簡単な仕事の終わり その1
喉が乾いてもう死ぬなと思った頃、天井の穴の光の変化から判断するに3日後に蓋が開いた。蓋は栓のように嵌め込まれていて上に向かって臼のような音を立てて上がっていった。
俺は動けなくなっていた。朦朧とした状態で光の方を見ると、紐付きの皮袋がどさっと岩の床の上に落ちて水の重さに負け小麦粉の鉄板焼のように平たくなった。
俺は近づいて水の匂いにやられて失禁してしまった。じょー。下半身は放置して皮袋の栓を抜くと俺は中身を口に含んだ。口の中が乾燥して受け付けなかった。飲み込めなかったので含んだまましばらくじっとして、それからゆっくりと飲み込んだ。それだけ慎重に飲んだのに胃がぐにゃりと曲がって吐き気に襲われた。袋に吐いてはたまらないので俺は口を横にずらしてそこに吐いた。
皮袋に付いていた紐が引っ張られて俺の手から離れていった。
「くっせーな」女の声が聞こえた。「出ろ」
自分の糞と同居してたんだから臭くて当たり前なのだが、言われるまで臭いを忘れていた。
穴の底から見上げて眩しさに目をやられた。目を閉じた状態で栓の中で立ち上がると、「自分で出ろ」とまた言われた。縛られたまま手を上げて縁を手探りすると上端に触れた。天井の厚さは1メートルといったところか。俺は指を引っかけて上がろうとした。
体力が衰えて絶対に無理だった。そもそも立つこともしんどくて栓の中に寄り掛かりなんとか立っている状態だった。
「無理なんだけど」甘えた声を出した。手を貸してくれるんじゃないかと期待していた。しかし体が動かないのに、だったらそのまますり潰すと言われるとは思わなかった。「分かった。待ってくれ」
手で懸垂して上がるのは無理でも、狭い穴に両手両足を突っ張らせてよじのぼるのは不可能ではなかった。ちょっと背中と足の位置を上にズラしては体を曲げて上半身そのものをつっかえさせて休憩を取るということを繰り返し、たっぷり30分以上はかかったが、自力で上がることができた。上がりきったときには血を吐きそうになった。
「み、水」俺は本当にそう言った。何かすべてのことがどうでもよかった。
女は穴の横に立っていて、武器も携行していたと思うのだが、そのあたりのことはよく覚えていない。観察する余裕などなかった。
皮袋がまた投げられて俺の体の上に落ちてきた。「ぐえっ」と俺は呻いた。どれだけの量が入っていたのか知らないが、俺にとっては重すぎた。
それを必死に飲んで、やっと一息つくと、様子を窺うだけの余裕ができた。
野外で、遠くに2つに割れた岩塊が見えるが、知っている形とはずいぶん違っていた。位置関係が集落の穴と違うということは分かった。時刻は夕方だのようだった。
女には見覚えがあった。顔を覆ってマントをしたまま追跡してきた2人のうちの1人だ。今も同じ格好をしている。目だけが見えるがその感情は読み取れない。マントの下から棒のような物がそれを押し上げてこっちを向いていた。剣は構えているぞというアピールだった。
俺は皮袋を抱えて、渡さないぞという態度で何度か飲んだ。胃がまたよじれそうになるので必死に皮袋を腹に押し付けてその動きを止めた。「俺を生かしてどうしようっていうんだ?」
「ちょっとした祭りだよ。ただ殺すんじゃつまらないからな」低い声だった。
俺は察しがいい。「あの背の低い男は生きてるか?」
「いや、あいつは助からなかった」
槍で刺してたからな。「そりゃよかった。あいつとだけはやりたくない」
女の目がぱちくりと動いた。「何をやるのか分かってるのか?」
「捕虜同士での殺し合いだろ。好きだよな、そういうの」




