残党 その4
顔を隠されている感触はなかった。部屋が真っ暗なのだ。体の下は岩になっている。ここまでの野営でもお世話になった、パーティみんなに愛される固い岩のベッドだ。こいつの寝心地については皆の意見が珍しく一致していた。不本意だが感触を忘れることはないだろう。
呼吸は正常だった。気を失う前にはほとんど呼吸が止まりかけていた。あれほど苦しい思いもちょっと記憶にないが、あの毒はあれで致死性じゃなかったということか。口も覆われていない。普通に息ができる。
芋虫のように体をよじると視界の中に光が見えた。光は上の方にある。高さは1メートル前後といった感じで、ここは牢屋や独房というよりは倉庫のようだ。光の形から判断するに、天井に開いた穴をがっつり塞いであって、その蓋の隙間から光が漏れているという感じだった。
光が漏れるということは天井の先は野外なのだろうか。
身をよじったときに砂の音がザリザリと響き、その時の感覚では内部はそんなに広くはないことが分かった。足の痛みを押して転がってみると一回転もせずに壁に当たり、間違いでないことが分かった。せいぜいが縦長の棺桶のような広さだ。
寝たフリをしていても事態は変わらないような気がしたので声を出してみた。「おーい、気がついたぞー。起きたぞー」音量は、外に見張りがいれば聞こえるくらい、遠くに人がいても聞こえないくらい、体力を使わないように気をつけた。
反応を待つ間に少し考えた。
どうやら裸ではない。シャツとズボンだけは着ている。両手は背中で手首を縛られていて、足は足首と膝の二箇所を縛っているようだ。力を入れると多少は緩む。とりあえず背中の腕を下げて膝を曲げて、下から上を回して前に持ってきた。やはり足が痛い。ふくらはぎの矢傷に治療はされていなかった。血は止まっていたが、ちょっと触ると痛みが走った。周囲に流れた血もそのまま固まっている。指で引っ掻いてパリパリと落とした。
腕を前にもってくると体を伸ばし、さらに身体を動かしてみた。寝ている間に暴行を受けたといった感覚はなかった。頭が痛いのでそこはどこかにぶつけたのだろう。
壁に寄って、背中を付けると膝を曲げて座った。手を上げると座った状態でも天井に手が付く。当たり前だが岩盤の天井になっていて、こつこつと叩いても反響がまるでない。かなり厚い。だとすると天井の穴はどうやって掘ったのか、あるいは別に横穴があるのか気になった。俺は壁伝いに一周、手で上から下まで満遍なく触れながら捜索した。何も見つからなかった。
光が漏れている隙間に顔を近づけてみた。穴の材質も天井と同じ岩盤の岩のようだ。手で押してみたがビクともしない。固定されているのか、上に重しが乗っているのか、感触だけではどちらか分からなかった。蓋の大きさは人間の体が縦になんとか入るくらい。首と肩を当てて足の力で持ち上げようとしたが、やはり手応えはなかった。そもそも足に力が入らない。
これは無理だな。
俺は足を投げ出し、壁に背を付けて一番楽な姿勢を取った。
捕虜や奴隷に“何もしない”という餓死の刑罰を与えるのは見たことがある。餓死というよりは脱水で、ただただ乾きに正気を保てなくなってそういう奴は死んでいった。俺が何日を生き残れるのかは分からなかった。
助けが来る希望として、他の冒険者はあてにならなかった。そもそも人に知られたくない秘密の作戦だ。ここに来ることを知っている奴はいない。
上で待機していたガ・シュノナ、ギリツグについては、やられているようでやられたフリをしているだけという可能性は充分に考えられた。ギリツグは馬鹿だから期待できないが、ガ・シュノナは勝ち目が無いと踏んだ時点で毒にやられたフリをする計算をするかもしれない。それがうまくいけば助けてもらえる可能性もある。
あとは現在、自分が生かされている意味を考えるくらいだ。ちょっと考えてみたが、助けるために生かしているとは思えなかった。捕虜や奴隷と一緒だ。俺が悲鳴を上げて命乞いをすることで集落の奴らの士気が上がる。その程度の意味しかない。
やはり無理だな。助かるとは思えない。
俺は寝ようとして目を閉じた。
女の姿を思い出していた。
全員が痩せていた。女に限らず、この辺りに太っている奴はいない。
美醜については分からない。顔が隠れていた。
雰囲気の話で言うと、ちゃんと戦士だった。戦うことに躊躇がない。侵略者に対しては断固として抵抗の意思を示していた。女にしては立派なものだ。
軍隊に抵抗できないのも理解できた。ちゃんとした戦略があって準備をしてこのチョア地域の徴兵をする軍隊には抵抗できないだろう。火や飛び道具があればケリがつく。ある程度の数があればバッチリだ。それをチラつかせるだけで交渉は終わるはずだ。そして男を全員差し出させるなんて非道なこともできる。
俺たちのような略奪者を撃退したとて、奴らは今後、どうやっていくつもりなんだろう。男に股を開くしかないと思うんだが。




