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目標の村のモデルケース

 宿の建物の雰囲気は見慣れた建物とまったく違った。

 壁は薄黄色の岩を切り出したもので、ランプの明かりと相性がよかった。反射した光によって室内が普通の家より明るく、部屋の隅まではっきり見える。天井を支える梁のようなものはなく、アーチ構造の石で建てられていた。要所要所にだけ木材が使われている。天井が低い。ギリツグは頭を下げないといけなかった。俺でも天井に圧迫感があった。2階もなければ地下も無し。その分、敷地は広かった。チェックインが遅かったので食事も無し。外の食堂もすでに閉まっているという話だった。集落に入ってすぐ、まだ泊まれるという相部屋の木賃宿に飛び込んだだけなので他の宿との比較もできなかった。

 宿の共同台所には大きい水瓶みずがめが置いてあった。とりあえず水を飲もうとそのかめの蓋を開けたら、宿の主人が一杯銅貨2枚だよと値段を言ってきた。

 主人は人当たりのよさそうな恰幅のいいおっさんで、頭髪は薄くなっていたが口髭の方は豊かだった。笑顔もちょっと大袈裟じゃないかというくらい派手だった。俺もクミャリョもキュビュドもヒャギオガも見えるところに派手な傷があり、やばい集団であることは一目で分かるはずなのに全員にお疲れさまと挨拶をして握手を求めた。脂肪のついた手のひらはあったかくて柔らかかった。

 クミャリョが水代を払い、全員で簡単な粥を作って食べた。そして全員で同じ部屋に横になって寝た。

 翌朝、俺は他のメンバーとほぼ同時に起きた。近くでガサゴソと動かれたので寝ていられなかったのだ。目を開けるとみんなも起きたところだった。ギリツグがまだ眠たそうに目をこすっている。

 部屋には戸のない穴だけの窓が銃眼じゅうがんのようについていた。壁そのものは切り出した石を隙間なく積み上げられていた。ここの石は見た目は滑らかで手触りよさそうなのだが、触れてみるとザラザラしていた。窓の外の日光が部屋の中に入り、白色に近い薄黄色の壁がそれを反射して容赦なく室内を朝にしていた。直接日を見ているわけでもないのに眩しくて目を細めた。これまでの朝と同じように、キュビュドだけ先に起きて装備を整えていた。

 おはようと俺は皆に挨拶をして、装備を整える前に顔を洗い、町の景色を見ようと思って外に出た。このパーティでは明るい声で挨拶を返す奴がいない。みんな低い声でうーだのおーだのと言うだけだった。

 最初に目に入ったのは近くの石柱というか岩塊である。垂直方向に、自然界にしては妙に形の整った巨大な岩がどんと居座っていた。鉄床とかホールケーキとか言っているが実際のところあちこちにあってこの辺りの風景を作っている岩塊が上から見るとどういう形になっているのか、地上からではまるで分からなかった。長方形のようにも見えるし楕円のようにも見える。ハートや星型であっても不思議はなかった。遠くに見える形状不明の垂直に立ったそれは、朝日を浴びて朝霧に斜めの影を作っている。その石があるのが村から上った坂のてっぺんで、視線を下ろして集落の水平に戻すと家々の連なりが見えた。家の壁の色と背景の地面の色が同じなので境界が見分けられない。壁に開いた窓の穴から、それがある辺りが家だと判別できた。窓に布を掛けているところもあるがそれも半分以下で、通りに面した窓以外は覗き放題にしておくのがここのルールのようだった。

 そして首を回して右の方を見ると、夜には真っ暗なだけだったこの村の穴が見えた。

 そもそも宿の前の通りが左右に伸びていて、穴というのはその道の突き当たりにあった。全体が擂鉢すりばち状になっているこの集落の底にあたる。道はあまり統制がなく幅も曖昧なものだった。単に家の無いスペースがなんとなく続いているだけで、道幅と言えるような決まった幅がなかった。そして突き当たりは道が左右に分かれて——というか穴を囲んだ周回道路の方がメインストリートのようだ——その先はスパっと崖のように地面が消えていた。その向こう、穴の反対側に地面と同じ岩盤の垂直の壁があるおかげで感覚がおかしくなった。岩盤の厚さが20メートルもあり、俺の場所からだとその岩盤の下の地層というのが見えなかったせいもある。俺は見極めたくなり洗顔は放って穴の方に近づいてみた。

 近づいてやっと向かいの穴の岩盤の高さが分かった。垂直の壁が切れて、その下から見慣れた黒い土の層が始まっていた。そっちの深さはせいぜい1メートルで、穴の底はその黒い土の色の平らな土地になっていた。穴の縁まで移動して全体を見ると、なんとも言い難い恐怖を感じた。

 夜に見た通り、直径20メートルほどの穴だった。ほとんど垂直だった。輪郭は円でもなんでもなくガラスに開けた穴のようにギザギザなのだが、垂直方向にはほぼ真っ直ぐだった。穴の縁から周囲をぐるっと見回すと底に下りるための掘り出しの階段や梯子、それに滑車の付いた昇降機のような物が点々と設置されている。俺の近くのこちらにも石を削って作られた階段があった。足元から真下を覗くと、薄黄色の岩の層は向かい側と同じく垂直に20メートルくらいある。そこから土の層が見えた。見下ろすとその高さは絶壁といっていい。黒い土が底を作っているせいで遠近感に錯覚を覚えた。そして近づいていきながら見えていたことだが穴の底に確かに川がある。俺の立ち位置からではやや右の方、穴の中央ではなく3分の1くらいの位置を横断して、岩盤の下から出て反対側の岩盤の下に消えていく幅2,3メートルはある水の流れだった。穴の底は色々な畑になっていた。隅っこには掘っ建て小屋のようなものもいくつか見える。住居のような建物は見当たらない。畑は麦のほか、野菜類や芋類が植えられているようだ。1本だけ果樹のような木も見えるが食料なのか記念樹のようなものなのかよく分からなかった。穴の底には4人の人間がいて、それぞれが離れてめいめいに畑の世話をしていた。

 上の地上はさっきも言ったように穴を囲む周回道路ができていた。路上にも何人か人がいる。住民らしき姿もあるが、荷物の多い、いかにも旅行者といった格好の者もちらほら見かけた。

 こんな擂鉢すりばちの底に穴があったら雨が降ったときこの穴がえらいことになると思った。他にも色々疑問があるがそれは横に置いて俺はまた穴を覗き込み、底を横断して流れる川を観察し直した。

 川は地下洞窟を流れる不気味な川のようにも見えたし、地上を流れる健全な川のようにも見えた。言えることは結構な水量、流量だということだ。ちょっとした水路のようにごうごうと流れている。流れも速い。入口出口の横穴はぱかっと真っ黒に開いている。上からではサイズがはっきり分からないが、いまの水量の数倍は流せる隙間があるようだった。想像するとゾッとするが、船でこの川を下ることも可能に思えた。

 再び顔を上げる。地上は荒涼とした乾燥した岩の風景が広がっている。地下にこんな川があるとは思えない景色だ。


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