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上級クエストとお買い物



 早朝、先に目を覚ましたのはシリウスだった。支度を整え、眠る妻の元へ歩み寄る。無垢な寝顔に、指先で頬をなぞろうとしたが、寸前で止めた。


 魔力の疼きか、彼女への渇望か──抑えきれない欲が胸に渦巻く。シリウスはそれを振り払い、静かにルナの額に昏睡と回復の魔法をかけた。


「行ってくる。まだ寝ててね」


 優しく囁き、部屋に結界魔法を敷くと、シリウスは静かに扉を閉めた。





 森の奥深く、空を切り裂くような鳴き声とともに強烈な振動が周囲を揺らす。巨大な鳥型の魔物が地面に倒れ、一人の強戦士が静かに佇んでいる。


「……あと一匹」


 シリウスは倒れた魔物から雷翼の羽を採取し、周囲を見渡して次の獲物を探す。その時、遠くから女性の叫び声が響き渡った。次の瞬間、大きな鳴き声が森に轟き、視線を向けると、グリフォンが数人の冒険者たちを追い詰めている光景が目に入る。


「固まるな!散らばれ!」

「援護魔法、早くっ!弓が全然当たらない!」


 シリウスは木の上からじっとその戦況を見守る。敵の強さと冒険者たちの無力さがすぐに分かる。勝算がないのは明白だった。


「無理だよ!こんなの倒せない……!」

「しっかりしろ!コイツを倒せば、大金が手に入るんだぜ?!一ヶ月は楽に暮らせる!」

「わかってるけど!!!」

「二人とも、危ない!!!」


 鋭利で巨大な爪が戦士と魔法使いに迫ったその瞬間、魔物の動きが突如として止まった。二人は目を見開き、驚きの表情を浮かべる。だが、それも一瞬のこと。グリフォンが大きく傾き、剣を振るった男の姿が現れる。倒したのは彼だと、遅れて理解するのだった。


「な…、何…、どうやって、倒したの」

「何も見えなかった。なんなんだあいつ!」

「…二人とも無事かっ?!」

「大丈夫ですか!?みなさん、怪我は!?」


 仲間の僧侶と弓術士が遅れて駆けつけ、戦士はシリウスの手にある戦利品に目を留めた。


「それ…!獣王の角…!くそっ、先を越された!」

「何言ってるのよ!助かっただけでも感謝すべきでしょ!」

「でも、あれに勝てたら、新しい武器に買い替えられたし、みんなでなみなみ亭で豪華な飯をたらふく食えたってのに…!くっ…また探しに行くしかないのか?」

「その前にお前がくたばったら、こっちが困るっての!」

「ほんとよ、無事でよかった。そこのあんたも、助けてくれてありがとう…」


 シリウスは無言のまま、手にしていた戦利品をポンッと彼らの前に落とす。


「ほしいなら、やるよ」

「「「「はっ…?!?」」」」


 驚きに目を見開く冒険者たち。


「え、でも…!!」


 シリウスはそのまま颯爽と立ち去ってしまう。彼の圧倒的な強さと美貌に、魔道士と僧侶はしばし見惚れ、戦士と弓術士もその背中を尊敬の眼差しで見送っていた。


 だが、シリウスは別に恩を着せたい訳でも、なんでもなかった。単に、余っていた魔力と体力を発散したかっただけだ。


(ルナが待ってるし、そろそろ宿屋に戻ろうかな)


 彼の頭の中には、ルナのことしか浮かんでいなかった。





「…それじゃあ、泉の神殿にも行ってたんですか?」

「うん、ちょうどレオンから情報が入ったんだ。それに、場所がわかっていれば転移魔法も使えるし、事前の確認は重要だよ。危険な場所に新人冒険者を連れて行けないからね」


 それは確かに。何もできない自分に、ルナは少ししょんぼりと肩を落とす。


「明日は朝から一緒に神殿に行こう。そのために、今日は装備を整えに行こうか?」

「買い物…!はい、行きま…」

『あっ!!!昨日の勇者様!!!』

「え?」


 冒険者一行はシリウスを見つけるなり、賑やかに駆け寄ってきた。その勢いに、ルナは思わず圧倒されてしまう。


「おぅ、にいちゃん、昨日はありがとな!おかげで夜は、なみなみ亭で大盛り上がりだったぜ」

「装備もね。これでしばらく安心して冒険できるよ」

「本当、感謝です。あんな一瞬で倒してしまうなんて、私たちの救世主様ですね」

「ねぇ、あんた、一緒にパーティ組まない?あんたがいれば、みんな大助かりだよ!」


 魔道士がグイッと腕を絡め、豊満な胸をシリウスの腕に押しつける。よく見ると、奥にいる僧侶も白いタイツと深いスリットの服を着ており、二人ともスタイルが良くて露出が多いため、ルナはドキドキしてしまう。


