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簡単な仕事の終わり その2

 その女は割と背が高い。体つきもがっしりしている。マントの上からでもそのくらいは分かる。髪や顔など、見える部分は今日も染めていて、しっかり迷彩を仕上げていた。警備隊のボスといった風格が漂っている。

 そして3メートルほど離れた位置にもう1人が立っているのにも気づいた。副隊長なんだろう。やはりマントをしていて身体も装備も見えないようにしていた。じっと俺を見張っている。

 俺はまた慎重に水を飲んだ。「徴兵で男を全員連れていかれたって噂で聞いたんだが、本当なのか?」

 女はちょっと考えてから返事をした。「本当だ」

「そりゃ大変だったな」

「全員じゃなかったんだがな。残った男が傲慢ごうまんになって手がつけられなくなった。それで俺が処分した」

 一人称“俺”には突っ込まなかった。「なるほど。しかしそれでどうやってくつもりなんだ?」

「お前の知ったことか?」ほとんど被せるくらいのタイミングでいらついた声が返ってきた。この質問はめんどくさいものだったんだろう。

 足に力が入らない。そもそも内臓が動きを止めている。自分の体のことだが1日2日で回復するようには思えなかった。

「悪かった。俺の知ったことじゃないよな」俺は言った。別に時間を稼ぐつもりも、駆け引きをしているつもりもなかった。ただ動きたくなかった。「ここのことはもう忘れる。それで勘弁してくれないか?」

「ここに女しかいないと聞いて、お前が黙っていられると?」

 俺は背筋がぞっとした。まだまだ俺の体も頭も本調子ではないけど、こういう台詞せりふを言える奴はナメるべきじゃない。その程度には野生の勘が残っていた。女の台詞は芯を喰っていた。「無理だな。人に話さずにはいられない」

「そういうことだ」

「捕虜の殺し合いをさせるのはよくあった」俺は言った。「全員を運ぶのは無理だからな。生き残った奴は奴隷として売った」女の方は黙って聞いていた。「その話じゃ、俺が勝っても負けても助からないって話じゃないか?」

「舌を切ってから売る」女は言った。「遠くに売るから、あとはせいぜい頑張って戻って来い」

「なるほど」俺はまた水を一口飲んで、女から目を逸らして岩肌だらけの景色を眺めた。薄黄色の波打つ岩の地面が続き、あちこちから突き出ているちょっと色の濃い岩塊がんかいがそこを上下に景観を区切っている。好き嫌いは置いておいて一生忘れることはないだろう。

 女の言葉には嘘があった。たとえ舌を切って目を潰して腕と足を落としてから売ったとしても、その男の恨みのことを考えれば女だけの集落としてはかなりのリスクだ。もっと根本から情報漏洩を防ぐ以外の安全策があるとは思えなかった。

「いまここから逃げたとして、一番近い穴まではどのくらいあるんだ?」俺はあえてストレートに聞いた。

 女はマントの中で身じろぎした。「いい質問だな」

 俺は女を見た。

 女も俺を見返した。「ここまで来たなら答えは分かっているだろう?」

「そうだな。分かった」俺は諦めた。知っている穴は半日ほどかかる。もっと近い集落も絶対あるだろうが聞けそうになかった。「村には男の子供は残ってるんだろう?」

「もちろんだ」女はあまり考えずに答えた様子だった。「それがどうした?」きつい感じで聞き返してきた。質問の意図が分からずに怪しんだ様子だった。

「いや、なんでもない。本当にこの村が女だけなのか知りたかっただけだ」

「そういう意味では男はいるな。お前に心配してもらわなくてもいい」

 さて、最初の逃亡のチャンスというものがあるとすれば今だ。穴の外、見張りは2人、体力はガタガタだが状況としては悪くない。あとはこの短時間でどれだけ回復させられるかだ。段々希望も見えてきた。

「俺を村の一員として加えてはくれないか? 気にくわなくなったらそのときに殺してくれていい」俺は頭を下げた。「仲間を殺してしまったことは謝る。すまなかった」

「まあ無理だと思うが、お願いするなら止めない。そろそろ立て」


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