピクニックBセット】です!!!」

「ルナ、もしかして名前で選んでない?」

「そ、そんなことないです!ほら、この前食べたチキンサンド、シリウスもすごく気に入っていたでしょう?他にもハムサンドやたまごサンドもありますし…」


 必死に説明するルナに、シリウスは思わず可笑しくて笑ってしまう。しかし、お子様ランチのような名前の割に、実際はとても美味しく、気づけばルナよりもシリウスの方がたくさん食べていた。


「シリウス、口の横、ついてますよ。あ、もうちょっと右です」

「え、こっち?」

「ふふ、ここですよ」


 ルナがハンカチでシリウスの口元を軽く拭き、ニコッと微笑む。その瞬間、不意打ちの矢がブスッとシリウスの心臓に命中する。しかし、ルナは全く気づかず、リュックの中をごそごそと探り始めた。


「実はデザートもあるんです。【子熊さんの秘密のクッキー】!」

「ん、うん」

「ココアの生地でできた可愛い熊さんが、まーるいチョコを両手で抱えてるんです。その中には、なんと仕掛けがあるんですよ!すごいですよね!可愛いですよね!」

「うん、可愛い」(ルナが)

「ギュッと抱きしめたチョコの中には、『ザクザクチョコフレーク』、『とろける生チョコレート』、他にもイチゴやオレンジソースが入ってるそうなんです。それから、びっくりするような当たりも入ってるらしくて。ふふ…ワクワクしますね」

「…うんうん」(守りたい、その笑顔)

「シリウス?ちゃんと聞いてますか?」

「……あ、うん、聞いてるよ。当たりがあるんだろう?」

「はい、シリウスはどのクッキーがいいですか?当たりは口の中がパチパチ跳ねちゃうそうですよ」

「ルナが選んで」(ルナがぴょんぴょん……可愛すぎか)

「じゃあ、こっち。後で、どんな味だったか教えてくださいね?」

「ん…、わかった」(いや、全くわかる気がしない)


 ぼんやり上の空なシリウスを前に、ルナは、まるで小さな子どもにするように、クッキーをひと口あーんと差し出した。


「…クッ、………不意打ち」

「え、まさか当たりですか!?ねぇ、シリウス!?」


(俺の嫁が、可愛くて、つらい…)


 表情こそ崩さないシリウスだったが、脳内では無事ノックアウトしていた。



当たりは、パチパチする飴が入ってます。

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