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目的の村のある風景

 ヒャギオガは馬車に乗っている3日間は顔の腫れもあって喋ることもできなかった。何か言おうとしてもふがふがと鼻が鳴るだけだった。

 その上で野営の手伝いはしないし、勝手に飯を食って勝手にいなくなるし、俺やクミャリョが汲んできた水はそれを使うのが当たり前という顔でガバガバと使った。

 移動は白樺三叉路村の水の豊かな森林地帯から、雨の少ないゴツゴツした岩だらけの地形へと変わっていった。そのあたりでは貴重な水源である三角池と呼ばれる村に着いた。白樺三叉路村からの位置だとほぼ真西にあたる。南門から峡谷地帯を南に迂回してまた北西へと移動すると三角池に出る。高い山も森も無いのだけどゴツゴツした凹凸が続く地形なので見晴らしはよくない。空気が乾燥していて空が青く高かった。土地が痩せているのがこのあたりの特徴で、大きな木は三角池を離れるとほとんど生えていない。それどころか苔や草もまだらで剥き出しの岩肌が点々と広がる。このあたりの岩は固い。岩肌には直線が目立つ。垂直に切り立った岩が地面を突き破って大地から生えているようにも見える。そういう景色なので、遠近感や距離感を無視すると、ちょっと横に視点を動かして岩の向こう側を見ればそこに隠れた村があるかもしれないという気持ちにもなった。実際にはその岩の裏側を見るには1キロも横に移動する必要があったりするので、地域の探索を真面目にやろうとするととんでもない時間がかかるはずだ。

 俺を含め冒険者もこのあたりには滅多に来ない。

「こんなところに軍が来て徴兵していったのか?」俺は不思議な気分になってクミャリョに聞いた。荒涼としていて、ここで暮らそうとはとても思えない。もちろん岩の向こうのどこかに、この三角池のような水場があるかもしれないとも思うので希望がまったくないとは思わないが。

「それがここから西にも人は結構住んでいる」クミャリョは俺の疑問ももっともだというようにしっかりと答えた。おそらく他のメンバーにも聞かせる意図があったのだろう。横ではガ・シュノナもしたり顔で癖毛の頭を縦に振っている。「小さな池はあちこちにあって湧き水も多い。石切場と鉱山があちこちにあって見た目より景気はいいんだ」

「本当かよ」

 俺は村の近くにある台座のような岩の塊を見上げた。高さが30メートルくらいあり、側面はほぼ垂直でギザギザの断面と細長い割れ目で構成されている。ところどころにこんもりと植物の緑が貼り付いていた。下から見て台座の上に植物の気配は少ない。ちょろっと葉っぱが見える程度だ。おそらくてっぺんのほとんどが岩で、隙間に根を這わせた低木が点々とあるだけだろうと想像がついた。

 クミャリョは身振りで方向を示した。「向こうの村をつなぐ道を進軍しながら徴兵していくと、北の戦場に合流できる。突破されたらここらも奪われるからみんな必死さ」

 俺はこのあたりは噂でしか聞いたことがない。クミャリョが言うことを信じるしかなかった。隠れ里があってもおかしくないというのは理解した。しかし、それなら白樺三叉路村なんかより先にこの辺りでその村のことが噂になっていてもおかしくないのではとも思った。北の戦争は10日以上前の話だ。これは無駄足になるかもなと俺は思った。

「おい、俺のことを何か言ったか?」突然、ちょっと離れた場所から声が飛んできた。ヒャギオガの声だった。そっちを見ると、彼が背中の剣のつかに手をかけて睨んでいた。半分しか開けない右目とまだ引いてない腫れのおかげで実力以上の迫力にはなっていた。

 こいつはこの顔で実力不足をおぎなってきたんだろうなと俺は思った。ある程度までは通じたんだろう。

 クミャリョは寛大だった。これまでも揉めがちだったのにまだ寛大だった。「仲間内での争いは禁止だ。つかから手を離せ」彼自身は武器に手をつけていなかった。互いは離れているのでヒャギオガが柄に手をかけたのにハッタリ以上の意味はない。万が一ヒャギオガが抜いたとしてもそれから抜いても充分に間に合う距離だった。

 ヒャギオガは怯えて体を固くした。殴られたことは身体が覚えていた。

 キュビュドは喘息の咳をしながらヒャギオガを見ていた。ガ・シュノナは構えていない。チトと俺もヒャギオガの次の動きを待っていた。手が無意識に剣に伸びていた。ギリツグがパーティメンバーに睨まれたヒャギオガを見たまま固まっている。彼もリーダーであるクミャリョに逆らおうとはしていない。