「そりゃあいい!俺からも頼む!フリーなら尚更都合がいい!!」

「フリーって…、なんで?」

「だって単独クエストやってるくらいだ。空いてるってことだろ?…って、あ、今は初心者の子の案内でもしてるのか?君、何日の依頼をお願いしてるんだ?」

「え…、え…っと」


 グッとルナに近寄る戦士に、シリウスは手で軽く遮った。


「やらないよ。俺はこの子と二人旅してるんだ。悪いが、他をあたってくれ」

「え、うそ!!!!」


 ショックを受けた一同を背に、ルナは小走りになりながらも、ホッとしながら彼のマントを握りしめた。



 防具屋でシリウスと装備を見て回るルナ。可愛いローブを手に取るが、防御力が低くて悩み、次に目をつけたものは値段が高すぎて迷っていた。ふと手に取ったローブが、薄くて丈も短いベビードール風のものだと気づく。


「これは…」


(薄くてエッチなのに、防御力が高い…)


「ルナ、好きな服あった?」

「ひゃっ!…は、はい…、でも値段と可愛さが釣り合わなくて」


 さっきの衣装数点を見せるとシリウスは何か閃いたかのように店員に声をかけた。


「一番気に入ったローブはこれだったんだよね?」

「はい、でも防御力が低くて…」

「じゃあ、これとこれとこれ。ルナ、試着してみて」

「ちょ、あの、お客さん!それ、重ね着するなんて無理ですよ?」

「ああ、普通ならね。でも、ここの魔術回路を少しだけ…こう書き換えると…」


 シリウスがローブに向けて指を動かすと、裏コードのような魔術式が浮かび上がる。店員が目を丸くして見守る中、シリウスはさらに解除用の魔術式を書き込み…


 キラッと光って、解除成功。


「これで重ね着できるよ。防御力もそのまま上乗せされるしね」

「え、ええ…!?」


 店員はポカンとしたまま、「そんな裏技ありかよ!?」と呟きつつ、シリウスのしたり顔にちょっと驚きが隠せない様子だった。


「…うーん…」


 流されるまま試着室に向かうルナ。手に持っていたのは、重ね着用の可愛いローブと、ほぼ下着…というか、薄いベビードールだった。魔法で改造した手前、今さら返品なんてできない気がする。


「まさか、わかってて改造したんじゃ…ううん、違うわよね」

「ルナ、着れた?」


 カーテン越しにシリウスの声が聞こえドキッとする。


「え、あ、今。もうちょっと!」


 しばらく考え込むルナ。冒険者の服は貴族のそれとは違い、露出が多い…かも? さっきの魔道士や僧侶のように、どこでどんな誘惑を受けるか分からない…分からない…分からない…さっぱりわからない。(※10回くらいエコー)


 いやいや、自分も彼女達と同じような服装の方がいいのかもしれない…かもしれない、かもしれない、いや、しらない(略)。


(…そ、そうよ! 私も頑張らなきゃ! 女は度胸よね!!)


 半ば混乱しつつ、勢いでルナは衣装に手をかけた。


「……き、着ましたっ!!!」


 そっとカーテンを開け、新しいローブ姿をおずおずと披露する。


「ああ、よく似合ってる。とても可愛いね」

「……あ…ありがとう…ございます」


 見た目はやっぱり、手足が隠れる長めの青いドレスローブだ。ただ、あのベビードールを着ていると思うと、なんだか途端に恥ずかしさが込み上げてきた。


「でも、この内側の紐は隠さずに、首元に出した方が可愛いよ」

「…ひぅっ!」


 するりと紐を引かれ、ルナは思わず変な声をあげてしまう。


「あ、…う、やっぱり…着替え、ようかな…」

「え? もう会計は済ませたよ?」

「……どうして…ですか?」

「きっと似合うだろうから」

「え」

「え?」

「ええええええー!!!」


 買っちゃった、と笑顔で言われ、ルナは呆然とする。あんなに悩んで着たのに…。いや、もしかしたら、そもそも、この衣装を手に取った時点で、こうなる運命は決まっていたのかもしれない。


 ルナは顔を真っ赤にし、頭がぐるぐると混乱するばかりだった。


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