 やがてゆっくりとヒャギオガが柄から手を離した。

 クミャリョは、「お前の話はしていない」と言った。「これから目的の村を探す。大体の見当はついている」

 ヒャギオガは声に出して返事をしなかったが、黙ってうなずいた。

 街道の旅が終わって徒歩での移動の準備を始めた。籠手と脛当ても装備した。フードを被ってその上から兜を乗せた。俺の兜はツバの無い丸帽子の形状で、下に着るフードで耳や首を守ることにしている。

 初めて見るチトの装備を観察した。

 チトは若者らしい未成熟さもあるがギリツグほどではないけど大きい体付きをしている。黒髪を短髪に刈っていて、この感じは裏社会稼業の人間らしい特徴だった。案の定、兜の類を持っていなかった。普通の長剣に丸盾、サイドの武器で腰にちょっと短い小剣というかちょっと長いナイフというか、あまり見たことのないサイズの刃物を下げている。刃先に向けてかなり湾曲している形状が特徴的だった。そのナイフはどこで手に入れたんだと聞いたら、依頼主から報酬で貰ったんだと彼は答えた。装備している皮手袋は厚手で質のいいものだった。身体を守る追加の装備はなかった。しかし最初から着ていた服が布を重ねて織り込まれたもので、ナイフや剣の刃を通さない代物であることはよく分かった。それらの装備は街中の暴力沙汰やモンスターの爪や牙に対する装備であって、武器を持った人間に対する防具としては心許こころもとなかった。体重の乗った剣は刃を通さなくても衝撃で骨が折れるし、人間は真っ先に相手の頭や首を狙う。

 まあ、特に助言をするようなことは俺を含めて誰もしない。俺もそうだが人と一緒に仕事をして人の装備を見ているうちになんとなく何が重要かは分かってくるものだ。

 ちなみにチトに火傷のことを聞いてみたが、ちょっと前にちょっと、と誤魔化されてしまった。俺が彼を最初に見たときから火傷跡はあったから白樺三叉路村での火傷ではないはずだった。言いたくないというより説明がめんどくさいといった様子だったので、他の話のように俺がしつこく聞き出したら喋ったかもしれない。仕事の話は俺も聞きたがったが、火傷の話を根掘り葉掘り聞こうとは思わなかった。俺が思うに、単に事故か何かだったのだろうと思う。これが殺し合いや因縁のある話ならテトの口は逆に軽かったと思うからだ。彼は武勇伝に関しては淡々と、しかし意外と饒舌だったからだ。

 三角池に着いたのは昼過ぎで、クミャリョは事前に説明していた通りにその日のうちに出発した。西への道はいくつかあったが、彼は迷いなく選んだ。

 道は乾燥した砂の道で白みがかった黄色だった。足の下が非常に固かった。俺は山道のクッション性に気づいたくらいだった。この道を歩くと疲れそうだ。また、山道と違って道とそうじゃないところの違いは石が細かいかどうかだけだ。見れば分かるとはいえ慣れないと分かりにくい。村の近くではまだ分かりやすいがそのうち見失うのではないかと思った。道の横には大きな砂利が転がっていた。目印になるのはその砂利の大きさだけだった。

 それから人通りが減ってくるとクミャリョはちょっとここで待っててくれと言った。そして道を逸れ砂利の音を立てて俺達から離れるとポケットから出した地図を開いた。いままで俺たちの誰にも見せたことのない地図だった。

 俺たち6人は集まった状態でそんなクミャリョをじっと見ていた。

 俺はガ・シュノナに話し掛けた。「あれがクミャリョのとっておきなんだな」

「そうだな。なんだか分からんが、目当ての村は分かるってことだ」

「なんだと思う?」

「軍の進軍記録あたりじゃないか?」

 俺は返事をしなかった。それが正しいとも思えなかった。とにかく何か知っているのだろう。俺達にも秘密にしているのはもちろんまだ信用していないからだ。これまで秘密にしていたのも嫌な感じだが、いよいよ目的が近づいてきたとなってもこうやって秘密にされるのは不愉快だった。この不愉快さは6人で共有できた。みんな言葉は少なかったが、見られないように1人で地図を見て顔を上げて辺りの地形をきょろきょろ見てまた地図に顔を戻すクミャリョをじっと見ていた。


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